テクネチウム製品の供給障害の状況と課題について


 核医学検査は、骨や心臓や脳などの体内の働き具合を調べるうえで、患者への負担が少なく、安全な診断法として普及しています。日本での実施件数は年間100万件を超えています。
 その検査に使われる放射性医薬品のうち、今年5月中旬、原料を供給するカナダの原子炉が停止したことで、テクネチウム製品(テクネチウム99mとその親核種モリブデン99)の日本への供給障害が起こりました。国民の健康を支える医療現場に影響が極力出ないよう、国内の供給関係者の対応努力が続いています。
 放射性アイソトープ(RI)供給については、関係者が以前から、海外に依存する脆弱な供給体制を指摘していましたが、今のところ、他の国に供給先を求めたり、医療現場に代替品の使用を奨めるなどの方策で急場をしのいでいる状況にあります。
 日本原子力産業協会では、この問題の緊急性、重要性を正しく理解していただくために、関係者に取材し、現状と課題についてまとめました。

1.核医学の普及とテクネチウム製品の普及

 核医学検査は、放射性医薬品を使って、主に臓器の働き具合(機能)や腫瘍(がん)の位置などを調べます。特定の臓器に吸収されるRI製剤を体内に注入して、RIが発する信号をガンマカメラという専用の装置で画像にするもので、必要に応じて形(位置)を調べるCTやMRI、超音波検査と組み合わせて検査し、 治療の方法を決めたり、治療の効果を確かめることができるので、特にがん治療など医療現場に欠かせない検査法になっています。
 核医学検査に使う放射性医薬品のなかでもっとも多く使われているのがテクネチウム99m(Tc−99m)というRIを使った製剤です。乳がんや肺がん、前立腺がんなどの治療前や治療後の経過をみるために欠かせないものです。Tc−99mを使った検査は、骨の状況をみることができるので、スポーツ選手の疲労骨折、骨そしょう症にともなう骨折の診断にも役立っています。
 (参考リンク1 「核医学Q&A」(日本アイソトープ協会などで作成))

 国内の供給元である日本アイソトープ協会(RI協会)によると、放射性医薬品として頒布しているアイソトープのなかで、このTc−99mは、57%を占めています。それから、Tc−99mの親核種であるモリブデン99(Mo−99)が28%です。つまり、Mo−99もTc−99mの原料として使うので、両方合わせると医療診断用核種の約85%がテクネチウム製品ということになります。

 国内では、2つの製薬会社がモリブデン原料を外国から輸入し、2つのタイプの製品として出荷しています。一つは、親核種であるMo−99をカラムに吸着させて、現場、つまり病院で娘核種のTc−99mを取り出して使うというTc−99mジェネレータと言われているものです。それからもう一つは、最終的な人体に使われるTc−99m医薬品、それ自体を製薬会社で製造して供給するというものです。
 原料となるモリブデン酸ナトリウムは、カナダとオランダと南アフリカから輸入されていますが、現在世界で生産に用いられる主要な5つの原子炉がいずれも老朽化しています。オランダの原子炉も2008年8月から約半年間停止するなど、安定した供給を保つことがなかなか難しくなっていました。各国の関係者もこうした状況に危機感を強めていました。

 そこで、この危機的状況にカナダ政府からの提案もあって、今年1月末にTc−99m、Mo−99の安定供給問題を緊急に話し合うためOECD/NEAによる会議が開かれました。この6月までにMo−99の 製造国の5か国に日本、米国、オーストラリアを加えた8カ国の間で世界的なネットワークを立ち上げることが申し合わされたそうです。
 なお、1月の会議で示された数字では、原料のMo−99は、世界的にみるとアメリカが世界の製造量の約44%を消費しています。ヨーロッパが約22%、日本は約14%消費しています。カナダは約4%、その他の諸国を集めますと約16%という形で、日本は製造していないにもかかわらず約14%を消費しているのです。
 (参考リンク2 「世界のMo−99の供給 現状と課題」)

