[原子力産業新聞] 1999年11月18日 第2013号 <6面>

[レポート] 食品照射「国際会議に参加して」

大阪府立大学先端科学研究所 古田雅一

1999年10月19日から22日の4日間、トルコ、アンタルヤ市においてFAO(国連食糧農業機関)/IAEA(国際原子力機関)/WHO(世界保健機関)主催の「食品照射の安全性と品質に関する国際会議」に出席する棋界を得た。当会議はアンタルヤ空港から約1時間半の地中海に面したリゾートホテルで開催され、先進国、発展途上国合わせて59か国から約200名の専門家が参加した(地元トルコからの参加者は約50名)。我が国からの参加者は筆者の他に4名(農水省、厚生省各1名、民間会社2名)であった。会議にはポスターセッションも設けられていたが、ほとんどの時間は招待講演とその演者らによるパネルディスカッションに当てられていた。

本会議の翌週に引き続き同じ場所で今年度の国際食品照射諮問グループ(ICGFI)総会が開催され、参加者の多くはICGFI総会にも出席する予定であったためか、本会議の演者の多くはICGFIの指導者層から選ばれ、食品照射の経験が乏しい発展途上国を中心としたICGFI関係者への教育、啓蒙を意図したものと感じられた。

講演の内容を総括すると、今世紀初頭に始まった食品照射の研究開発の歴史とFAO/IAEA/WHOによる安全性検討の流れをもう一度復習し、食品衛生確保や農産物の防疫手段としての食品照射の有効性や安全性についての国際機関の到達点を再確認すること、同時に食品照射の実用化や各国の規制の国際協調、及び消費者動向などの現状を明らかにし、来世紀における食品照射のさらなる発展のための目標を設定しようとするものである。以下にそれぞれのセッションで講演された内容を要約して記す。

【10キログレイ以上の照射でも安全な照射食品】

食品照射についての研究は今世紀初頭に始まり、1920年までにすでに英米両国で特許申請が行われたが、照射技術の開発が進んだのは照射用ガンマ線源、電子加速器の整備が進んだ50年代以降であった。70年代に入ると、FAO/IAEA/WHO合同専門家委員会を中心に食品照射の安全性評価が国際的に検討され、80年には"総平均線量10キログレイ以下の照射ではいかなる食品も健全である"ことが合意された。これを受けて83年には国際食品規格委員会(Codex)において照射食品の一般規格及び照射施設の運用に関する国際規格が採択された。さらに97年には10キログレイ以上の照射の安全性についても問題はなく線量の上限設定は不要と結論づけられた。

【照射食品の国際規制】

現在、食品照射の許可国は40か国以上に達しているが、その規格は多くの国で品目別に定められており、上記国際規格が提唱している食品グルーブ別の規制とは矛盾している。世界貿易機関(WTO)の加盟国間における食品の貿易は上記国際食品規格に基づいて行われることが規定されており、この規格に含まれている照射食品の貿易も83年に採択された食品照射の国際規格に基づいて推進されるべきであることが提唱され、ASEAN諸国においては97年に統一規格の草案が発表され、中国やバングラデシュ、シンガポールが同意していること、ラテンアメリカやアフリカ、中近東諸国でも個別の規格案が検討されていることが報告された。EUでは99年3月に食品照射の統一規格制定のため、照射方法・表示法等に関する条項と照射対象品目に関する条項が採択された。2000年9月末までにはEU内での照射食品の輸出入が自由化される。照射対象は国際規格と異なり、"香辛料、ハーブ類、乾燥野菜"に限定されているが、他の品目については今後、さらに議論していく予定であることが報告された。

【食中毒の防止と防疫手段として不可欠な食品照射】

今日における食品照射の意義は、先進諸国を含め世界中で猛威を振るっている食中毒に有効であり、オゾン層破壊の原因物質に指定されている臭化メチルに代わる防疫手段であるということである。米国において整備されつつある"フード・ネット"モニタリングシステムにより、米国内で毎年およそ7600万人が食中毒に感染し、その内32万5000人が入院し、5000人が死亡しており、治療費などの被害額は66億〜371億米ドル/年に及ぶことが推定されている。食品中の病原性菌を加熱することなく効果的に殺菌できる食品照射は、食品製造工程のHACCP(危害分析重要管理点方式)において最も有効な低温殺菌法であると認識されている。FDA(食品医薬品局)により認可された牛肉照射を米農務省のFSIS(食品安全検査部)が99年度末には正式に採用する予定である。食品照射を加熱法など他の殺菌法と組み合わせることでさらに良好な効果が得られることが実例とともに報告された。臭化メチルの代替法については農務省のAPHIS(動植物衛生検査部)や諸外国の研究機関と協力して研究し、放射線照射が検疫処理として最適なものの一つと結論づけている。その他、国外への輸出を目的としたチり産のブドウ、トルコ産の乾燥果実(イチヂク、アプリコット、レーズン:生産及び輸出では世界一)の検疫処理における放射線照射の研究成果がそれぞれの国から報告された。

