■シリーズ「あなたに知ってもらいたい原賠制度」【39】


米国の原賠制度の仕組み
 今回は、世界最大の原子力発電設備容量をもつ米国の原賠制度についてQ&A方式でお話します。

Q1.(米国の原賠制度の仕組み)
連邦法と州法がある米国では、原子力損害の賠償責任はどのように決められていますか?

A1.
・ 米国では一般の不法行為に関する責任は州法に規定されていますが、原子力事業は連邦法の領域とされ、連邦法である原子力法によって規制されています。そのため、原賠制度は原子力法の一部としてプライスアンダーソン法(PA法)に規定されています。
・ 原子力施設や核物質の利用に関する許認可・規制権限はNRC(原子力規制委員会)が有しています。NRCは、その許認可の条件として原子力発電事業者と補償契約を締結しますが、その中に、原賠制度の仕組みが盛り込まれています。
・ また、ウラン濃縮や再処理等の事業を連邦政府のエネルギー省(DOE)から請負っている事業者は、DOEとの間で補償契約を締結します。この契約に基づき、事業者が負うべき賠償責任は、DOEが負担するものとされています。

【A1.の解説】
・ 米国の原賠制度は原子力法の修正法として制定されたプライスアンダーソン法(原子力法170条)により規定されており、原賠制度の基本的な原則である無過失責任、責任集中、損害賠償措置等と同様な仕組みを備えています。
 もともと米国では、連邦と州の権限分配の原則にしたがい、一般の不法行為責任は州法により規定されています。そのため、無過失責任や責任集中の仕組みを直接的に連邦法で規定することができません。そこで、NRCは原子力事業者と締結する補償契約において、事業者の抗弁権の放棄、経済的な責任の集中、損害賠償措置の処置及び賠償責任の免除の放棄、を盛り込むことによって、実質的に無過失責任、責任集中及び賠償措置を確保して、他国の原賠制度と同様の仕組みを作っています。
 大きな被害が見込まれる異常原子力事故(ENO)に関しては、NRC及びDOEは、州法の不法行為責任に係る被告の抗弁権の放棄を補償契約に盛り込むことにより、実質的な無過失責任を法律上において確保し、被害者保護が図られています。
 また、米国の損害賠償措置では一般的な民間保険による措置に加えて、原子力事業者の相互扶助制度(共済)による措置を上乗せしており、1原子炉あたりにつき1兆円以上の措置が行われています。これらの仕組みが米国の原賠制度の特徴的な点です。

○ 無過失責任と同様の仕組みを構成するプライスアンダーソン法の規定

11条j.項(「異常原子力事故(ENO)」の定義)
・ 施設外に多量の放射性物質が流出・拡散する原因となった事故または施設外の放射線レベルを原因として、身体傷害または財産損害を引き起こしたものあるいは将来引き起こすであろうとNRC(原子力規制委員会)もしくはDOE(エネルギー省)が決定したもの。
※1979年に発生したスリーマイルアイランド(TMI)原発事故は異常原子力事故ではなかった。

170条n.項(1)(抗弁権の放棄)
 NRCまたはDOEは、原子力事業者と結ぶ補償契約の中に、異常原子力事故に関して原子力事業者の抗弁権を放棄する旨の規定を盛り込むことができる。

 これらの規定により、米国では不法行為の責任はそれぞれの州の州法によって裁かれますが、異常原子力事故と認定された事故に関しては原子力事業者の過失に関する抗弁権が放棄されることとなり、過失の有無に関わらず原子力事業者が賠償責任を負うことになります。

○ 責任集中と同様の仕組みを構成するプライスアンダーソン法の規定

11条w.項(「公的責任」の定義)
・ 原子力事故又は予防的避難から生じる一切の法的責任をいう。
・ ただし、労働者災害補償法に基づく請求、戦争行為に基づく請求、サイト内の原子炉の運転等に関連して使用される財産の損害に対する請求にかかるものを除く。
※1979年に発生したスリーマイルアイランド原発事故の賠償責任は公的責任。

