「原子力ワンポイント」

あなたに伝えたい放射線の話(11

放射線の性質と利用例−その2:放射線の電離作用−

特性@「物質の性質を変質させる」

放射線は物質を透過する際、その物質を構成している原子にエネルギーを与えて、電 

子をはじき飛ばします。これを「電離作用」といいます。

●この電離作用が起こると、二つの現象が表れます。

@ 物質の性質を変質させる

A 大量に当たると細胞を死滅させる

●「物質の性質を変質させる」性質の利用例

@丈夫な素材の開発

Aダイヤモンドに人工的に色を付ける

B花や食品の品種改良

  

(参考:放射線いろいろーHiggs Tan

 

 放射線博士前回のコラムでは、放射線が持つ特性として「物質の中を通り抜ける能力(透過

性)に注目し、放射線利用の事例を整理しました。ここで質問ですが、放射線が私たちの体やいろいろな物質を透過すると、どんなことが起こるでしょうか?

 リケジョさん:高校の理科の授業で、「放射線と物質を構成する原子や分子は、互いに影響を与え合う。これを放射線と物質の相互作用という。」と習った記憶があります。

 放射線博士:その通りです。さらに付け加えると、放射線と物質の相互作用といって、放射線

が物質を通過する時に物質を構成する原子や分子にエネルギーを与えて電子を弾き飛ばすことを「電離作用」と呼んでいます。もう一度、放射線の種類と放射線の性質をとりまとめた上記の図を見てください。

「透過性」以外のもう一つの特性が「電離作用」と呼ばれるものです。この電離する力の最も強い放射線はアルファ(α)線であり、ちょっと強いのがベータ(β)です。一方、電磁波のガンマ(γ)線とエックス(X)はかなり弱く、前回のコラムで紹介した放射線の「透過力」とは真逆の関係にあります。

 リケジョさん:話の途中ですみませんが、電離作用という言葉を知らない人もいると思いますの

で、もう少し具体的に説明してくれませんか。

 放射線博士わかりました。下記の図を見てください。

 

(引用:放射線いろいろーHiggs Tan

   

すべての物質をつくる原子は、原子核が中心にあり、そのまわりをマイナスの電気

をもつ電子がまわっています。

放射線は、物質の中を通過するときに、もっているエネルギーをその物質に与えるという特徴があります。具体的にいえば、空気や水、ゴムやプラスチック(高分子材料)、および生物の体などにあたったときに、これらを構成している原子から、原子核の周りをまわっている一番外側の電子をはじき飛ばしてしまうのです。電子はマイナスの電気を帯びているので、原子から電子がはじき出されると、マイナスの電気が減って、原子全体としてはプラスの電気を帯びることになります。この  ように、プラスの電気をもつ原子とマイナスの電気をもつ電子に分かれることを「電離」といいます。こうして放出された電子は、周辺の原子にさらに電離を生じさせます。

ところで、電子は、原子と原子をつなぐ糊(のり)のような役割ももっています。その糊がなくなってしまうと、結びついていた原子がばらばらに分離してしまいます。水素と酸素の2種類の原子からできている水のような単純な物質では、分離してもすぐに再結合してもとに戻りますしかし、高分子や生物の細胞のように、複雑な物質が大量の放射線を浴びて、いくつもの分離が同時に起こってしまうと大変です。再び結合しようとしても間違った原子とつながってしまい、突然変異が起きて、性質の違う物質に変化することがあるのです。

 リケジョさん:「物質の性質を変化させる」というと凄いことのように感じますが、どのようになるかイメージが湧かないので、具体的にどのようなところに利用されているか教えてください。

 放射線博士私は以前に本コラムで、医療・農業・工業および文化財と環境保全の各分野で、放射線がどのように利用されているか紹介しました。今回は、「電離作用によってさまざまな物質の性質を変化させる」という「放射線の性質」に焦点を当てて整理し直してみましょう。下記の表を見てください。丈夫な素材の開発やダイヤモンドの色付け、花や食品の品種改良など、私たちのくらしのいろいろなところで利用されています。

 

放射線の性質と利用例

放射線の性質:電離作用 @様々な物質の性質を変化させる

局部的に大きなエネルギーを付与してさまざま物質の性質を変化させることにより、

これまでの技術では製作が難しかった丈夫な素材の開発や品種改良などができます。

 

放射線の利用例

@  丈夫な素材の開発(自動車のタイヤの強度を高めたり、ラケットのガットを切れにくくする)

A  ダイヤモンドに色を付ける

B 花や食品の品種改良

(詳細は後述の解説を参照ください)

 

 

 リケジョさん:次回は、「細胞を死滅させる」をテーマに説明していただけることを楽しみにしています。

(原産協会:人材育成部)

「解説:物質の性質を変化させる性質を利用した放射線の具体的な利用例」

 

1.丈夫な素材の開発

 

 プラスチックやゴム、ナイロンなどの合成繊維は、小さい分子がたくさん並んでできており、「高分子化合物」と呼ばれています。

 車のタイヤはゴムでできていますが、天然のゴムでは弱いためそのままでは使用できません。そこで、ゴムに放射線を照射します。すると、ゴムの分子がくっつきあって橋を架けたような状態になり、網目のような構造になってゴムの流動性が抑えられ、位置ずれなどを防ぐことができます。これにより、ゴムシートの厚みを薄くすることができ、材料コストの低減と、タイヤの軽量化、高品質化が可能となりました(下記図参照)。

 

(参考:多田将の放射線について考えよう)

 

 古いタイヤはドーナツ形をしていて、接地面が丸くなっていましたが、現代のタイヤは接地面が平らになっています。タイヤは風船のように空気を入れて膨らませますから、本来は丸くなるのが自然で、平らにするにはそれなりの技術が必要です。