【興味深い食品照射の新技術】

農水省・食総研の等々力節子氏が穀類、乾燥野菜、香辛料、豆類、茶葉の表面殺菌を目的とした低エネルギー電子線、"ソフトエレクトロン"の発表を行った。ソフトエレクトロンは日本の法律上、放射線に含まれないレベル(1MeV未満)の低エネルギーであること、また加速器や遮蔽に要するコストダウンが図れることが特長である。一方、ベルギーIBA社は10MeV電子線が150キロワットの高出力で利用可能な新型加速器ロードトロンを紹介した。IAEAや米国原子力学会等で7.5MeV制動エックス線でも誘導放射能が問題とならないことが発表されたことを根拠にして、制動エックス線のエネルギーの上限を5MeVから変換効率の高い7.5MeVに引き上げるよう、IBA社がFDAに請願していることも報告された。カナダNordion社からも食品照射の特性を考慮したγ線施設が紹介された。

【食品照射に対する消費者動向及ぴ実用化の現状】

食品照射についての一般消費者の反応は、1950年代〜60年代の原子力の平和利用技術推進の時期には概ね肯定的であったが、70年代に入ると反核団体の活動が活発化し、一般消費着の意見も否定的な方向に傾いた。これに伴い、食品製造メーカーが食品照射の採用をためらうようになった。しかしながら米国では食中毒をマスコミが取り上げることで照射食品の購売傾向は着実に増加している。教育レベルが高い消費者ほど照射食品への理解は高く、食品照射に関する情報提供に最も適したメディアは新聞広告と政府広告である。アンケート調査によれば約80%の米国国展"Irradiated to destroy harmful bacteria"と表示された食品を買うとのこと。近年、カリフォルニア州や中西部では毎年270トンの照射表示付きのハワイ産熱帯果実が消費されている。現在、ハワイ島ヒロ市に熱帯果実の防疫害虫の殺虫用として青銅X線照射施設(年間9000トンの処理能力)が建設中であり、2000年4月に稼働予定である。

カンサス州における市場調査においては、食鳥肉に関して照射品が未照射品と同等以下の価格では、約80%の消費者は照射品を選択し、仮に20%価格が高くても約20%の消費者は照射品を選択するとの結果が得られている。Titan Scan社は米国の大手食肉製造業者の工場が多数存在するアイオワ州スーシティに電子線照射施設を今年度12月に完成させ、来年1月にはフル稼動の予定。アイオワ・ビーフ・パッカーズ社(IMP社)、エクセル社、タイソン・フーズ社が主要顧客である。

また、現在、米国の食品産業界の主要な団体が連合してFDAに対して即席食肉加工包装食品の許可を請願していることも紹介された。米国スパイス貿易協会によると、香辛料・ハーブ類の消費量は世界的に増加傾向にあり、米国内での消費量は44万トンで輸入量は29万2700トンになる。

米国スパイス貿易協会は放射線照射が最も有効な香辛料の滅菌法と結論している。米国では80年半ばに商用規模での香辛料照射が始まって以来、照射量は順調に伸び、97年で3万4000トン/年、98年には3万8600トン/年の香辛料・ハーブ類が米国で照射されている。アジア諸国の消費者の動向について、中国では49%の消費者は食品照射に理解を示しており、タイも肯定的。マレーシアやフィリピンでは政府のPRの結果、消費者は食品照射に肯定的となった(マレーシアは54%、フィリピンは79%の消費者が肯定的)。これに比べ、日本、韓国における消費者のあいだでは食品照射の知名度は低いことが報告された。

南アフリカでは米国陸軍研究所が開発した照射保存食の製造方法(加熱調理の後冷凍し、45キログレイ照射)を自国の国防軍用に改良し、現在、アウトドアスポーツ用保存食や炭鉱業者の緊急食品等に実用化されている。南アフリカでの市場調査によると米国での調査と同様の傾向を示し、はじめ15%しかなかった賛成がPR用ビデオ視聴、試食を経験すると67%に増加したという。

以上の報告に関して参加者も含めたパネル討論が行わた。そこでの主な結論は次の通りである。

  1. GMP(Good Manufacturing Practice)で管理された総平均線量10キログレイ以下での食品照射は安全で栄養価も損なわないことは長年の実績で認識されている。さらに技術的に求められている範囲での10キログレイ以上の高線量照射についてもWHOの研究グループは照射食品は健全であると緒論づけている。
  2. 規制は線量制限のために行うのではなく、特定の病原性微生物が存在しない食品を製造することを主目的とすべきであり、高品質の食品製造が行えるよう製造業者に適度の自由度を認めるべき。
  3. 各国の規制はWT0のSPS(Sanitary and Phytosanitary Agreement)合意によって承認されたガイドラインやCodex委員会の照射食品の一般規格と整合性を取る必要がある。
  4. 放射線照射は食品の安全性・品質を高める衛生的かつ貯蔵期間の延長にも役立つ処理法であり、結果として防腐剤等の化学添加物を減らし、貿易促進に役立つ。


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