■シリーズ「あなたに知ってもらいたい原賠制度」【23】


マレーシアの原子力開発事情と原賠制度
 今回は、化石燃料資源の豊富なマレーシアの原子力開発事情と原賠制度についてQ&A方式でお話します。

Q1.(マレーシアの原子力開発事情)
天然ガスや石油など、豊富な化石燃料資源を持つマレーシアの原子力開発はどのような状況ですか?

A1.
・ 1972年に原子力応用センター(CRANE)が設立されて以来、マレーシアでは、研究炉や照射施設等を活用し、主に放射線利用の分野を中心とした原子力開発が行われてきました。
・ マレーシアは石油、天然ガスなどのエネルギー資源に恵まれており、1980年代後半以降、原子力発電は最後の選択肢と位置づけられてきました。
・ 近年は原油価格の高騰や資源枯渇の可能性、CO2排出量などが考慮されて、原子力発電導入に向けた動きが高まっており、我が国も協力に向けて2010年9月に協力文書を交わしました。


【A1.の解説】
 マレーシアでは、1972年に原子力応用センターが設立され、原子力開発がスタートしました。その後、このセンターは原子力研究センターとなり、原子力庁(UTN)に改組され、さらに原子力技術研究所(MINT)と名称変更され、2006年科学技術革新省(MOSTE)の管轄下に原子力庁(ANM)として再編されています。また、規制部門は1985年に原子力許認可委員会(LPTA)として独立しています。

 1982年6月には、マレーシア唯一の研究炉であるTRIGA-Mark II炉(TRIGA = Training, Research, Isotope Production and General Atomic)が臨界に達しましたが、原子力発電よりは放射線利用技術を中心として研究開発・商業化が進められました。そのため、マレーシアに原子力発電所はありませんが、医療・農業・製造業・健康及び環境など幅広い産業分野において放射線利用技術が応用されており、特に日本原子力研究所が協力した放射線プロセス技術は東南アジア諸国の中では高い水準にあります。

 マレーシアでは1979年〜80年に原子力発電利用の可能性を調査し、80年代中盤には原子力発電導入の基盤作りに着手しましたが、新たなガス田の発見やチェルノブイリ事故があったため、原子力発電は「最後の選択肢」と位置づけられ、2000年以降に必要に応じて再検討することとされていました。

 マレーシアでは、良質な国産原油を輸出に回し、国内で消費する原油を中東から輸入する政策をとっていましたが、2000年代中頃から原油高騰によるエネルギー安全保障や、自国の資源枯渇の可能性(2011~2013年には石油純輸入国になり、2019年までには天然ガス油田が枯渇するとされている)、環境影響等が注目され、原子力発電への関心が再び高まってきています。

 マレーシアの2007年の発電燃料構成は天然ガス65%、石炭26%、水力6%、石油3%ですが、マレーシア政府はこれを2020年までにガス33%、石炭36%、水力22%、「原子力と再生可能エネルギー」9%とする方針を発表しています。また、2021年までに2基の原子炉を導入するという計画において、日本、韓国、中国、フランスから炉を選ぶとの意向が示されており、我が国はマレーシアの原子力発電計画のための基盤整備に関して2010年9月に協力文書を交わし、原子力発電導入に向けた協力を進めようとしています。

 

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Q2.(マレーシアの原賠制度)
以前より研究炉のあるマレーシアの原賠制度はどのようになっていますか?


A2.
・ マレーシアの原賠制度は、初の研究炉が臨界に達した2年後の1984年に「原子力エネルギー免許法」の一部として制定されました。
・ マレーシアの原賠制度は、無過失責任、責任集中、損害賠償措置、責任限度額、国の補償など、原賠制度の基本的原則がほぼ網羅されています。
・ マレーシアは現在、原子力損害賠償に関わる諸条約(パリ/改正パリ条約、ウィーン/改正ウィーン条約、補完基金条約(CSC))には加盟していません。


【A2.の解説】
  「マレーシア国法 法令第304号 1984年原子力エネルギー免許法」は、原子力エネルギーの規制・管理、原子力損害に対する賠償責任に関する基準の確立、ならびにこれらに関わる事項を規定する法律として、マレーシア唯一の研究炉であるTRIGA-Mark II が臨界に達した2年後の1984年に制定され、そののち2003年および2008年に改正されています。マレーシアの原賠制度はこの原子力エネルギー免許法の「第IX部 原子力損害に対する賠償責任(42~66条)」に規定されており、無過失責任、責任集中、損害賠償措置、責任限度額(施行当時の5,000万リンギットに相当する額)、国の補償(責任限度額を超える場合には、下院の決議による追加資金の拠出可能)など、責任限度額が5,000万リンギット(日本の1/24)であることを除いては、原賠制度の基本的原則がほぼ網羅されています。