 少し細かな説明になりますが、このような形状を保ちつつ強度を確保するためにタイヤは、「カーカス」、「ベルト」、「トレッド」という3層構造になっています。トレッドは地面に接触する層、つまりわれわれが目にしている部分であり、カーカスとベルトはタイヤの強度を保つ補強層です。特に、このカーカスには、架橋と呼ばれる処理が施されています。まさに橋をかけるが如く別の分子を結合してやることで、材料の強度を上げているのです。現在ではほとんどのタイヤが、この放射線照射の工程を経て作られています(下記図参照)。

     

※タイヤのゴムの流動性を制御するため、タイヤの骨格の役割を持つ「カーカスプライ」や、タイヤの内部にはりつけて空気の透過を抑制する「インナーライナー」への放射線照射が行われている

(参考:タイヤゴムシートへの電子線架橋の利用について(NHVコーポレーション))

 

2.ダイヤモンドに人工的に色を付ける

 

ダイヤモンドは、炭素からできていて、1個の炭素原子を中心に4個の炭素原子がちょうど正四面体の頂点にくるような配置の繰り返しによって結晶が作られています(下記図参照)。

(参考:私立・国公立大学医学部に入ろう!ドットコム)

 

 となり合う炭素原子同士は、結びつくために必要な手(電子)を双方の原子が共有することでつくられています。これを二次元で示すと、各炭素原子がそれぞれ4本の手(電子)を使って、となりの炭素原子と結合しているように表されます(下記図参照)。

(参考:中央宝石研究所HP

 

 このように炭素原子が正確に配列した結晶では、可視光線(目に見える電磁波)が全部透過するので、ダイヤモンドは無色になります(下記図参照)。

 

(参考:「らでぃ」レポート〜中央宝石研究所編〜)

 

しかし、ダイヤモンドの構造に以下のことが起こると、色がついて見えるのです。

@   炭素(C)以外の、窒素(N)、水素(H)、ホウ素(B)などの元素が結晶格子に入り込んだ時

A   結晶格子中に炭素原子の抜けた穴があったり、外からの力で一部分が壊れたり歪んだりしている

この二つの内、放射線照射はAを起こすのです。すなわち、放射線という強いエネルギーを,ダイヤモンドにあてると、電離作用が起こります。すると、結晶格子の並びに変化が生じ、その変化が生じた場所(カラー・センター「着色中心」という)で、可視光線の一部が吸収されます。それによってヒトの目には色がついているように見えるのです。例えば赤色・橙色・黄色の「赤色部」が吸収されると、青色の光線だけがはね返ってきてダイヤモンドは青く見えるのです。

 天然のダイヤモンドと人工的にカラー処理を施したダイヤモンドは、外観上は同じ色であっても市場での価値には非常に大きな差があります(下記図参照)。外見では区別がつかなくても、両者を誤りなく鑑別することは、宝石の価値を定めるうえで重要な問題とされています。

(参考:「らでぃ」レポート〜中央宝石研究所編〜)

 

3.花や食品の品種改良

 

(1)ゴールド二十世紀梨の作成

  最初に紹介するのは「ゴールド二十世紀梨」の作出です(下記図参照)。

 

(参考:放射線育種場 テクニカルニュースNo.291986))

 

茨城県常陸大宮市にある農業環境技術研究所のガンマ線照射場(ガンマフィールド)では、半径100mのガンマフィールドの中央に設置された塔に⁶⁰Co(コバルト60線源[i]を装備し、ここからガンマ線が「二十世紀梨」へ照射されました(下記図参照)。

(参考:農水省農業生物資源研究所ホームページ)

 

「二十世紀梨」は、非常に良い品質を持ち、青梨(皮が青色系の梨)の主要品種として栽培されてきましたが、梨黒斑病という病気にかかりやすく、それを防ぐために、ガンマ線の照射により突然変異を得る実験が行われたのです。ガンマフィールドは1962年から照射試験を開始し、1981年に黒斑病に全くかかっていない一本の枝が発見され、1990年に耐黒斑病の性質を持つ「ゴールド二十世紀梨」が誕生しました。

 

(2)イオンビームを使った花卉(観賞用の草花)の作成

  放射線として従来のガンマ線ではなく、イオンビーム[ii]を使って品種改良する技術(以降「イオンビーム育種」という)の開発が、純国産技術として1987年から始まりました。

その一環として、日本原子力研究所高崎研究所(現・量研機構高崎量子応用研究所)は、世界最初の材料・バイオ研究のための専用施設として設置されたイオン照射研究施設“TIARA”を活用し、世界に先駆けてイオンビーム育種技術を確立すると同時に数多くの花卉(かき)を作出してきました(下記図参照)。

(参考:愛知県農業総合試験場資料)

 

愛知県農業総合試験場と共同して創作した華麗な花びらを持つ「かがり弁ギク」です。この品種は、改良前の親ギクに炭素イオンビームを照射して突然変異を誘導して作られ、花弁の先端に複数の突起を生じさせ、花の色も白、赤紫、黄色の3色を発現させた珍しいタイプの花卉となることで注目されました。特に花弁が白の「かがり弁白」は、2018-2019年のジャパンフラワーセレクションで「ベストフラワー(優秀賞)」を受賞しました。



[i] ⁶⁰Co(コバルト60)はコバルトの同位体の一つで、ガンマ線を放出する。このコバルト60を放射線源として使用するものをコバルト60線源という。なおガンマ線は放射線の一種で、波長の短い電磁波である。

[ii]イオンビームは電離放射線の一種である。炭素やヘリウムなどのイオンを、サイクロトロンなどの加速器を使って加速した流れである。