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【解説】越智先生と読み解く「子どもの放射線被ばくの影響と今後の課題」(3)福島県の子どもの放射線被ばく線量:海外の推定

2017年12月22日

東京慈恵会医科大学臨床検査医学講座 講師 越智 小枝 氏

 本年(2017年)9月、日本学術会議より「子どもの放射線被ばくの影響と今後の課題」という報告書が公表されました。この報告書は、福島第一原子力発電所事故の後に生じた様々な議論を踏まえ、今後子どもと放射線について議論するために必要と考えられ知見をまとめたものです。
 第3回は福島県の子どもの放射線被ばく線量(海外の推定)について解説します。
 報告書では、福島で得られた子どもの被ばく量データについては分かれて記載されているため、福島県での被ばく量の情報だけを知りたい方には少し見づらいかもしれません(2.(1)、2(3)[2]、2(3)[3]ア、 2(3)[4]ア、2(3)[4]イなど)。そこで、本解説では被ばく線量に関する記載部分をまとめてみました。

(A)値を見る上での注意
 まずはじめに注意しなくてはいけないことは、子ども・大人にかかわらず、事故当初の正確な被ばく線量を示すデータは存在しない、ということです。津波・地震と共に起きた事故当初の混乱の中では、全ての被災者の方の個人線量を測定することは物理的にも心理的にも不可能であったためです。
 また、もし津波がなかったとしても、子どもの被ばく線量を正確に測定する計算式がありません。つまり、公表されている被ばく線量は全て「推定値」であるともいえるのです。
 そして、推定値の目的は健康への影響を減らすことです。つまり、人の健康を守るためには、推定値は高めに計算される方が望ましい、ということになります。このため、多くの報告では被ばく量の最大値をかなり高めにとっている、ということも注意する必要があると思います。
 しかしおなじ推定値であっても、たとえば空間線量の情報だけから推定した値よりは、一部の住民の方の値から推定した方が実際の値に近い、ということは言えそうです。私たちが情報を見る時には、どのような方法で推定したか、ということにも注意する必要があります。

(B)UNSCEAR、WHOによる推定値
 原子放射線の影響に関する国連科学委員会(UNSCEAR)や世界保健機関(WHO)は、福島県内の空間線量の値と、住民の方がどのようなルートで避難したか、などのデータから被ばく線量を推定しています(報告書文献11、49)。
この報告では、原発事故の直後に避難した避難区域よりも、3月末になってから避難指示の出た区域(飯舘村、川内村、葛尾村と南相馬市の一部)の住民の方が被ばく線量が高かった、と推定しています(報告書文献11、表1)。

(a)全身の被ばく線量推定
 UNSCEARは、住民が事故の後1年間に受けた追加分の実効線量を、外部被ばく・内部被ばくをあわせた値で示しています。
 3月末に避難した地域において、この追加分の実効線量は成人で4.8~9.3mSv(ミリシーベルト)、10歳児で5.4~10mSv、1歳児で7.1~13mSvと推定されています。前稿でも説明したように、シーベルトとは放射線の影響の強さを示します。体格が小さく放射線の影響を受けやすい小児ほど実効線量が高くなるのはそのためです。
 日本人の成人は平均して年間2.1mSvほどの自然放射線を浴びています。成人の被曝量が年間合計で2.1+4.8-9.3mSvと考えれば、 成人の方は、最初の年には最も高くて日本の平均の3~5倍程度の被ばくをした可能性があると推定されたことになります。ではこの線量がどのくらいか、と言えば、胸のCT検査を1~2回受けるくらいの被ばく量を、1年間かけて浴びた、という量です(図1) 。
 UNSCEARはこの推定値から、被ばくにより甲状腺以外のがんや先天異常・遺伝性影響が増えることはないだろう、と結論しています。

