[原子力産業新聞] 2000年3月16日 第2029号 <5面>

[レポート] 電力市場自由課と原子力

電力中央研究所 研究参事 矢島正之

わが国では、2000年3月より電力小売市場の部分自由化がスタートする。電力市場への競争導入は原子力発電にどのような影響を及ぼすであろうか。本稿では、この問題について考えてみたい。言うまでもなく、わが国ではエネルギー・セキュリティ確保のために原子力発電を積極的に開発してきた。また、最近ではグローバルな環境問題の解決のためにも原子力発電の推進が支持されている。そのため、電力市場自由化の原子力発電開発への影響については是非とも検討されなくてはならない課題である。

以下ではまず原子力発電固有の特徴と投資リスクを検討した後、競争導入の既存、また新規原子力発電への影響を明らかにする。以上の考察を踏まえ、各種市場自由化シナリオの下での原子力発電開発の可能性について検討する。

[原子カ発国の特徴点と投資リスク]

原子力発電に固有な特徴点としては、次のものが挙げられる。

  1. 高い投資コスト−池の電源と比べ建設コストは非常に高い。その一方では、燃料価格は安く、原子力発電は典型的なベース・ロード対応電源として位置付けられる。
  2. 将来コストの不確実性−高レベル放射性廃棄物の処分場のコストは試算されているものの確定はしていない。また大型商用原子炉の廃炉コストに関するデータは現在収集されているところである。
  3. 原子力発電における長期の投資・運転管理−計画から建設までのリード・タイムに加え、原子力発電所は運転開始から40年までの長期にわたって運転可能である。さらに運転終了後、廃炉や高レベル放射性廃棄物の管理に長期間を要する。
  4. 収入と支出の時間的ズレ−他のビジネスとは異なり、廃炉と廃棄物処分のための費用の支出は売電による収入を得た後、長期間を経てから発生する。
  5. 国の関与−国の関与の度合は他のエネルギーと比べると非常に大きい。

以上のような原子力発電の特徴点から、種々の投資リスクが生じる。代表的なのは、次のようなものである。

  1. 経済的リスク−将来における発電価格や競合電源の価格、また不確実な放射性廃薬物処分・廃炉コストに関するリスク。これらは高い投資コスト、長期の投資期間および長い償却期間と相俟って、市場リスクを増大させる (市場の障壁)。
  2. 政治的リスク−世論や政治的圧力による、許認可手続きにおける不確実性やバック・フィット(改修)、さらには早期閉鎖に至るまで種々の政治的リスクが生じる。

このように、原子力発電への投資は他の技術と比べ潜在的に非常に高いサンク・コスト (埋没費用) を有している。これらのサンク・コストには、放射性廃棄物処分コストや廃炉のコストも含まれる。

[競争導入の原子力発電への影響]

このような原子力発電の投資リスクを考えた時、電力市場への競争導入はどのようなインパクトを原子力開発に及ぼすであろうか。結論を先取りすれば、電力市場への競争導入は新規の原子力開発に決定的な影響を及ぼすことになる。このことを説明する前に、まずここでは競争導入の原子力発電への影響を既存プラントと新設プラント別に考察することが重要である。

まず、既存の原子力発電への影響からみてみよう。

ここでは、競争導入の既存の原子力発電への影響を、発電プラント間の最も激しい競争が導入されるプール (短期の卸売市場) を例にとりあげて考察する。

今、ある発電システムにおいて、原子力、石炭火力、ガス火力の各プラントが1基ずつ存在し、可変費は原子力、石炭火力、ガス火力の順に安いものとする。プールヘの投入は限界費用に基づいて行われるものとすると、メリット・オーダーは図のように示すことができる。

図で、需要 N1、N2 における均衡価格は P1、P2 である。これらの価格はメリット・オーダーで最後に投入されるプラントによって決定される。Xn において原子力はフル稼働となる。需要 N1、N2 のいずれかにおいても、Xn はメリット・オーダーに従い投入される。需要が Xn を上回る範囲 (D>Xn) においては、プール価格は原子力以外のプラントによって設定される。均衡 (X1、P1) においては、原子力プラントの収入は OXnFE であり、均衡 (X2、P2) においては、その収入は OXnCD となる。それゆえ、固定費の回収は (X1、P1) においては ABFE、(X2、P2) においては ABCD ということになる。

回収不能投資は、ある規制システムの下で建設されたプラントが、競争導入の結果必要な固定費の回収が困難となる場合に生じる。しかし図のように、プール・システムにおいては、原子力、プラントは確実に固定費を回収することができる。したがって、回収不能投資の発生の理論的な可能性は、規制の変更時点において減価償却が終了しておらず、固定費と可変費の合計を過去の収入がカバーしていなかったプラントに限定される。逆に、すでに減価償却済みの原子力プラントは、プール・システムにおいては他電源よりも有利な立場にある。

減価償却が終了していない電源が固定費を回収しうるかどうかは代替電源の限界費用に依存することになるが、回収不能投資が発生する場合には、適切な額の補助金の供与などの政府の支援が必要とされる。そのような場合としてはプラントのパフォーマンスが悪く、固定費の回収が計画通り進まないケースが挙げられる。またメンテナンスのコストやバック・エンド・コストが膨大となる場合には、競争導入下では必要な収入が確保されない可能性があり、政府の支援が必要とされる。