 また、「原子力損害」、「原子力事故」、「環境」、「核物質」、「放射性物質」、「放射性廃棄物」等の法律文言の定義は、本免許法の第T部・総則に規定されています。
 
 第IX部の条文概要は以下の通りです。

・ 「施設運転者」の定義(42条)
監督機関により原子力施設の運転者として免許を受けた者。
・ 施設運転者の賠償責任(43条)
原子力損害が、施設運転者の原子力施設内で起きた事故、または原子力施設から出た核物質、原子力施設に送られた核物質に関わる事故に起因する場合、施設運転者は原子力損害に対して賠償責任を負う。
マレーシア国外から施設運転者の原子力施設への輸送で国内における事故の場合、施設運転者の原子力施設から国外への輸送でマレーシアから出国するまでの事故の場合、施設運転者は原子力損害に対して賠償責任を負う。
・ 輸送中の核物質に起因する原子力損害に対する賠償責任(44条)
核物質が、マレーシア国内の目的地へ向かう途中で、マレーシア国内において原子力事故が発生した場合、核物質が運び出された国の監督機関により核物質の輸送免許を受けた者が、発生した原子力損害に対する賠償責任を負う。
マレーシア国外に向けマレーシアを経由して核物質を輸送する場合、当局の規定する財務保証を確保し、核物質の搬出国の承認証明を当局に提出すること。
・ 絶対・専属責任(45条)
原子力損害に対する施設運転者の賠償責任は絶対的なものである。特に規定の無い限り、施設運転者以外の者が原子力損害に対して賠償責任を負うことは無い。
・ 賠償責任の免責(46条)
いかなる者も、武力紛争、戦争行為内戦、暴動、または異常に巨大な自然災害による事故によって生じた原子力損害に対して賠償責任を負わない。
原子力施設自体の損害およびサイト内にある関連施設、核物質の輸送機関の損害に対して賠償責任を負わない。
・ 求償権(47条)
他の者と交わした契約書に求償権が存在する場合、被害者の故意の場合、核物質を盗んだ者に生じた原子力損害が生じた場合に、施設運転者は求償権を有する。
・ 環境への原子力損害に関する政府の損害賠償請求(48条)
環境への原子力損害が発生した場合、マレーシア政府、マレーシアの州政府、又はその双方が適宜、賠償請求を行う。
・ 原告の重大な過失または故意(49条)
原子力損害が、損害を被った者の重大な過失又は第三者の故意による場合、裁判所は施設運転者による賠償金の支払いを免除する場合がある。
・ 本法による以外の賠償責任(50条)
施設運転者が本法46条に基づく賠償責任を負わない核物質の輸送機関に対する原子力損害について、本法以外で負うべき賠償責任はこれを妨げない。
・ 施設運転者として指定された核物質輸送業者または放射性廃棄物取扱者(51条)
監督機関は、核物質の運送業者または放射性廃棄物の取扱者の要請により、当該施設運転者の同意を得て、それらの者を当該施設運転者に代わる施設運転者として指定することができる。
・ 賠償責任を負う複数の施設運転者(52条)
複数の原子力施設運転者の賠償責任に関わる原子力損害の場合、損害が合理的に分離不能である場合に限り、関与した全ての施設運転者が連帯責任を負う。
・ 1件の原子力事故に関わる複数の原子力施設の単一運転者が追うべき賠償責任(53条)
1件の原子力事故に、同一の施設運転者に属する複数の原子力施設が関与する場合、59条(賠償責任の上限)の金額を上限として各原子力施設について賠償責任を負う。
・ 原子力損害とみなされる非原子力損害(54条)
原子力損害と原子力損害以外の損害などが原子力事故により生じた場合、それらの損害が原子力損害と合理的に分離できない範囲に限り、原子力損害とみなされる。
・ 運送業者証明書(55条)
施設運転者は、核物質の運送業者に、(賠償措置の)財務保証を提供する証明書を与えなければならない。
・ 同一サイト内にある複数の原子力施設(56条)
当局は、同一サイト内にある同一施設運転者の複数の原子力施設を、単一の原子力施設と見なすと決定することができる。
・ 原子力事故の調査(57条)
原子力事故は、直ちに原子力エネルギー委員会に報告しなければならない。
原子力エネルギー委員会は、原子力事故の原因および損害の範囲を調査する。
・ 検査および処置の強制(58条)
原子力事故の発生後、原子力エネルギー委員会は、放射線に被曝した者に健康診断の受診を求めたり、病院に移送し退院可能になるまで拘留したり、検死を行うなど、適切な措置を下すことができる。
これを拒否するなどした者は犯罪となり、刑罰を科される。
・ 賠償責任の上限(59条)
原子力損害に対する施設運転者の賠償責任は、1件の原子力事故につき、本法施行の時点において5,000万リンギット(約51億円)に相当する額を上限とする。
当局は原子力施設の規模・性質、発生した損害の範囲等を考慮し、本法施行の時点において1,200万リンギット(約12億円)に相当する額を上限とする範囲で、上記とは異なる賠償金額の上限を定めることができる。
・ 財務保証(60条)
施設運転者等は賠償措置のための財務保証を確保・維持しない限り、当局は原子力施設を運転するための免許、又は核物質を輸出入するための免許を発行しない。
・ 政府による補償(61条)
マレーシア政府は、必要と見なした場合、保険またはその他の財務保証により損害賠償請求を満たせない場合に限り、有責の施設運転者に補償を与え、必要資金を提供することができる。
ただし、政府が提供した補償金と、保険又はその他の財務保証の収入の合計は1件の原子力事故につき第59条(賠償責任の上限)で定められた上限金額を上回らないものとする。
1件の原子力事故に起因する原子力損害の賠償請求額が上限金額を超えると思われる場合、下院が国益のために必要と見なした場合、決議により追加資金を拠出できる。
・ 裁判手続きへの介入(62条)
マレーシア政府が政府補償を与える予定である場合、最終判決前であれば、裁判所は政府がいつでも裁判に介入することを認めるものとする。
・ 権利及び訴訟の時効(63条)
本法に基づく損害賠償請求権は、原子力事故の発生日から20年で消滅するものとする。訴訟は被害者が損害を知ってから20年以内に起こさない限り認められない。
・ 盗難、紛失、投棄、または廃棄された核物質に関する時効(64条)
原子力損害が、盗難・紛失・投棄・廃棄された核物質に付随する原子力事故に起因する場合、63条(権利及び訴訟の時効)に基づき損害賠償請求訴訟を起こす期間は、盗難・紛失・投棄・廃棄された日ではなく、原子力事故の日から起算される。
・ 請求額が上限金額を超える場合(65条)
原子力損害額が59条(賠償責任の上限)の上限を超え、マレーシア政府が補償を行う意志があるときには、政府の申請により、管轄裁判所は補償金の公平な配分を保証するために必要な命令を下すものとする。
・ 適用の除外(66条)
他の法律による賠償請求権を妨げることなく、当局はリスクが小範囲であると認める場合、少量の放射性物質、核物質等の物質に関して、第IX部の規定から除外することができる。

