[原子力産業新聞] 2001年10月25日 第2109号 <7面>

[特集] 放医研、重粒子線がん治療の確立に向けて

日本人の死亡原因の筆頭にあげられる疾病「がん」。その克服は国民的な課題といって過言ではない。治療法には主に、病巣を摘出する外科療法、抗生物質の投与などの内科療法と並んで、放射線治療がある。そのなかで放射線治療は非手術的で体にやさしい治療法として期待を集めている。今号で、放射線治療のなかでもその治療法として優れた効果が期待される垂粒子線 (重イオン線) を使った治療法の研究を進めている放射線医学総合研究所 (放医研) の取り組みを紹介する。

世界に先駆け施設整備

放医研で用いている重粒子線は、従来の放射線とはその種類が異なる重イオン線と呼ばれる炭素、ネオンなどの重い元素のイオン。これをおおむね光速の8割前後まで加速させ、高いエネルギーにして直接体内の病巣に照射する。重イオン線は狙ったがん病巣の部分だけに集中的に照射することができ、またがんをたたく力も優れている特性をもち、放射線治療の中でも優れた効果が期待されている。

放医研では、がん治療の安全性と有効性に最も優れていると考えられる炭素線を使った治療研究 (臨床試験) を1994年6月から開始している。医療専用の装置として重粒子線がん治療装置 (ハイマックとよんでいる) を整備したのは世界に先駆けてのことだ。現在国内では兵庫県が重粒子線加速器 (陽子線、炭素線) を整備、今年度から、まず陽子線を使った臨床試験を開始し、近く炭素線を使った臨床試験をはじめる。海外では、ドイツのダルムシュタットにある重イオン科学研究所に医療専用ではないが、原子核物理用の重イオン加速器を利用してドイツがんセンターとの協力のもとに重粒子線がん治療の試験を1997年に開始。このほかイタリアやオーストリノアでも医療用の重イオン加速器を整備する計画が進められており、同治療法の研究が内外で加速しつつある。これらの動きに先行し、放医学研では、本格的な重粒子線がん治療の確立にむけた臨床試験を開始、また同試験で使われていない時間帯を使ってハイマックを治療研究、診断研究、生物学研究、物理・工学研究の4つの分野での基礎的研究に大学などとの共同利用でフルに活用している。

安全性と治療効果を確かめるための臨床試験

放医研が現在進めている臨床試験は、医用重粒子線がん治療装置を用いたがんの治療法が「安全であるか」、「効果があるか」などの点を確認することに主眼を置き、従来の治療法 (内科的、外科的治療、そして従来からのX線やさらには陽子線などを用いた放射線治療) と比較して、重イオン線がん治療法は有効か、からだのどの部分のがんに有効か、などを見極めようという目的で行われている。

重粒子線がん治療研究の専門病院も開設

1997年3月には、放医研内に重粒子医科学センターが開設され、本格的な臨床試験の拠点としての最新医療施設が整った。同センターの新病院は地上5階、地下1階、病床数96で、重粒子線治療の特性を最大限発揮させることはもちろん、CT 装置や MRI 装置など最新の高度な診断・治療装置、また多様な医療情報を処理・通信するインテリジェント機能を兼ね備えている。さらに患者に対して、よりよい治療環境を提供するためのアメニティに優れた入院・外来機能をもたせている。こうした高度な医療設備が最先端治療研究の最前線を支えている。

慎重な試験計画立案、外部の専門家や有識者が参画

優れた治療法とはいえ、まだ研究段階にあることから、外部の専門家を入れて、きちんとした試験計画を立案し、科学面と倫理面から十分に検討を加えて、慎重に臨床試験を進めている。そのために重粒子線治療ネットワーク会議やテーマごとの分科会、倫理審査委員会などの検討組織が設置され、全国の多くの専門医、有識者など200名を超える外部の専門家が、この治療法の計画、実行、評価などの各段階に参画。試験が適切に実施される体制が組まれている。

