[JAIF] 躍進するアジアの原子力

タイ王国

2009年8月末現在

目次

 

T.経済・エネルギー・電力事情

1.経済状況

タイは、1980年代後半から日本等の外国投資をテコに急速な経済発展を遂げたが、その一方で経常収支赤字が膨張し、不動産セクターを中心にバブル経済が発生した。その崩壊に伴い不良債権が増大し、経済が悪化、1997年7月、為替を変動相場制に移行するとバーツが大幅に下落し、経済危機が発生した。その後、好調な輸出、政府の財政政策による下支え等により、1999年に入り経済は回復基調に転じ、2000年6月をもってIMFの構造調整プログラムを終了した。
2001年2月に発足したタクシン政権は、従来の輸出主導に加えて、内需拡大による農村や中小企業の振興策を打ち出した。これらの結果、2003年には6.9%、2004年には6.1%の経済成長を達成した。
2006年の政変後、政情の不安定さを背景に民間消費および民間投資が低迷したものの、輸出の拡大と政府支出の増加が経済成長に繋がったため、2007年の経済成長率は4.5%、経常収支の黒字幅はGDPの5%が見込まれる。インフレ率は2.2%という低い水準を維持している。
2008年の経済成長率は5%に上昇すると予想されているが、経常収支の黒字幅はGDPの3%に留まる見込みであり、世界の石油価格等の影響を受けて、2008年のインフレ率は4%に上昇すると予想されている。

2.エネルギー・電力の状況

原子力導入をめぐる動き

タイでは、1967年にタイ電力公社(EGAT)が原子力発電所建設(60万kW)を計画、1982年頃に建設という許可が下りていた。しかし、1979年のタイ湾海底天然ガス田の発見、米国のスリーマイル・アイランド(TMI)原子力発電所事故の発生、建設費の高騰などにより、計画は中止された。
その後,経済成長によりエネルギー需要が高まり、1982年には国際原子力機関(IAEA)の協力のもと、タイ原子力庁(OAEP、現在のOAP)やEGAT、国家社会経済開発会議などにより、原子力発電に関する調査が実施され、経済的で競争力のある選択肢の一つとして、第7次電源開発計画(1992〜2001年)に将来の原子力導入が盛り込まれた。
1994年には、世論の激しい反対により原子力発電導入計画の無期限延長が決定されたが、電力需要の増加と地球環境問題により、再び原子力発電導入の気運が高まった。1996年、政府は科学技術環境大臣を委員長とし、非政府組織,環境保護団体などのメンバーを含めたフィージビリティ・スタディを行う委員会を設立、原子力発電技術と安全性,経済性とインフラ、規制・環境影響評価ならびにPA問題・社会性の4分科会で検討を進めたが、原発導入に向けての明確な結論は得られなかった。

燃料別の発電設備、電力量の比率

タイの2007年の総発電設備容量は2,850万kWで、天然ガス65.9%、褐炭11.9%、石炭8.2%、水力6.1%、石油5.1%、その他約2.8%という構成だった。その後2008年12月時点のタイの総発電設備容量は2,989万kWとなっている。その内EGATが1,502万kW(50.3%)、独立系電気事業者が1,215万kW(40.7%)、民間最大手の電力会社SPPが208万kW(7.0%)を占めている。残りはマレーシアなどからの輸入電力である。主な燃料別の発電電力量比率は、天然ガスが70%、褐炭が12.6%、輸入炭が8.2%、水力が4.7%、石油が1%となっている。

発電設備建設計画

2003年 2007年 2021年
設備容量
(百万kW)
比率(%) 設備容量
(百万kW)
比率(%) 設備容量
(百万kW)
比率(%)
石炭火力 4.00 16 5.73 20.1 4.80 15.1
石油火力 1.43 5.7 1.45 5.1 0.03 0.1
天然ガス火力 17.70 70.8 18.78 65.9 19.96 62.8
水力 115 4.6 1.74 6.1 3.08 9.7
原子力

0 0 0 0 2.86 9.0
その他 0.73 2.9 0.80 2.8 1.05 3.3
合計 25.00 100 28.50 100 31.79 100

ページトップに戻る

 

U.原子力発電導入に向けての動き

1.国家電力開発計画に原子力発電導入が明記

発電電力量の7割を占める天然ガスは、タイランド湾とアンダマン海から産出しており、エネルギー自給率は約5割に及ぶ。しかし、利用可能年限はかなり短く30年で枯渇すると予想されている。エネルギー需要は顕著な上昇傾向にあり、政府は2007年6月、国家エネルギー政策委員会(NEPC)が定めたタイ電力開発計画2007-21(PDP2007)を承認した。PDP2007(2009年改定)の主要ポイントは、2020年および2021年にそれぞれ100万kW級の原子力発電導入を明記したことである。
OAPの試算によると、原子力発電の経済性は他電源よりも高い(単位発電量当たりの発電原価:原子力2.08バーツ、石炭火力2.12バーツ、石油火力4.12バーツ、ガス火力7.93バーツ、太陽光20.20バーツ、バイオマス2.63バーツなど)。

2.原子力発電の導入計画

原子力発電導入計画を進めるために、NEPCは、原子力発電インフラ基盤整備委員会(NPIPC)を設置した。NPIPCの委員長には元科学技術環境省次官のクリタヤキラナ氏が就任し、2007年5月に第1回会合を開催した。