次に、新規の原子力発電への競争導入の影響について、リスクを考慮した投資理論であるオプション・バリューのアプローチにより考えてみよう。オプション・バリューとはフレキシビリティに対するプレミアムと理解できる。高い投資コストと長期の減価償却を伴う原子力発電プラントと、小規模のガス火力発電プラントを比較してみよう。通常、ガス火力発電プラントの容量は、原子力発電プラントのそれよりも小さい。ここで、前者の容量は後者のそれの3分の1としたとき、最初の投資としてガス火力発電プラントを選定することは、原子力発電プラントの容量の3分の1を建設することを意味する。そして次の投資決定までの時間を稼ぐことができ、決定を先送りすることができる。このため、資金投入のフレキシビリティや投資の失敗を回避するフレキシビリティが確保される。

一般に、電力市場への競争導入により将来の経営環境に不透明性が増す中で、経営者は投資をクリティカルな時点まで先延ばししようとする現象が観察される。いったん投資を行えば、サンク・コストを発生させないため生産を継続していかなくてはならない。しかし、投資を繰り延べることができれば、投資を行わないことを含めいくつかの選択肢を有することができる (例えば、負荷平準化や実時間料金制などのデマンドサイド・マネジメント (DSM) で対応し投資を回避することができる)。投資を行う判断をした場合でも、不確実性の 増大の下で、経営者は小規模で資本コストが小さく、短期に償却できる電源を選択することで、投資の失敗を回避することを考える。

このように、原子力発電固有の特徴点を考慮したとき、徹底的な競争が導入された場合には、新規の原子力発電プラントは建設されないと考える十分な理論的な根拠が存在する。しかし、既存の原子力発電プラントに関しては、回収不能投資発生のリスクは比較的小さい。これは、原子力発電プラント建設のパラドックスと言える。

このことは、英国や米国の事例からも明らかである。英国では90年4月に電力市場が自由化されて以来、原子力プラントは絶えず競争圧力に晒されてきた。その結果、原子力発電会社であるブリティッシュ・エナジーは発電量の増大とコストダウンに努めた結果、単位当たりコストは91〜96年度間で35%低下し、また、稼働率も59%から79%にまで向上している。この結果、現在では同社は補助金なしでプール市場でも十分競争力を有している。しかしながら、それにもかかわらず新規の原子力発電の計画はない。米国においては、競争導入により多くの既存の原子力発電は回収不能コストとなっているものの、一部の競争力のある原子力発電は競争的な市場において重要な電源として位置付けられている。しかし、米国でも新規の原子力開発の計画はない。

[市場自由化シナリオと原子力発電開発]

新規原子力の開発は、すべての自由化シナリオの下で不可能となるわけではない。それは、電源間の徹底的な競争が導入される自由化シナリオ、すなわち全面的な託送やプール・システムの下で不可能となると考えられる。完全に自由化された託送システムにおいては価格競争が経常的に行われている。価格が自由に設定される託送システムにおいては、原子力発電プラントは絶えず競争に晒されることになり、そのリスクをより顕在化させることになる。

また、プール・システムにおいても託送同様の投資に関する問題が生じる。透明なルールの下で短期のマーケットとして運営されるプール・システムでは原子力発電プラントの投資リスクをより大きなものとするであろう。英国や米国の例からは、投資リスクの顕在化により新規建設は困難であることが指摘できる。徹底的な電源間競争が繰り広げられる場合には、補助金を供与することが原子力発電プラント建設のための十分なインセンティヴとなりうるのかどうかの判断は難しい。原子力発電所が運転される何十年も先の発電市場の価格や競合電源の価格は見通し不可能であることや、バックエンドのコストが不確実であることから適切な補助金の額の算定が困難であるからである。これに対して、競争入札の下では、新規の原子力発電プラント建設に対する十分なインセンティヴを付与することが可能である。(しかし、入札が明示的に原子力発電プラントを優先させることになれば、競争入札の基本的な考え方と矛盾するという問題がある。)

以上から、原子力発電開発を確実に進めていくための手段としては、競争入札もしくは限定的な託送しかないと言える。また短期の効率性と電源のベスト・ミックスの観点からの長期の効率性の間でどのような選択がなされるべきかは、結局のところ政策的な価値判断に依存する。

[国有化の問題点]

競争導入下では原子力発電プラントの新設が困難だとしたら、その解決策として国有化は現実的な解であろうか。実際に、放射性廃棄物の管理や処分は国の厳重な監督下にあるなど、国は原子力発電分野では他産業分野と比べて強い影響力を発揮している。

国有化のみが競争市場から原子力の将来を守る道であるとの考えも見受けられるものの、国有化は原子力発電の死を意味するとの見方も存在する。政治家の見解は選挙の周期によって影響を受ける短期的な視野に立つものであり、また公共部門への投資は財政により制約されている。また公的セクターには効率化へのインセンティヴが決定的に弱いという重大な問題点が存在している。民主主義国家においては、政権が変われば原子力の位置づけも変化するという問題も指摘できる。少なくとも、原子力発電産業の国有化が市場インセンティヴの欠如というコストを支払わなくてはならないとしたら、国有化は非効率的な解であると言える。


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