■シリーズ「あなたに知ってもらいたい原賠制度」【40】


米国の原賠制度の成り立ち
 今回は、米国の原賠制度の変遷と国際条約の批准についてQ&A方式でお話します。


Q1.(米国の原賠制度の変遷)
世界で初めて原子力の産業化を実現した米国において、原賠制度はどのように作られ、どのような変遷をたどってきたのですか?

A1.
・ 米国は原子力の平和利用を進めるにあたり、巨額な賠償リスクを懸念する民間企業の参入を促進するために原賠制度を導入しました。
・ 初期の原賠制度は原子力事業者の責任を5億6000万ドルで制限したうえで、そのうちの6000万ドルを民間保険会社の賠償責任保険により措置し、責任保険を超える損害(5億ドル)は国家が補償するというものでした。
・ その後、原賠制度は原子力産業の保護に偏りがちであるとの批判から、異常原子力事故の際に原子力事業者の抗弁権を放棄させて被害者保護を図る仕組みの導入や、事業者間相互扶助制度による賠償措置の導入に伴う責任制限額の引き上げと国家の補償額の減額が実施されました。
・ TMI原発事故とチェルノブイリ原発事故の後には事業者間相互扶助による拠出金が大幅に引き上げられ、事業者の責任制限額は72億ドルに達しました。現在はさらに引き上げられて125億9448万ドルになっています。


【A1.の解説】

第二次世界大戦後直後の1946年、米国は原子力法を整備して原子力利用を軍事のみならず民生部門に拡大しようとしましたが、当初、民生利用は進みませんでした。アイゼンハワー大統領による「アトムス・フォア・ピース」演説の翌年にあたる1954年には、新たな原子力法による許認可制度が整備され、民間による原子力平和利用がさらに奨励されました。
 しかし、民間企業は巨額の賠償リスクを恐れて原子力事業に参入しなかったため、米国政府は民間側の要請も踏まえて、原子力法の一部を改正するプライス・アンダーソン法(PA法)を1957年に制定しました。これは、原子力事業の被許可者に対する損害賠償措置の強制や、賠償義務者の責任額の制限などを備えた、世界で最初の原子力損害賠償制度です。

 1957年に制定された初期のPA法は、原子力事業者の責任を5億6000万ドルで制限し、民間保険業界から得られる原子力損害賠償責任保険の最大額(当時6000万ドル)の付保を義務付けたうえで、責任保険を超える損害(5億ドル)は国家が補償する補償契約を義務付けるというものでした。一方、PA法には責任集中や無過失責任は規定されていませんでしたが、政府との補償契約や民間の責任保険契約により損害賠償に関わる責任は原子力事業者に集中され、賠償措置が為されており(経済的責任集中)、不法行為責任を規定する各州の法律においては、原子力事業は危険な事業として厳格責任が適用されるため、実質的には無過失責任に近い制度になっていました。

 その後1966年の改正の際には、PA法は原子力開発に参入する民間企業の保護に偏りがちであるとの批判を受けて、さらなる公衆保護にむけた内容に拡充されることとなりました。具体的には、「異常原子力事故」(Extraordinary Nuclear Occurrence:ENO)の概念が導入され、異常原子力事故の場合は損害賠償請求訴訟の際に被告に認められている一定の抗弁権を放棄させることにより被害者救済を円滑に進めるというものです。この抗弁権の放棄が補償契約の条件とされました。

 また、1975年の改正の際には原子力産業過保護論に配慮して事業者間相互扶助制度(the industry retrospective rating plan)が導入されました。これは保険による第一次賠償措置の上乗せとして、第二次賠償措置として事業者同士の相互扶助制度により原子炉1基あたり500万ドルを事後的に拠出することにより資金を措置するという制度です。この制度が導入され、その後に米国内の原子炉が80基を超えたことにより、第一次賠償措置と第二次賠償措置の合計額が事業者の責任限度額5億6000万ドルを超過して政府の負担分が無くなり、それと同時に基数の増加につれて事業者の責任制限額が増大する仕組みとなりました。

 このような制度が出来上がった後の1979年に米国のスリーマイルアイランド原発で炉心溶融事故が発生し(この原子力事故では当時の賠償責任保険による保険金支払限度額1億4000万ドルの範囲内に賠償支払いが納まったことで、事業者間相互扶助制度による賠償金の発動には至らなかった)、1986年には旧ソ連でチェルノブイリ原発事故も発生したため、米国ではこれらの事故を受けて無限責任制への転換や賠償措置額の大幅な引き上げ等の議論が紛糾しました。