2、老朽化するRI生産炉、急場の対応に尽くす国内供給者の努力

 2007年11月から12月にかけて、日本がもっとも輸入先として頼っているカナダの原子炉が停止しました。オランダの原子炉も昨年から今年にかけて約6か月停止していました。その他の炉でも、ごく短期間ですが止まることがあって、原料となるMo−99の供給に不安を抱えた状況がこれまでも続いていたのです。
 日本はカナダの原子炉が止まった2007年11月の時点で、輸入のうちカナダに頼っていた7割の分が入ってこなくなったので、国内の輸入製薬会社が、他の製造元になるべく多く供給してもらうよう交渉し、通常の50%程度の原料を確保することができました。RI協会はじめ国内の関係メーカー、関係学会が話し合って供給調整することを申し合わせ、供給製品の優先度を決めたり、代替品の使用をお願いするなど医療現場等にきめ細かく情報を流して対応した結果、1週間ほど多少の欠品が生じたほかは、大きな混乱もなく何とか1か月間をしのいだということです。
 さて今回は、どうなのでしょうか。
 RI協会では、ホームページで、緊急連絡を発報して、供給状況を関係者に通知しています。
 肝心のカナダの状況は「原子炉が年内に復帰することは望めない」ということで、先行き予断を許さない状況にあります。
 RI協会では、今後の供給について「メーカーと協力して原料確保に努める他、情報の収集や提供を積極的に行い、被害を最小限に留めたい」としています。
 一方、ユーザー側の医療関係者に聞きますと、この事態に「核医学診断には極めて深刻な事態である」と懸念を深め、アイソトープの安定供給についての働きかけを関係機関に強力に推し進めるべきであるとの意見が上がっています。

  3. 供給安定性の確保にむけた国際的な動き−地球規模ネットワーク視野に

 この問題は、日本ばかりでなく、これから医療の高度化が見込まれるアジア近隣諸国を含めて、国際的な問題です。今後予想される需要増加に対応していくための方策も国際的な視点で考えていく必要があります。
 先ほどのOECD/NEAの1月の会議では、全世界の需要見通しとして、Tc−99m製剤の伸びは、欧米で2020年には現在の1.5倍になるとの見通しが示されました。これは欧米での狭心症、心筋梗塞などの虚血性疾患の増加、高齢化社会で見込まれる認知症の診断の増加などを踏まえたものです。
 アジアでも、特に中国やインドなどが今後、経済成長とともに医療の高度化が進展することが予想されますので、製剤需要の一段の増加要因になるとみられています。
 なお日本では、今後10年間は需要が高止まりし1年間で5万キュリーのMo−99が原料として必要との見通しがあります。
 さて、こうした問題に対し、各国もそれぞれの事情を踏まえて対応を進めています。
 たとえば韓国の場合には新しい原子炉を建設する予定があります。日本もRI協会が中心となって協力していくことにしています。
 中国の場合、現在モリブデンの生産ができる原子炉2基の導入計画があります。
 オーストラリアは現在オパールという原子炉(OPAL 熱出力20MW、初臨界2006年)でモリブデンの製造を開始。まだ供給はしていませんが、供給体制が整えばアジア・オセアニアネットワークに供給源としての役割を果たしてもらえるとネットワークにかかわる関係者は期待しています。
 インドネシアも原子炉(MPR−30、熱出力30MW,初臨界1987年)によるMo−99とTc−99mジェネレーターを小規模ながら東南アジア圏に供給しています。このほか、インド、マレーシアなどは供給側としての役割を今後期待できる可能性があるということです。
 もちろん、アジアだけでなく、この種のネットワークの構想は全世界的にあり、特に欧州や北米のネットワークは具体的に進展しているそうです。さらにラテンアメリカやアフリカ、中東などの地球規模ネットワークも将来的な視野に入れながら、国際間の安定供給体制の構築にむけて、日本含めて各国の連携が今後進展することが期待されます。