したがって、臨床試験を受ける立場の患者についても、専門医の紹介等を通じ、治療の開始にあたって事前説明を十分に行って了解を得た後、さらに外部専門家による審査を経るという、非常に慎重なプロセスを踏んでいる。

高度先進医療へのステップアップめざす

これまで、臨床試験は計画にもとづいて34の臨床試験が実施され、そのうち14の試験が終了、部位ごとに、安全をみるための第I相試験と有効性をみるための第II相試験を組み合わせた第I/II相試験から開始し、現在5つの部位で第II相試験に進んでいる。頭頚部や肝臓、子宮、骨軟部といった従来療法では難しいとされてきた部位のがん病巣などの臨床試験が実施され、今年7月には臨床例が1000件を超えた。

照射の仕方など改善努力を重ね、初期段階での一部臨床例を除いて、安全性 (副作用) と治療効果の両面で良好な結果が確認されてきている。計画当初に考えられていた通り、従来の治療法で難しい症例や、がんの進行度の面から治療が難しい症例にも有効性がみられることがわかってきた。放医研では、臨床試験が現在までに良好な結果を得られていることから、今後5年以内を目途に、治療法としての安全性と有効性を十分に確認できた段階で医療へのステップアップを意味する「高度先進医療」の認可申請を厚生労働省に対して行いたい方針だ。

重粒子(炭素イオン)線の有効性
これまでの臨床試験から、炭素イオン線が低 LET 放射線 (X線や陽子線) に比べて有効であると思われる患者または照射法。
頭頚部がん頭蓋底に浸潤または近接した進行がん、および組織型が腺がん、腺様嚢胞がん、悪性黒色腫など。
肺がん手術非適応の早期肺がんに対する短期照射が効果があり、さらに短期 (1週間以内) の照射も可能性がある。
肝がん他の治療法では制御困難な病巣に対する短期照射。
骨・軟部腫瘍骨盤および傍脊髄領域にあり、手術切除が困難な腫瘍。
前立腺がん早期がんでは炭素イオン線単独、進行がんではホルモンとの併用照射が有効。
子宮がん偏平上皮がんは、従来法では制御困難な進行がんで良好な制御率が得られた。子宮腺がんも有望。

今後の重粒子線がん治療の展開と課題などについて、重粒子医科学センターの村田啓センター長にうかがった。

高度先進医療への展開

現在までに治療試験のいくつかが、安全性をみることに重点をおいた第I/II相試験から有効性をみる第II相試験に進んでいる。そのなかから、はっきりと有効性が確認されたものは高度先進医療に申請したいと考えている。それは、策定した中期計画にも明示している。これまでのデータの積み重ねや委員会の方々の意見から、計画の通りに、この治療法を医療として認めてもらうことは可能であろうと考えている。

治療法の普及−施設と人材の両面から

兵庫県で重粒子線がん治療の試験がはじまりつつあるが、我々の施設と、その施設の2つだけで、この治療に適する患者さんをすべてカバーすることは物理的に難しい。全国に同様の施設を整備していくことが必要だ。私たちはこれを「全国展開」と言っているのだが、2つの面から考えていかなければならない。

ひとつは施設の問題、重イオン加速器の整備だ。現在、放射線医学総合研究所にあるハイマックは物理などの基礎実験も行えるようスペックの高いものになっている。しかし普及にあたっては、装置の小型化が必要だ。それには医療に特化し、たとえば炭素イオンだけに特化したコンパクトな装置が求められる。そういうものが完成すれば国も普及を進めやすくなるのではないか。放医研の中期計画にそうした装置の小型化の検討を盛り込んでいる。この中で、必要な基礎的検討を行っていきたい。

もうひとつがスタッフの要請という問題だ。医師、医学物理士、専門の技師など重粒子線治療の専門家を養成しなければならない。すでに、計画を進めている地方自治体から研修生を受け入れているが、そうした機会を増やすなど人材養成の面からの「全国展開」も考えていく必要があり、私たちもそのために尽力していきたいと考えている。


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