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【解説】越智先生と読み解く「子どもの放射線被ばくの影響と今後の課題」(5)社会は福島の事故をどのように受け取ったのか:甲状腺スクリーニング

2018年1月26日

 昨年(2017年)9月、日本学術会議より「子どもの放射線被ばくの影響と今後の課題」という報告書が公表されました。この報告書は、福島第一原子力発電所事故の後に生じた様々な議論を踏まえ、今後子どもと放射線について議論するために必要と考えられ知見をまとめたものです。

 本報告書では、甲状腺スクリーニングの結果と、社会による受け止められ方についても多くの章で述べられています(2(3)[2]、2(4)[1]、3(2)、3(4))。甲状腺スクリーニングは福島において大きな社会問題ともなった話題だからです。
 解説(1)で述べた通り、事故当初の混乱の中で、子どもたちの甲状腺の初期被ばく線量を測定することは物理的にも倫理的にも困難でした。甲状腺被ばく量は相当に低いと考えられ(報告書表3)、福島で子どもの甲状腺がんが増える確率は非常に低い、と説明されています。
 しかし、お母さんの知りたいことは確率ではなく、自分の子どもが実際に甲状腺がんになるのかどうかなのです。それを確かめるためには、甲状腺の超音波検査によりがんの有無を直接確認する以外の方法はありません。
 このような背景から、福島県では世界にも類を見ない規模の甲状腺スクリーニングが開始されました。本稿ではその結果と解釈、そして課題について述べます。

(A)甲状腺スクリーニングの目的は
 まず初めに考えなくてはならないのは、そもそもの甲状腺スクリーニングの目的は何だったのか、ということです。これは
 1.住民の不安を低減する、社会的な成果
 2.がんの早期発見により命を救う、医学的な成果
 の2つに要約することができると思います。
 甲状腺スクリーニングの議論をする時に、この目的に立ち返ることはとても重要です。ネット上で「炎上」するような議論の中には
 「それを議論することで誰かの為になるのだろうか」
 という疑問を覚えざるを得ないものがたくさんあるからです。

(B)結果の概要

(a)福島県での結果
 福島第一原発事故の後福島県では、当時18歳以下であった子どもを対象として、超音波を用いた甲状腺がんのスクリーニング検査が開始されました(報告書文献77、78)。2015年6月末までに、対象となった約37万人のうち80%以上の約30万人が受診され(報告書文献45)、2016年12月末日までに185名の子どもが甲状腺がんの「悪性ないし悪性疑い」と判定されています。そのうち146名が手術を受けたと報告されたとのことです。

(b)他県との比較
 福島県外においても、弘前市、甲府市、長崎市において、福島県と同じ形式のスクリーニングが行われました。合計4,365人の子どもが検査を受けた結果、嚢胞(液体の詰まった空洞)や小さな結節(良性腫瘍も含む、いぼのようなもの)の頻度は福島県のスクリーニングと比べて差がなく、またこのスクリーニングにおいても1名の甲状腺がんが発見されています(*1)。
 福島県の値、すなわち30万人中約185人という値を単純計算すると、4,000人の子どもをスクリーニングすれば2.5人ほど悪性疑いが出る計算となります。しかし実際に疫学というのはそのような単純計算にはならず、必ず誤差が生じます。つまり4,000人の子どものうち1名ががんであった、という数値は、福島県と比べて統計学的には差がない、という計算になります。

(C)スクリーニング効果をめぐる議論 
 しかし30万人の子どものうち185人にがんが見つかった、という数値は衝撃的な値でした。これは従来知られていた甲状腺がんの発症率と比べると数十倍高い値だったからです。この数字だけを見て、福島で甲状腺がんが増えている、と結論付けた人々がいたこともやむを得ません。
 疫学的にこの数値を見た場合には、この数値は後述の「スクリーニング効果」で十分説明が可能な数値です。しかし数字の大きさをみて直感的に「多い」と思った方に理論を述べてみても、必ずしも納得を得られるものではありません。
 その結果、絶対値をもって多い、と考える人々と、疫学的な正しさを追求する研究者との間では、今でもきちんとした合意が得られていません。

(a)スクリーニング効果とは(図1)
 がんは、がん細胞が現れてから症状が出るまでに時間がかかります。これを「潜伏期間」と呼びます(図1緑線)。スクリーニングとは、この潜伏期間に病気を発見するための検査です。便潜血(便の中に微量の血が混ざっていないかを調べる)による大腸がんスクリーニングや、乳房を触診する乳がんスクリーニングなどがこれにあたります。
 スクリーニングの目的は、
 ・がんなどを早期に発見すること
 ・早期に治療することで患者さんの命を救うこと
 です。大腸がんや乳がんは、発見が遅れて命に係わる例が多く、また早期に治療をすれば予後が良いがんですので、そのスクリーニングは多くの人の命を救っている、と言えます。
 このスクリーニングを行うと、小さながんの患者さんが大勢病院を受診することになるため、統計の上でのがんの人数は増加します。これが「スクリーニング効果」と呼ばれるものです(図1赤線)。