タイの原子力関連組織図

NPIPCは原子力発電基盤検討と原子力発電事業検討の2つの面から準備作業を進めており、原子力発電基盤確立計画(NPIEP)レポートを提出する予定である。作業に当たっては、原子力発電新規導入に関するIAEA指針等を参照している。2007年10月には、(1)予備NPIEP、(2)NPIEP実施を調整するためエネルギー省に原子力発電開発庁(NPPDO)の設置、(3)2008〜2010年のNPPDO作業計画と予算とNPIEP実施を、2007年12月には、(1)最終NPIEP、(2)原子力発電基盤確立調整委員会(NPIECC)の任命、を承認した。
原子力発電基盤検討作業では、(1)法規制システム、国際条約、(2)産業・商業基盤、(3)技術移転、人材養成、(4)原子力安全、環境保護、(5)公衆情報・受容、に関する5つの小委員会を設置し、開発体制を整えている。原子力発電事業検討については、(1)制度体制構築、(2)原子力発電事業者の技術的側面、(3)原子力発電所のフィージビリティ・スタディ、の3つのワーキンググループを設置している。

3.法制度整備、サイクル技術含む導入準備の状況

今後タイでは、3S(原子力安全、核セキュリティ、核不拡散)の確立、安全基準・指針の整備、資本費や運転費等の資金確保、規制当局と原子力法の整備、原子燃料の確保と使用済み燃料・放射性廃棄物の処理・処分、原子力発電コスト、技術・産業インフラ、人材確保と人材育成、立地地域の選定、パブリック・アクセプタンス、技術、サプライヤー、燃料システムの選択など、検討すべきことが山積しているが、IAEAや諸外国のコンサルタントなどの協力を得て、順次、確実に実施していく予定だ。
このうち、法規制システムの整備や原子力規制機関の設立に関してはIAEAと協力し、OAPが関係法案を作成中である。また、原子力発電所の建設にタイ企業が参加するような国産化政策の検討も進めている。
原子力発電事業の確立準備については2009年初め、EGATは米コンサルタントのバーンズ&ローとフィージビリティ・スタディの委託契約を締結した。

タイの原子力発電所建設候補サイト

4.原子力研究開発の−研究炉等

タイの原子力研究開発関係では現在、オンガラク新原子力研究センター(ONRC)整備計画が進められている。これは、空港に近く、人口密集地に隣接している現在の研究炉をバンコク北東約60kmのナコーン・ナヨク県オンガラク郡に移転するもので、国際入札の結果、1997年6月、ゼネラル・アトミック(GA)社がTRIGA型研究炉(10MW)と付帯する実験施設,日立・丸紅が放射性廃棄物貯蔵・処理施設さらにオーストラリア原子力科学技術機構(ANSTO)がラジオアイソトープ製造施設を受注した。
研究炉の安全審査については国内で議論があったが,IAEAや米国エネルギー省(DOE)傘下研究所の協力などによって2000年には検討を終え2001年には建屋とシステムの詳細設計が完了したが、その後GAと研究炉費用の支払でプロジェクトが頓挫している。放射性廃棄物貯蔵・処理施設の建設は2008‐2010に予定されている。
2002年2月、放置されていた使用済線源を含んだ医療機器が盗難され、機器を解体した作業員3名が被ばくする死亡事故が発生したことで放射線安全管理体制が、国民から厳しい批判を浴びた。

タイ科学技術省
Ministry of Science and Technology (MOST)

タイ原子力技術研究所(TINT)組織図
原子力研究開発利用の歴史年表
年 月 事 項
1956年 3月 アメリカとの原子力協力協定調印
1957年 10月 国際原子力機関(IAEA)加盟
1961年 4月 「原子力平和利用法」施行
タイ原子力委員会(Thai AEC)設立
AEC事務局としてのタイ原子力庁(OAEP)設立
1962年10月 スイミングプール型研究炉(1MW)臨界
1965年 9月 米・IAEA・タイ保障措置協定発効
1972年 12月 NPT加盟
1974年 5月 NPTに基づくIAEA保障措置協定発効(INFCIRC 241)
1975年 研究炉改造工事開始
1976年 原子力発電所公開入札のため、EGAT が計画書を政府に提出
1977年 研究炉改修により TRIGA−U 2MWとして再臨界
1979年 原子力発電所建設計画 中止
1981年 イタリア新型炉開発公社(NIRA)とOAEP協力取極調印
原子力マスタープラン作成および立地調査で協力開始
1982年 原子力地域協力/国連開発計画(RCA/UNDP)ワークショップ「製紙工業での放射線応用機器による工程管理」開始
サイアム・クラフト社に秤量計(BM計)を設置
1984年 医療品殺菌を行う商業Co-60照射施設(22.5万Ci)ガンマトロン社で完成、運転開始
1989年 OAEPに大量照射を行うためのCo-60施設(45万Ci)が完成
1990年 OAEPが日本原子力研究所と放射線利用について研究取決め締結
1993年 6月 OAEPバンコク北方60kmに新研究センター建設構想プロジェクト開始
1997年 同 6月 アルゼンチンと原子力協力協定の締結 OAEP新研究センターのオンガラク原子力研究センター(ONRC)の設計・建設をゼネラル・アトミック(GA)社と主契約締結。
1999年 6月 オンガラク原子力研究センター研究棟等許認可外施設の建設開始
2000年 1月 バンコク郊外で、使用済医療用Co-60線源被ばく事故発生
2002年 2月 OAEPを改組し、新タイ原子力庁(OAP)と研究開発部門のタイ原子力技術研究所(TINT)に分離
2003年 9月 ONRC研究炉の建設許可発給
2007年6月 政府が「新電源開発計画(PDP2007)」を承認、原子力導入を計画

以上

ページトップに戻る