原子力産業新聞

福島考

放射線の恐怖を煽り、遺伝子組み換え食品の恐怖を煽り、メディアはどこへいくのか?
単に市民の声、懸念を伝えるのではなく、科学的事実を読み込み、そうした懸念に応える建設的な提案も含めた情報、メッセージを発信すべきではないか?
報道の現場を知り尽くした筆者が、強く訴える。

車のEV化は原子力政策に何を求めているか?

19 Mar 2021

最近の新聞を見ていると、電気自動車(EV)の販売が世界で加速しているというニュースがよく目につく。そこで思い出すのが、2020年12月に行われた豊田章男日本自動車工業会会長(トヨタ自動車社長)の会見内容だ。豊田氏はそこで重大な発言をした。日本中に電気自動車が普及したら、大量に必要となる電気をどう賄うのかという問いかけだった。その問いかけにメディアはまだ応えていない。

電気で走る電気自動車は一見環境に良いように見える。確かに走っているときには二酸化炭素などを含む排気ガスを出さない。だが、少し考えればわかる通り、その車が走るのに必要な蓄電池(バッテリー)の電気が、石油や石炭、ガスなどの化石燃料を使った火力発電所で生み出されていれば、トータルで見て、二酸化炭素を排出していることになる。言うまでもなく車を生産する工場でも二酸化炭素は排出される。

では、電気自動車が再生可能エネルギーの代表格である太陽光発電で生み出された電気を使うなら、二酸化炭素を出してないと言えるかというと、そうでもない。太陽光発電は1年中、昼夜を問わず電気を生み出してくれるわけではない。夜になれば休むし、雨や雪が降ったり、曇るだけでも小休止する。なんと太陽光発電の平均的な稼働率は、日本では20%前後しかない。

となると、太陽光発電が休むときに備えて、バックアップとして別の火力発電所を用意しておかねばならない。もちろん水力発電や原子力発電でもバックアップできるが、現実には化石燃料を使う火力発電なしでのバックアップは難しいのが実情である。つまり、太陽光はいまだ自立したエネルギーではない。

電気自動車がいくら「太陽光発電の電気で走りました」といっても、間接的には化石燃料に頼っていることになる。言い換えると、電気自動車だけを見ても、それが二酸化炭素の削減に貢献したかどうかは分からず、電気自動車の電気がどういう手段で生み出されたかを考える必要が出てくる。

たとえば、原子力発電が多いフランスと、いまだ火力発電が多いドイツでは、同じ電気自動車が走っていても、その自動車はエコにも非エコにもなるわけだ。

ここまでは、ごく常識的な話だが、では、今後、世界中で加速する車のEV化にどう対処すればよいのだろうか。

そういう中、菅義偉総理は2020年10月、「2050年までに二酸化炭素などの温室効果ガスの排出を実質ゼロにする」とのカーボンニュートラル政策を宣言した。はたしてどこまで実現できるのか、個人的には冷ややかに見ているが、どちらにせよ、温室効果ガスの排出を実質ゼロにするためには、電気自動車の普及は絶対に欠かせない。しかし、問題は、その電気自動車の電気をどういう方法で調達するかである。

EV化で日本の車関連産業は壊滅する!

そこで思い出すのが豊田氏の記者会見である。豊田氏は次のように述べた。

「カーボンニュートラルは国家のエネルギー政策の大変化なしには達成できない。このまま車のEV化が急激に進めば、日本では車が作れなくなってしまう。仮に400万台の車をすべてEV化したら、夏の電力の使用ピークのときは、電力不足に陥り、その解消には原発だと10基分の電気が必要になる。充電インフラの整備には約14~37兆円かかる」(筆者で要約)

豊田氏は他にも重要な指摘をいくつかしている。興味のある方はぜひYouTube(※テレビ東京にて視聴可能)を見てほしいが、残念だったのは翌日の新聞だった。毎日新聞だけは大きく取り上げ、「『脱ガソリン』反対 トヨタ社長、政府批判」との大見出しで報じた。報じたのはよかったが、見出しの言葉には「違うでしょ!」と思った。

会見を聞く限り、政府に反対したというよりも、政府の性急なカーボンニュートラル政策によって、日本の基幹産業である自動車産業が壊滅的な影響を受けることへの憂慮を表明したと私には思えた。共同通信は「急速なEV普及推進に懸念」との見出しで配信したが、小さな記事だった。他紙には総じて目立つような記事はなかった。

豊田氏は、このまま車のEV化を進めていけば、エネルギー政策の大変革が起きることを訴えたわけだが、そういう真意を深く汲み取った含蓄に富む記事はなかった。

日本自動車工業会によると、日本には約7,600万台の車(バスやトラックも含む)がある。これらがいずれすべてEV化していく流れを考えると、いますぐにでも、原子力発電所の新設をもっと増やすのか、原子力発電所の再稼働をもっと進めるのか、または原則として40年という稼働を60年に延ばすのか、という真剣な議論を巻き起こす必要があるが、そういう白熱した議論は見られない。

トヨタが世界のEV化戦争で勝ち抜けるかどうかは、私たち日本人にとって決して他人事ではない。案の定、2021年1月1日、日本自動車工業会などは驚くべき広告を主要紙に載せた。見開き2ページにわたり、「私たちは、動く。」との赤い文字が躍る斬新な広告だ(写真)。その中に「日本の自動車業界には、550万の人たちが働いている」と書いてあった。EV化を慎重に進めないと、550万人が路頭に迷う可能性があることを印象づける内容だ。それだけ危機感が強いのだろう。EV化の方向いかんでは、車関連産業に依存する愛知県や群馬県、静岡県などは壊滅的な影響を被る可能性がある。車のEV化はそれくらい日本経済に大きな変革を迫る動きなのだ。

いずれは、GoogleやAmazonなどの海外の巨大IT企業が車の製造販売市場に参入してくるだろう。欧米はもはや「ハイブリッドカーではトヨタに勝てない。今後、トヨタに打ち勝つには電気自動車しかない」という戦略で車のEV化を強力に推し進めているようにみえる。「地球を守るため」という美しい文句は、うわべの宣伝であり、本心は自国に有利な産業を育成するのが狙いのはずだ。

政府は2030年の電源構成で原子力の比率を20~22%との計画をつくり、推進している。しかし、原子力の再稼働でさえ思ったほど進まない中、このままでは、この比率の達成はほぼ不可能だろう。まして車のEV化を同時に進めようとしているならば、たとえ世間から批判があろうとも、原子力による電気の調達をどうするかの議論をもっと巻き起こす必要がある。政治の側にも豊田氏の憂慮に応える決断と覚悟が求められる。

小島正美Masami Kojima

Profile
元毎日新聞社編集委員
1951年愛知県生まれ。愛知県立大学卒業後に毎日新聞社入社。松本支局などを経て、1986年から東京本社・生活報道部で食や健康問題に取り組む。2018年6月末で退社し、2021年3月まで「食生活ジャーナリストの会」代表を務めた。近著「みんなで考えるトリチウム水問題~風評と誤解への解決策」(エネルギーフォーラム)。小島正美ブログ「FOODNEWS ONLINE

cooperation