図1.スクリーニング効果と潜伏期間


 甲状腺がんにもスクリーニング効果があります。甲状腺は首の前にある小さな臓器で、普段は全く意識をされないものなので、しこりがあっても気づかないことがよくあります。私も学生時代の実習で、5mmの結節があることが分かりました。このような実習で2cm程の甲状腺の腫瘍がみつかることも時折あります。
 甲状腺がんの多くは他のがんと比べ、大きくなるスピードが非常にゆっくりで、潜伏期間が数十年、あるいは一生である、という説すらあります。つまり今の福島では、スクリーニングによって「この先数十年分の甲状腺がんを見つけてしまった」という可能性が指摘されています。この数十年分の甲状腺がんを見つけることが良いことなのかどうかの議論については、後述します。

(b)スクリーニング効果を支持する意見
 甲状腺がんのスクリーニング効果については、海外でも既に様々な報告があります。韓国ではがん検診に甲状腺のスクリーニングが導入されたことで大量の甲状腺がんが発見され、甲状腺がんの発見率が英国の15倍、米国の5-6倍に跳ね上がったと言われています(報告書文献50、51)。
 福島県においても、これまでに発見されたがんはスクリーニング効果であるという説が有力です。根拠として、主に以下の3点があげられます。
 1)これまでに発見されたがんは事故から4年以内という早期に発見されている。甲状腺がんができてから検査で見えるようになるためにはもっと長い期間がかかると考えられており、被ばくによる発がんとしては時期が合わない
 2)チェルノブイリではより小さい子ども(事故当時5歳以下)でがんが増えたのに比べ、福島では乳幼児でがんは発見されていない。放射線の影響であれば、より影響の出やすい乳幼児でがんが増えるはずである
 3)もし甲状腺被ばくの影響であれば線量の高い地域でがんの発症率がより高くなると考えられるが、今のところそのような地域差は見られない
 (報告書文献45)

 これらの意見に対し、
 1)について:「甲状腺がんができてから検査で見えるようになるためにはもっと長い期間がかかると考えられており」という部分があくまで推定である
 2)について:福島では乳幼児は避難していたから影響がないのだ
 3)について:甲状腺の被ばく量は原発からの距離では測れない
 という反論があります。机上ではいくらでも水掛け論を行うことが可能である、ということを理解いただくために追記しておきます。

(c)スクリーニング効果に反対する意見
 一方で、今まで見つかったお子さんのがんはスクリーニング効果ではない、とする意見もあります。この意見には実は2種類あります。1つは「統計学的に増えている」と科学的に反論する説、もう1つは「放射能のせいではない、と、安心側に偏ることはリスク対応として間違っている」とする説です。後者の意見はあまり過激ではないため報道されにくいのですが、スクリーニングを考える上で重要な意見ですので後述します。

 i)科学的反論とその決着(報告書2(4)[1])
 2016年、ある1人の研究者による「福島の甲状腺がんの増加はスクリーニング効果ではなく放射線被ばくの影響である」という論文が英文のトップジャーナルに報告され、福島では大論争を巻き起こしました(報告書文献54、55)。
 前稿(解説(4)(D))で述べた通り、災害後の混乱の中で、このような論文が出ることは珍しくありません。ただし前稿の2論文とは異なり、この論文に対して多数の科学者たちが一斉に反論を投稿しました(報告書文献63-70)。理由の多くは、因果関係を示すための論理・データ・統計処理などが不適切である、というものです。これらの反論は先行論文と同じ学術誌に掲載され、この論議には科学的には一定の決着がついたとされています。
 現在では、甲状腺がんは
 「今のところ増えているとは言えないし今後増加する可能性も低いが、将来絶対に増えないと断言はできない」
 というのが、多くの疫学者のコンセンサスではないかと思います。

 ii)倫理的反論
 このような状況を踏まえ、
 「将来増えないとは言い切れないのだから、増えるものとして対応すべきではないか」
 と、リスク対応の面から反論する意見もあります。このような反論については報告書に述べられていませんが、重要な議論ですので追記します。
 前稿の「LNTモデル」の項(解説(4)(a))で述べたように、放射線防護を考える上では、「低線量の被ばくなら良い」とする考え方は人々を危険にさらす可能性があります。このため、科学的に証明されているよりも大きな安全域をとる、というのが普通の放射線防護です。その考えに基づけば、がんが増えていない、と断言できない今の状況では「がんが増えている」と仮定して対応を進めるのが正しい放射線防護のあり方ではないか、とするのが倫理的な反論です。
 この対応に含まれるものとして、人々に甲状腺がんに対する注意喚起を促す、がんと診断されたお子さんに(それが放射線のせいであってもなくても)慰謝料を支払う、無償の甲状腺スクリーニングをもっと拡大する、などの対策が含まれます。弱者へ寄り添う政策として真っ当な意見だと思います。
 しかしそこで問題になることは、甲状腺がんに対する注意喚起を促し、スクリーニングを行い続けることが、社会全体で見た時の人々の健康や安心につながるのか、ということです。これは甲状腺がん特有の問題とも言えるため、次項に少し詳しく解説します。