170条a.項(原子力事業者の損害賠償措置要件)
 第103条(営業免許)または第104条(医療と研究開発)に基づく許認可及び第185条(設置許可とオペレーションライセンス)に基づく建設許可、第53条(核燃料物質の国内輸送)、第63条(核原料物質の国内輸送)、第81条(国内輸送)による許可には、NRCが許可にあたり、原子力事業者が公的責任の請求を填補するための損害賠償措置を行うことを当該許可の条件とすることができる。
 さらに、NRCは、原子力事業者が連邦法や州法で認められた公的責任の免除を放棄することを当該許可の条件とすることができる。

170条n.項(2)(裁判手続き)
 原子力事故から生じる公的責任訴訟に関しては、当該事故が発生した地方の連邦地方裁判所、または合衆国領域外で発生した原子力事故の場合はコロンビア特別区連邦地方裁判所が第一審管轄権を有する。


 これらの規定により原子力事業者は、裁判で公的責任を免除されたとしてもそれを放棄し、損害賠償措置をもって賠償に充てることとなり、賠償責任が集中されなくとも賠償のための経済的な責任が集中される仕組みになっています。
 また、1979年に発生したTMI原発事故は異常原子力事故と認定されなかったため複数の連邦裁判所や州裁判所に管轄権があり、訴訟の取り扱いについて紛糾した経験を踏まえ、現在は原子力事故から生じる公的責任訴訟の第一審管轄権は連邦裁判所に限定されています。

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Q2.(事業者間相互扶助制度の仕組み)
米国では事故の際に、事故を起こしていない原子力事業者からも賠償資金を集めるそうですが、どのような仕組みになっているのですか?


A2.
・ 10万kW以上の原子力発電所には、第一次損害賠償措置として3億7500万ドルの民間責任保険の締結と、第二次損害賠償措置として原子力事業者の相互扶助制度(共済:遡及保険料システム)による措置をしなければなりません。
・ 第二次損害賠償措置は、一つの原子炉あたり最大1億1190万ドルの遡及保険料とその5%に相当する争訟費用の104基分を合計した122億1948万ドルが最大額となります。
・ 第一次措置の3億7500万ドルと第二次措置の122億1948万ドルを合計した125億9448万ドルが最大の賠償措置額となり、この額をもって原子力事業者の賠償責任(公的責任)は制限されます。
・ 責任額が制限額を超える場合は、大統領が議会に対して損害額の推定や賠償履行ファンドの創設などについて補償計画を提出し、議会が必要な行動を取ることになっています。


【A2.の解説】

 米国の原子力事業者は大きく2種類に分けられます。一つはNRCの許認可により事業を行う者(被許可者)、もう一つはDOEとの契約により事業を行う者(契約者)です。NRCの被許可者とDOEの契約者にかかる損害賠償措置と責任制限は、原子力法170条(PA法)に以下のように規定されています。

○ NRCの許認可を受けた原子力事業者に関する損害賠償措置の額及び方式

170条b.項(1)
 必要な第一次損害賠償措置の額は、民間の責任保険による額とする。10万kW以上の電気出力をもつ施設に対して要求される第一次損害賠償措置の額は、妥当な条件で利用できる民間保険の最大額でなければならない。第一次損害賠償に利用する民間保険等は、NRCが定める諸条件に基づくものでなければならない。(注:NRCの規定によりこの賠償措置額は3億7500万ドルと決められており、米国原子力保険プール(ANI)が原子力損害賠償責任保険を引き受けている。)
 第一次損害賠償措置に加えて、公的責任額が第一次損害賠償措置を越えるまで保険料支払いを延期できる(事後払い)と規定する原子力事業者による遡及保険料システムを構築・維持する。
 一つの原子力事業者の延払保険料の最大額は、1施設につき1億1190万ドル、また1年当たり支払保険料は1750万ドルを超えてはならない。

170条o.項(1)
(E)原子力事故から生じる公的責任請求及び争訟費用の総額が賠償措置額の最大額を超える場合、原子力事業者は延払保険料に加えて延払保険料の最大5%を超えない額が課される。