4、国内的な課題とは

 現在は海外に依存しているMo−99の供給を、一部国内の原子炉でまかなうことが計画されています。日本原子力研究開発機構(JAEA)が改修中の材料試験炉(JMTR)の用途のひとつにMo−99製造を付加するというものです。
 Mo−99はほとんどが高濃縮ウランを照射装置に入れて中性子をあて核分裂により製造する方法(核分裂法、(n,f)法ともいいます)が主流になっています。しかし核不拡散などの観点から低濃縮ウランによる核分裂法、または天然モリブデンのターゲットで製造する方法(中性子捕獲法、(n,γ)法ともいいます)がIAEAや米国DOEなどで推奨されており、JMTRでも天然モリブデンのターゲットで製造する中性子捕獲法を採用する計画です。
 中性子捕獲法だと、廃棄物が少ないなどの利点がある一方で、実用のTc−99mを抽出するため十分なMo−99を吸着させる必要があり、高性能吸着剤の開発が待望されていました。これについては日本で開発されたモリブデン吸着剤(PZC)を使ってTc−99mジェネレーターを製造する技術が、日本が主導するFNCAという国際協力プロジェクトで開発されたことで、中性子捕獲法も本格的な実用化への道が開かれようとしています。
 計画では、JMTRの改修のうち、原子炉周辺機器(電源設備やボイラーなど)の一部更新と照射設備(軽水炉材料や燃料の試験をするための照射設備)の整備は2011年3月までに改修を終える計画です。Mo−99製造設備は、ニーズに応じて外部資金で整備することになっています。つまり、モリブデン製造に係る改修費はユーザー側負担という方針になっており、この費用として約10億円が見積もられています。その分を価格へ転嫁することについてユーザー側の理解を得なければなりません。また、実際の製造にかかわる人材についても、核化学・放射化学などの分野の技術者が一線を退いて、人材不足が懸念される状況が指摘されており、JMTRでの製造開始までに解決すべき課題は少なくないといえます。
 JMTR改修でMo−99製造ができるようになると、日本が必要としているテクネチウム製剤の20%をまかなうことができるのですが、残り80%は、やはり海外からの輸入に頼ることになります。
 この海外輸入の分は、前述のアジア・オセアニアのネットワーク化による供給体制の構築に期待するところ大です。日本アイソトープ協会では、中国および韓国のアイソトープ協会と、CJK‐Congressと称して、毎年に一回情報交換を行っており、今年10月東京で、このテクネシウム、モリブデンの安定供給をテーマに検討することになっています。
 このように、国内での供給体制の整備と海外ネットワークの構築という中長期の方策の実現にむけて、関係機関、メーカーなど一致協力して取り組んでいるところです。ただJMTRの改修をめぐる課題や、輸送などを含めた供給体制の安定化と合理化、また加速器による供給の検討などにあたり、やはり国の関与と支援が欠かせないというのが、多くの関係者の一致した見方になっています。

◎ 詳しく知りたい方は、次のリンク先をご覧下さい。

リンク

1. 核医学診断のわかりやすい解説―
  「核医学Q&A」(日本アイソトープ協会などで作成)

2.世界のMo−99の供給の状況をまとめた資料
  「世界のMo−99の供給 現状と課題」((株)化研 源河顧問提供)

3. 日本学術会議が行ったRI安定供給についての提言−
  「我が国における放射性同位元素の安定供給体制について」(日本学術会議)
(日本学術会議HP-「勧告・声明・提言・報告」‐「提言」の“2008-07-24”の日付の項をご覧ください)

 なお、原子力産業新聞(2009年1月22日号 4面)でも、上記の日本学術会議の提言と世界のMo−99供給の現状と課題を特集しております。

(社)日本原子力産業協会