(d)スクリーニングの「副作用」
 スクリーニング効果があったとしても、その検査が子どもに悪影響を与えない検査なのであれば推奨されるべきかもしれません。しかし甲状腺のスクリーニングは2つの「副作用」を持っています。1つ目は過剰診療の問題、もう1つは精神的な影響です。

 i)スクリーニングと過剰診療(報告書2(3)[2])
 一つ注意すべきは、スクリーニングによる「過剰診断(多く見つけすぎてしまうこと)」と、がんの「過剰診療(無駄な治療を行ってしまうこと)」は別物である、ということです。ここで述べるのは後者の過剰診療のことです。
 「スクリーニング効果があったところで、早く見つかって手術できるのだからどんどん行えばよいではないか」
 他のがんであればそう考えるのが普通です。しかしここで問題になるのが、甲状腺がんの「性質のよさ」です。
 ある研究で、甲状腺以外の病気で亡くなった方を剖検したところ、20%以上の方に甲状腺がんがあった、などという報告もあります(*2)。つまり甲状腺がんを持っていても、亡くなるまで気づかない方が20%もいるということです。この結果から、多くの甲状腺がんは治療しなくても寿命には関係ないのではないか、という可能性を指摘する声があります。
 たとえば先述した韓国の例では、スクリーニングにより甲状腺がんの発見率は15倍以上に増加したにもかかわらず、甲状腺がんによる死亡率は改善していません。これはスクリーニングで引っかかるのは進行がゆっくりのがんばかりである、という可能性があります。患者さんの死亡率を下げる、というスクリーニング本来の目的が達成できない以上、スクリーニングで甲状腺の手術が増えることは無駄な医療なのではないか。このような結果を踏まえて、米国では無症状の成人に対する甲状腺スクリーニングは過剰診療を招く結果になり得るため、推奨しないとされています(報告書文献53)。
 しかし一方で、全ての甲状腺がんの進行がゆっくりであるわけでもありません。中には進行が早く、早期に見つけるべきがんもあります。特に子どもの甲状腺がんがどのくらいの早さで大きくなるのかについては、今のところほとんど情報がありません。
 このような背景から、今行われている甲状腺スクリーニングに対して
 「がんなのだから、早く見つけて早く治療をすべき」
 という意見と、
 「悪さをしないかもしれないがんを見つけて子どもの心や身体に無駄な傷をつけるべきではない」
 という意見が対立しています。現在の疫学的な証左の中ではどちらが正しいとも言えず、未だ決着がついていない問題です。

 ii)住民の不安への影響(報告書3(2))
 福島では、スクリーニングの結果、子どもや親の不安をむしろ増してしまう例が多数見られています。
 たとえば、小さな結節や、大きめののう胞が見つかったときに、「A2」という判定が返却されます。これは「正常ではないがほぼ問題がない」という所見です。医療者がこの結果をみれば、「ほぼ問題がない」ということで安心することがほとんどです。
 しかし一般の方がこの結果を見た場合、「ほぼ問題がない」よりも「正常ではない」ことに強く反応しがちです。その結果「自分の子どもに異常が見つかった」と強い不安を覚えた親もたくさんいらしたそうです。
 一般的な医学のスクリーニング、特にお子さんのスクリーニングでは、検査を行う前に
 「何のための検査なのか」
 「結果がどのような形でフィードバックされるのか」
 「もしがんやがんの疑いという結果であったらどのように対応するのか」
 ということに対して説明が必要です。残念ながら福島の甲状腺がんスクリーニングにおいては、人手不足・情報不足により、現場での説明を十分に行われた施設は殆どありませんでした。
 もし検査の現場で医師や技師から簡単な説明がなされていればその不安も少なかったのかもしれません。しかし膨大なスクリーニング件数に対処するために、これまであまり甲状腺の検査を行っていなかった医師や技師が数回の講習会と実技試験を受けただけでスクリーニングの現場に出なくてはいけませんでした。このような比較的未熟な医師が教わったのは、
 「見落とすくらいなら、分からないものは二次検査に回しましょう」
 ということです。また、小児の甲状腺がんのような微妙な問題に対して専門家でない人間が不確定な情報で不安を与えるべきではない、という配慮から、最初のうちは
 「スクリーニングを行うスタッフは、現場ではお子さんや親御さんに一切説明をしてはいけない」
 と教えられました。今はこのルールも少し改善されましたが、後から考えてみれば、この配慮が裏目に出てしまった感は否めません。