○ DOEとの契約により原子力事業を行う者の賠償措置

170条d.項(1)
(A)DOEはDOEとの契約により事業を行う者すべてと補償契約を締結しなければならない。
170条d.項(2)
 上記(1)に基づき締結される補償契約において、DOE長官が決定する方式及び額の損害賠償措置を要求することができる。また、長官は、要求される損害賠償措置額を超える請求に対して、公的責任総額まで被補償者を補償しなければならない。
170条d.項(3)
 補償額は、契約者に要求される賠償措置と合わせて、常時170条b.項で要求されるNRCの被許可者に要求される賠償措置額の最大額以上でなければならない。

 このような規定に基づいて、NRCの被許可者である原子力事業者には、170条b.項(1)の2段階の仕組みにより、下記@〜Bの合計である125億9448万ドルの措置が要求されています。
@第一次損害賠償措置の金額である3億7500万ドル
A第二段階目として原子力事業者が原子炉1基あたり最大1億1190万ドルの保険料を遡って支払う「遡及保険料システム」による最大額である116億3760万円(1億1190万ドル×104基分)
B170条o.項(1)(E)に規定されている争訟費用分の5億8188万ドル(1億1190万ドルの5%×104基分)

 一方、DOEとの契約者には、上記@〜Bの合計以上をDOEが補償する補償契約の締結が要求されています。
 これにより、どちらの法律根拠により原子力事業を行う者も、公的責任に関しては同内容の補償となります。

 また、公的責任の総額は下記の規定により上記@〜Bの合計額をもって制限されています。
 制限額を越える恐れがある場合にはNRC又はDOEが事故に関する調査をまとめ、議会や裁判所等に報告書を提出し、連邦裁判所が制限額を超えると決定した後90日以内に、大統領が議会に対して損害額の推定や賠償履行ファンドの創設等について補償計画を提出することになっています。その補償計画に基づき議会が必要な行動を取ることになっています。
 なお、連邦裁判所が制限額を超えると決定した場合、裁判所の事前承認なしに責任制限額の15%を超える支払いを行ってはいけないことになっています。

○ 公的責任総額の制限

170条e.項(1)
 1つの原子力事故に対する被補償者の公的責任総額(争訟費用を含む)は、次の額を超えてはならない。
(A) 10万kW以上の電気出力をもつ施設の場合は、第一次損害賠償措置と原子力事業者遡及保険料システムによる措置の最大額(争訟費用を含む)
(B)DOE長官が補償契約を締結している契約者の場合は、170条b.項(1)の損害賠償措置の最大額または170条d.項(3)に基づく補償及び損害賠償措置のいずれか大きい額

○ 公的責任総額の制限を越える損害賠償を伴う原子力事故が生じた場合

170条i.項(1)
 公的責任総額を超える恐れのある損害賠償を伴う原子力事故が発生した場合は、NRC委員長もしくはDOE長官が、損害の原因と規模を調査し、かつ、議会、公衆、関係当事者及び裁判所に、調査報告書を迅速に提出しなければならない。

170条i.項(2)
 裁判所が単一の原子力事故から生じる公的責任が公的責任総額を超えると決定した90日以内に、大統領は議会に対して以下のものを提出しなければならない。
(A)公的責任を超える人身損害、財産損害の総額の見積額。
(B)公的責任総額を超える請求を支払うための追加の資金源に関する勧告。
(C)一つ以上の損失補償方法。
(D)損失補償方法を実施するために必要な追加的な法律

170条e.項(2)
 公的責任総額を超える損害賠償を伴う原子力事故の場合は、議会は当該事故を十分に調査し、かつすべての公的責任請求に対して公衆に十分かつ迅速な補償を行うために必要であると決定される一切の行為を行うものとする。

170条o.項(1)(資金の配分計画)
 原子力事故が発生した地域の連邦地方裁判所が、原子力事故に係る公的責任額が責任制限額を超えると決定する場合、支払われる総額は裁判所の事前承認なしに責任制限額の15%を超えてはならず、かかる支払いが裁判所によって承認されている配分計画に従わない限り支払いを許可してはならない。

米国の原子力法(原賠制度については主に170条に規定)はこちら

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○ 原産協会メールマガジン2009年3月号〜2011年10月号に掲載されたQ&A方式による原子力損害賠償制度の解説、「シリーズ『あなたに知ってもらいたい原賠制度』」を冊子にまとめました。

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