(b)甲状腺への被ばく線量推定
 一方、甲状腺だけを見た場合の被ばく線量の推定はどのようなものでしょうか。前稿で説明したように、臓器ごとの被ばくの影響の大きさは「等価線量」で示されます。甲状腺への等価線量1ミリシーベルトは、全身の被ばく量では0.04ミリシーベルトになります。
 UNSCEARの報告書では、事故の後の住民の甲状腺の等価線量につき、3月末に避難した区域の方は成人16~35mSv、10歳児27~58mSv、1歳児47~83mSvと推定されています。一方WHOが2012年に出した報告では、最大値は年間10~100mSv、特定の場所では100~200mSvになり得る、と推定しています。ただしこれは過大評価気味である、という注釈がついています。
 この等価線量の推定により、UNSCEARは、理論上は子どもの間で甲状腺がんのリスクが増加する可能性もある、という慎重かつ曖昧な表現をしています(報告書文献12)。

(C)福島県の調査
 事故の後しばらくして、福島県内では実際に住民の方の被ばく線量が測定されました。住民全ての方に測定を行うことはできませんのでこれも広義には推定値にすぎません。しかし、上述の推定値よりは実測に近い推定値と考えることができると思います。
(a)外部被ばく
 福島県の県民調査によれば、事故の後4か月で住民が受けた外部被ばく線量の中央値は県全体で0.6mSv(年間1.8mSv相当)、推定最大値は25mSvであったとしています。比較的線量が高いと予測された川俣町山木屋地区、浪江町、飯舘村で実際にガラスバッジを用いて測定した調査においても、住民9,747人中5,591人(57%)は追加被ばく線量が1mSv以下であり、年間5mSv以上の追加被ばくをされた方は5%(9歳以下の子どもでは1%)、年間10mSv以上の被ばくをした方は0.7%のみとなっています(図2)。

 また、特に妊婦や子供を中心として個人線量計による外部被ばく線量の調査が行われた市町村の結果によれば(報告書文献58)、事故から半年後の2011年の9月に測定した地域では、年間の追加被ばく線量推定は1.1mSv程度となっています。またこの被ばく量は急速に減少し、2013年以降では年間1mSv以上の追加被ばく線量を示した方はいません。
 この値はUNSCEARの推定値とずいぶん異なるように見えます。なぜこのような差が起こるのでしょうか。
 理由の1つとして、人々が屋外で過ごす時間が予測よりも短かった、ということがあると思います。事故の後、多くの小学校では外遊びの時間を制限しました。また、被ばくを心配する親ごさんは学校まで車で送り迎えをしていました。このような行動の結果、子どもが外に出る時間はとても少なくなったと考えられています。
(b) 内部被ばく(セシウム)
 注意すべきことは、福島県での内部被ばく線量は、外部被ばく線量に比べてはるかに低い、ということです。これは後述するチェルノブイリの状況とは大きく異なります。
報道などで〇〇万Bq(ベクレル)、という文字を目にすると、△△mSvよりもはるかに高い線量を予想してしまう人も多いと思います。しかし、たとえばセシウムを1,000Bq摂取しても、これを外部被ばく線量に換算すると約0.02mSv相当程度となります。食品の規制が速やかかつ有効に行われた福島県では、セシウムによる内部被ばくはかなり低く抑えられたと考えられています。
 i) 食品調査からの推定
 福島県では、一般家庭の買い物と同じ食料を買って放射線量を測定する「マーケットバスケット調査方式」や、いつも食べている食事を1人分作ってもらい、その食事の線量を測定する、という「陰膳調査」により、内部被ばく線量の推定が行われました。その結果、普通の過程の食事で摂取し得るセシウムの量は、年間0.0006~0.002mSv以下であるとされています(文献58)。
 さらに事故の後3年間で急速にセシウム検出率は減少し、野生のきのこ・山菜類を除く農作物で基準値を超える作物はほぼ0%となっています。
 ii) ホールボディーカウンターによる実測
 ホールボディーカウンターは、全身が出す放射線量を機械で測定し、その波長からセシウム由来の放射線を検出するものです。
報告書の文献58の結果は大人も含めた調査結果となっています(p.7)が、2011年6月末~2012年1月末までにホールボディーカウンター検査を受けた約15,409人のうち、預託実効線量(この先50年間で浴びる追加被ばく量の推定)が1mSvを超えた方は25人(0.16%)、その値は最高でも3mSvとなっています。(図3)