(e)がんと診断された方への配慮を(報告書3(3))
 スクリーニング効果か否か、という議論の中で気にかかることは、この議論が往々にして「実際にがんと診断された185名の子どもとそのご家族」を置き去りにしがちだ、ということです。
 スクリーニング効果であったとしても、なかったとしても、この185名のがん、そして他県で発見された1名のがんは「原発事故が起こらなければ(スクリーニングが行われなければ)診断されなかったがん」であることには変わりありません。
 「放射線が原因でないのなら、なんで自分だけが」
 人々の議論を横目にみながらそう感じている患者さんもいるのではないでしょうか。
 幼少期から思春期という大切な時に、子どもやその家族がいたずらに心の傷を負わぬよう、私たちはそもそものスクリーニングの目的に立ち返って議論をするべきではないかと思います。

(D)甲状腺スクリーニングの目的は達成されたのか
 繰り返しになりますが、甲状腺スクリーニングはそもそも、
 1.住民の不安を低減する、社会的な目的
 2.がんの早期発見によりがんの死亡を減らす、医学的な目的
 のために始められました。
 しかし後から振り返ってみると、現場の混乱や不十分な科学的証左のために、福島の甲状腺スクリーニングはいずれの目的においても課題を残す結果となっています。今後私たちは、社会的側面・科学的側面の両者から課題解決にあたらなくてはいけないと思います。

(a)社会的課題の解決
 甲状腺スクリーニングが子どもやお母さんの不安を十分に取り除けなかった一因は、丁寧な現場説明ができなかった、ということにあります。とくに
 ・放射線の一般的な性質について
 ・スクリーニング効果について
 ・A2判定と言われた場合、どうすればよいか
 ・甲状腺がんと診断されたらどうすればよいか
 などについては、全国的に現場で同じ説明が行えるよう、マニュアルやガイドブックなどを準備していく必要があると思われます。
 また、有識者の間で今後コンセンサスを得るべきは、知らない権利への配慮です。
 今、甲状腺がんのスクリーニングは学校単位で一斉に行われることもあります。
 「大腸がんや乳がん検診だって受診しない人はいるのに、なぜ甲状腺スクリーニングだけ全員が受けなくてはいけないのか」
 今後スクリーニングが続けば、当然のようにこのような疑問が出てくることでしょう。子どもだから、という理由だけで、大人が当然のように持っているスクリーニングを受けないでもいい権利、すなわち「知らないでいる権利」を奪われてよいのか。少し極端かもしれませんが、少なくとも議論の俎上には載せるべき問題だと思われます。

(b)医学的課題の解決
 医学において解決すべき課題も多くあります。とくに
 ・子どもの甲状腺がんがどのくらいのスピードで成長するのか
 ・甲状腺がんを見つけたらすぐに手術を行うべきなのか
 については、現場だけでなく世界でコンセンサスを得る必要があると思われます。
 あらためて思い出していただきたいことは、甲状腺スクリーニングを行っている現場のスタッフのほとんどは、ご自身も被災者である、という側面です。現場にいるからこそ、住民のことを理解できる。そういうスタッフに裁量権を与えることは、もちろん重要です。しかし、社会に影響を及ぼしたり、一部の団体から攻撃され得たりするような重要な判断については、これからも福島で暮らしていく現場のスタッフの負担は軽減されるべきだと考えます。そのためにも、デリケートな問題については、世界中の有識者たちのコンセンサスを得て、今後のガイドラインをまとめていくことが必要ではないかと考えます。

さいごに
 昨年9月に公表された日本学術会議の報告書につき、私自身が現場で見聞きした知見なども加えつつ解説をさせていただきました。振り返ってみると約15,000字の報告書に対し、解説文が25,000字以上となってしまいました。
 福島県では、未だ放射線に対し、何かすっきりしない「もやもやした感じ」を抱えている方がたくさんいると感じます。この解説が、少しでもそのもやもや感解消の役に立てばいいな、と思っています。そして何より、福島県外の方が福島の議論の複雑さを理解され、福島から少しでも学ぼうと思ってくだされば幸いです。
 最後になりましたが、若輩者が「解説」を行うことを快く承諾くださった日本学術会議の唐木先生および執筆者の皆様、ならびにこのような機会をくださった日本原子力産業協会に深く感謝いたします。

参考文献
(*1)環境省 甲状腺結節性疾患追跡調査事業結果(速報)
(*2) Martinez-Tello, FJ, et al.Cancer. 1993 Jun 15;71(12):4022-9.