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 『原子力産業新聞』で既報のとおり、イランの核開発に対する疑惑は国際社会に大きな緊張をもたらしています。以下に、この問題に関する前原子力委員長代理の遠藤哲也氏からの寄稿(同紙2月9日号2面)を紹介します。

[寄稿] イラン核問題 安保理付託にいたる動き

前原子力委員長代理

遠 藤 哲 也

 イランの核疑惑を巡って2月2〜4日に開かれたIAEA緊急理事会は、英独仏の共同提案が求めた国連安保理への付託を理事国間の調整に手間どりながらも、理事国35か国のうち賛成27、反対3(ベネズエラ、キューバ、シリア)、棄権5(アルジェリア、ベラルーシ、インドネシア、リビア、南アフリカ)の賛成多数で可決した。

 なお、安保理は3月6日に開催されるIAEA定例理事会でのエルバラダイ事務局長の正式報告を聴いてのち協議を始める事になっている。従って、今回はいわゆる二段階アプローチの第一段階である。

これまでの経緯

 今回の決議採択までには熾烈な外交合戦が繰広げられた。EU−3とよばれる英独仏は米国の支持を背景に、安保理付託に慎重な姿勢をとるロシア、中国に働きかけ(中、露両国は安保理の常任理事国で拒否権を持っているので、両国に反対されれば安保理は何の行動もとることができない)、他方イランは中露に、又原子力平和利用の権利を楯に非同盟諸国にデマルシュを行った。

 ところで、イランの核開発は以前からうわさされていたが、これがIAEAなどで大きく取上げられるようになったのは、2002年夏にイランの反体制派によって詳細が暴露され、次いで人工衛星などによってナタンツ(濃縮施設)およびアラク(重水関連施設)の大規模な原子力施設の建設が明るみに出てからである。

 イランが過去18年間もIAEAに申告することなく、原子力施設の建設運転を行っていたことは保障措置協定の違反であり、国際社会にとってショックであった。その後イラン問題はIAEAにおいて、又イランとEU−3との間で大きくとりあげられた。この過程で、イラン側もウラン濃縮関連活動を自発的に一時停止するとか(2004年11月のパリ合意)、追加議定書の署名と暫定適用(2003年12月)など柔軟な姿勢もとった。

 だが、一方EU側との交渉が進まぬままに、2005年8月にはウラン転換活動を再開し、更に2006年1月にはウラン濃縮を含む核研究開発を再開した。IAEA、EU−3、米国など国際社会は「一線を越えた」ものとの感を強め、もはやIAEAでは手におえないとして、国連安保理への付託に踏切った次第である。


イランおよび主要関係国の思惑

〇イラン
 イランは、表向きには原子力利用は平和目的に限られていて、その平和利用はNPT第4条によっても認められている奪い得ない固有の権利であり、追加議定書に調印したことからもわかるように透明性は十分確保されている。石油埋蔵量は大きいが急激な人口増加や経済発展を考えればいずれは枯渇するもので、石油は外貨稼ぎの輸出用にとっておきたいなどと主張している。

 だが我々としては、イランが実際にやっていることから、イランの主張を額面通りに受けとることは出来ず、少くともイランは核兵器開発能力を備えたい、その為には核燃料サイクル技術を習得したいと考えているのではないかと思う。

 イスラエル、パキスタン、またアフガニスタン、イラク、ペルシア湾岸に兵力を展開している米国などの核兵器国に囲まれていること、イラクがいとも簡単に敗れたのも結局は核がなかったからではないか、これが最大の理由かもしれないが、長い栄光の歴史を持ち中東地域でエジプト、サウジアラビアと肩を並べる地域大国であり、イスラム世界、ペルシア湾岸地域での覇権を核によって再確認したいことなどが背景にあるかもしれない。

 従って、イランとしては国内での核燃料サイクルは仮に放棄するとしても、サイクル技術の習得とそれをバック・アップする小規模な研究開発(R&D)活動だけは是非とも必要とするのではないかと思われる。

〇EU、米国

 イランは石油、天然ガスについて、世界第2位の確認可採埋蔵量を誇っている(ちなみに、第1位は石油はサウジアラビア、天然ガスはロシア)。また、上述のとおり政治大国なので、イランの動揺、核武装は、ただでさえ不安定なこの地域に更なる撹乱要因を持ち込むし、中東に核ドミノをひきおこすおそれもある。

 中東に深いかかわりを持つEUや米国としては、このようなイランの核武装化を何としてでも防ぎたく、イランの核問題に対しては、おそらくは北朝鮮以上に大きな関心を抱いている。特に米国は1979年の革命以降、イスラム原理主義に基づく宗教政権には強い不信感を持っており、このようなイランが核を持つことは、とうてい看過しえないとみられる。

〇ロシア、中国 

 国連安保理の常任理事国である中露両国の動向はこの問題の処理の決め手であり、舞台が国連に移った場合には両国との共同戦線が不可欠である。両国ともイランの核武装については否定的だが、制裁に向う動きには慎重である。表向きには、制裁はイランを刺激して国際的孤立を促し、かえって逆効果になりかねず、従ってねばり強く外交努力を続けるべしとしている。だが、その背後には商業利益も絡んでいるのではないか。すなわち、ロシアの場合イランに対する軍事協力(武器の売込み)や、原子力発電所建設協力、核燃料供給協力といった原子力分野でのビジネスがある。中国についてはイランは石油輸入の約12%を占めているがこれ以上増やしたいとの意向もあるし、また、油田利権の獲得の問題もある。処理如何によっては北朝鮮へ飛火することも警戒しているかもしれない。

今後の見通し 

 イランの核問題は今後、第2段階に移ってゆく。時系列で言えば、2月16日にイランのウラン濃縮をロシア国内で行うというロシア提案を巡ってのロシア・イラン協議、3月6日からのIAEA定例理事会での事務局長報告と討議、そして安保理での協議開始というのがとりあえずのスケジュールである。

 まず、今回のIAEA理事会決議に対しイランがどう反応するかである。決議採択後の記者会見でイラン代表は「ウラン濃縮を含む核活動を再開し、(抜き打ち査察を認めた)追加議定書の自発的適用を中止する」と述べている。もし本当にそういうことになれば事態は一層紛糾し衝突コースに向うことにもなりかねない。

 次に、イランとロシアの協議が非常に注目される。欧米の支持も得ているロシア提案に対し、イラン側は態度をぼやかしているが、イランとしては最底限、サイクル技術の習得を必要としているだけに、技術参加なしのロシア提案をすんなりと受け入れることは難しく、現状のままでは見通しは明るくない。

 最後に安保理での協議が来る。目標は国内での核燃料サイクルの廃止だが、具体的な対応は段階的なものになろう(graduated approach)。つまりイランの対応に呼応したものとなる。制裁云々は可能性であっても、現在、現実の視野に入っているわけではない。

 安保理の対応は、石油の需給ひっぱくの中で石油価格が高騰傾向にあり、石油大国のイランは大きな交渉のテコを持っていること、イランの国民感情は強硬派、穏便派に限らず「平和的な原子力利用の権利がある」という点で一致していること、他方国際社会の対応にも溝があることなどから極めて難しく、安保理での協議は長引くことも予想される。これがイランの時間稼ぎに利用されることが懸念される。


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