 その結果、1988年の改正では第一次賠償措置の責任保険は1億6000万ドルから2億ドルへ、第二次賠償措置の事業者間相互扶助制度は原子炉1基あたり500万ドルから6300万ドルへ引き上げられ、原子力事業者の責任額は10倍以上の約72億ドルまで引き上げられることになりました。

 現在は第一次賠償措置の責任保険は3億7500万ドル、第二次損害賠償措置の事業者間相互扶助制度は原子炉1基あたり1億1190万ドル、原子力事業者の責任額は125億9448万ドルとなっています。


Q2. (米国がCSCに加盟できる仕組み)
原賠制度の根幹である原子力事業者への責任集中を原子力損害賠償法に規定していない米国は、どのようにして国際条約である補完基金条約(CSC)に加盟できたのでしょうか?
 
A2.
・ 原子力損害賠償に関する国際条約は無過失責任や責任集中を規定していますが、米国はそれらを直接的に連邦法で規定していないため、条約への加盟は難しく、パリ条約やウィーン条約には加盟してきませんでした。
・ 「原子力損害の補完的補償に関する条約(補完基金条約)」(CSC)には、一定の条件を満たす制度を有していれば厳格責任や責任集中の規定に適合するものとみなす規定があり、米国は2008年5月21日にCSCを批准しました。
・ CSCの各加盟国が拠出して作る補完基金に対して米国政府が拠出する公的資金(public funds)は、「遡及的リスクプール制度(retrospective risk pooling program)」に基づいて、事後的に原子力産業界から回収されますが、その負担方法に関する連邦規則の制定は遅れています。


【A2.の解説】
 米国では、連邦と州の権限分配の原則にしたがい、一般の不法行為責任は州に立法権限が属しています。そのため、無過失責任や責任集中の仕組みを直接的に連邦法(PA法)で規定することができません。
 一方で、原子力損害賠償に関する国際条約は原子力損害の範囲、原子力事業者の無過失責任及び責任集中、賠償責任限度額の設定、損害賠償措置の強制、専属裁判管轄の設定と判決の承認・執行の義務、賠償請求権の時効(除斥期間)などを明確に規定しており、これらの規定に合致しなければ条約への加盟は難しく、PA法を国内法としている米国は上記の状況からパリ条約やウィーン条約には加盟してきませんでした。

 スリーマイルアイランド原発事故、チェルノブイリ原発事故を経験した後に制定された新たな国際条約では、大規模な原子力損害により条約上の責任限度額を超えた場合、全締約国が拠出する補完基金により実際の補償額が底上げとなる特長をもつ制度が新たに設けられました。これが1997年に採択された「原子力損害の補完的補償に関する条約」(CSC)であり、さらに多くの国が加盟できる仕組みとなっています。
 CSCに加盟するためには国内法をCSC付属書の規定に適合させなければなりません(ウィーン条約又はパリ条約に加盟していれば付属書の規定は無用)。この付属書には、用語の定義、責任制限額、損害賠償措置、国家補償、時効、求償権の制限など原賠制度の基本的な原則が規定されており、運営者の厳格責任や責任集中についても規定されています。
 ただし、付属書第2条には独特の法制を持つ米国も加盟できるように配慮された規定があり、原子力事故に関して厳格責任を定める規定、運営者以外の者が賠償責任を負う場合にその者が補償を求める規定、少なくとも10億SDRを補償に利用できる可能性を確保する規定を有している米国は、付属書に規定する厳格責任や責任集中の規定に適合するものとみなされるため、CSCに加盟するための条件を満足することができます。

 このような経緯をへて、米国は2008年5月21日にCSCを批准しました。CSCには3億SDRを超える原子力損害に対して加盟国の拠出による公的資金が提供されますが、米国はこの補完基金に対して政府が拠出した公的資金を「遡及的リスクプール制度」に基づいて、事後的に、米国内の原子力事故に係る場合には原子力事業者から回収し、米国外の原子力事故の場合には原子力産業のサプライヤーから回収することをエネルギー自立・安全保障法934条に規定しています。政府は「リスク情報評価式」により算定される各サプライヤーのリスクに応じて資金を回収することになっていますが、サプライヤーの範囲や配分方法等に様々な問題が生じており、「リスク情報評価式」に関する連邦規則の制定は遅れています。

                      
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○ 原産協会メールマガジン2009年3月号〜2011年10月号に掲載されたQ&A方式による原子力損害賠償制度の解説、「シリーズ『あなたに知ってもらいたい原賠制度』」を冊子にまとめました。

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