 なお、マレーシアは原子力損害賠償に関わる諸条約(パリ/改正パリ条約、ウィーン/改正ウィーン条約、補完基金条約(CSC))には加盟していません。

 また、その他原子力関係国際条約への加盟については、
・ 原子力事故早期通報条約、原子力事故または放射線緊急事態における援助条約、核不拡散条約(NPT)、包括的核実験禁止条約(CTBT)、IAEA保障措置協定(追加議定書は署名のみ)に加盟
・ 原子力安全条約、使用済み燃料安全管理・放射性廃棄物安全管理合同条約、核物質防護条約には非加盟
という状況にあります。

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○ 原産協会メールマガジン2009年3月号〜2010年9月号に掲載されたQ&A方式による原子力損害賠償制度の解説、「シリーズ『あなたに知ってもらいたい原賠制度』」の19回分を取りまとめ、小冊子を作成いたしました。

 小冊子の入手をご希望の方は(1)送付先住所 (2)所属・役職(3)氏名(4)電話番号(5)必要部数をEメールで genbai@jaif.or.jp へ、もしくはFAXで03-6812-7110へお送りください。


 シリーズ「あなたに知ってもらいたい原賠制度」のコンテンツは、あなたの声を生かして作ってまいります。原子力損害の賠償についてあなたの疑問や関心をEメールで genbai@jaif.or.jp へお寄せ下さい。


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