 内部被ばく線量が高い値を示した方に詳細なインタビューを行ったところ、全ての方が事故の後も山草や野生の肉(イノシシ・ヤマドリなど)を日常的に食べる生活を続けていた、ということも分かっています(*1)。
 内部被ばくについても外部被ばくと同じく、測定感度以上のセシウムを検出する人の数は震災後3年で急速に減っています。
(c)内部被ばく(ヨウ素)
 日本では福島第一原発事故の後、速やかに汚染食品の出荷制限・摂取制限などの措置が取られました。しかし、放射性ヨウ素は空気中から吸入することでも被ばくします。また飲料水や葉物野菜にも速やかに吸収されたため、事故当初には放射性ヨウ素の摂取を完全に制限することはできませんでした(報告書文献48)。
 そこで、事故の2週間後、比較的線量が高いと思われた飯舘村、川俣村、いわき市では、18歳以下の子どもを対象に甲状腺の被ばく線量調査が行われました(表2) 。この結果、半分以上(55.4%)の子どもでは甲状腺等価線量はほぼ0mSv。87%で10mSv以下の被ばくであったことが分かっています。50mSv以上の被ばくをした子どもは0.2%(2名)にとどまり、UNSCEARやWHOの推定値と比べても低めの値となっています。

(D)チェルノブイリとの比較
 では福島とよく比較されるチェルノブイリの事故の後の住民の被ばく線量はどのくらいだったのでしょうか。事故の後1年間の外部被ばく線量について、ウクライナの避難者では平均20mSv、ベラルーシの避難者では年間30mSvの追加被ばくをしたと推定されています。
 また、チェルノブイリの事故は食料自給率が100%に近い地域に起きており、食品規制への対応が非常に遅れたことが知られています。とくにベラルーシやウクライナでは事故の後も地産の乳製品を摂取していたことにより、子どもの放射性ヨウ素による被ばく線量はとても高くなっています。事故の後48時間以内に避難したプリピャチの場合、大人の甲状腺等価線量は70mSv(実効線量2.8mSv)ですが、乳児では2,000mSv(実効線量80mSv)と推定されています。ベラルーシでは甲状腺等価線量の平均値が、0~6歳で3,796mSv(実効線量152mSv)、全年齢でも1,077mSv(実効線量43mSv)となっています(表3)。これは外部被ばく線量と比べても高い値であり、チェルノブイリでは外部被ばく以上に内部被ばくが大きかった可能性があることが分かります。

 この解説とは別のサイトに、子どもの被ばく線量について民間の報告も含めまとめた記事もありますので、ご参照ください(*2)。

(E)まとめ
 以上のことから、福島第一原発事故の被ばく線量については、
 ・推定の外部被ばく線量は高くても年間25mSvである
 ・内部被ばく線量は高くても3mSvであり、一般的には外部被ばく線量よりもはるかに低い
 ・甲状腺被ばく線量についても、等価線量で50mSv以上の被ばくをした子どもはほとんどいないと推定されており、この点でチェルノブイリの事故とは大きく異なる
ということが言えます。
 これらの値は推定値であって真の値ではないではないか、という反論もあるかもしれません。しかし、私たちはなぜ線量の測定(推定)を行うのでしょうか。私たちの本来の目的は、福島に住む方々がより健康に生きる方法を模索することです。
 そのように考えれば、線量の推定値だけを見てこの地域は安心だ、この地域は住んではいけない、というような単純な結論も出すべきではありません。推定値の精度を上げることも大切ですが、それよりも、放射線が起こし得る健康影響、その他の間接的な健康影響も考慮した上で、社会全体として健康になる方法を考えるべきではないかと思います。
 では、原発事故の後の福島では、放射線、および他の因子が子どもにどの様な健康影響を与えたのでしょうか。次項では、現在懸念されている問題と今後の課題につき解説します。

参考文献
 *1 Tsubokura M,et al. PLos One 9(6):e100302
 *2 http://ieei.or.jp/2017/09/special201706007/

*越智先生と読み解く「子どもの放射線被ばくの影響と今後の課題」 バックナンバーは こちら