[原子力産業新聞] 2000年5月11日 第2037号 <4面>

[レポート] 欧米諸国、地球温暖化防止対策の現状

日本エネルギー経済研究所
総合研究部環境グループ マネージャー 工藤拓毅

本年の11月に、オランダのハーグで開かれる気候変動枠組条約第6回締約国会議(COP6)は、この条約の今後を占う意味で非常に重要な会議であるといわれている。京都議定書で策定された京都メカニズムの大枠を決定する目標年次となっていること、そしてその議論内容次第ではEUや日本といった国々が、米国の批准がなくとも条約の発効に向けて前進するといった主旨の発言がでてきているといったことから、何かしら大きな進展がみられる可能性があるためである。

周知の通り、京都議定書は2010年前後における温室効果ガス排出量の削減目標を規定したものである。この議定書を遵守することは、すなわち先進各国が自国の排出量目標を達成することであり、そのため各国は、目標達成のための具体的な政策手段の検討を行う必要がある。検討にあたっては、自国の温暖化ガス排出量の現状とその背景、そしてその将来的な展望を加味しながら、国内で講ずべき措置と京都メカニズムのような国際的な取り組みなどの様々な選択肢の中から、最適な組み合わせが実行されることになる。

そこで今回は、イギリス、フランス、ドイツそして米国の欧米主要国におけるこれまでの温室効果ガス排出量の推移とその要因を概観しながら、近年検討・実行されている地球温暖化対策の動向について整理してみることにする。

温室効果ガス排出量の動向とその要因

京都議定書で規定されている温室効果ガスは二酸化炭素、メタン、亜酸化二窒素の3ガスとフロンであるが、ここでは量的にみてその影響度合の高い3ガスの排出量、中でも特に比重の高い二酸化炭素の動向についてみてみることにする。表1に、条約事務局に各国が通報した3ガスの排出量合計の現状を示している。EUは、京都議定書の中で規定されているいわゆるバブルと呼ばれる制度に基づき、2008年から2012年の年平均の温室効果ガス排出量を1990年比で8%削減するという目標が設定されている。その中で各EU加盟国は、それぞれの国の状況や削減可能性を考慮に入れた各国別の排出削減目標を有している(バードンシェアリングと呼称される)。

フランスの削減目標は90年比で横這いであるが、97年の3ガス排出量実績ではその水準を僅かながら下回っている。EU内で最も温室効果ガス排出規模の大きいドイツは、温室効果ガス排出量が近年減少傾向にあり、90年比で14%近い削減実績を、示している。イギリスも同9.5%のマイナスであり、欧州主要国の排出実績を見る限りは、目標達成に向けた動きが進んでいるように見受けられる。一方、米国は90年比10%以上の増加と、その目標水準である7%削減からは大幅に乖離し、この乖離幅は年々拡大している。

表1
各国の温室効果ガス排出量と目標

京都目標排出量実績
1997年
フランス±0%-0.6%
ドイツ▲21%▲13.8%
イギリス▲12.5%▲9.5%
米国▲7%+10.3%
日本▲6%+9.5%
(注)排出量実績は二酸化炭素、メタン、
亜酸化二窒素の合計
(出所)UNFCCCホームページの各国
通報データ、その他より試算

表2に示しているように、各国とも3ガスの中ではエネルギー消費由来の二酸化炭素が7割から9割を占めており、地球温暖化問題におけるこのガスの排出対策の重要性を伺うことができる。そのエネルギー消費由来の二酸化炭素について、その増減要因を比較してみると、最も大幅な削減幅を示しているのはドイツであるが、その減少傾向はエネルギー消費の効率化と燃料転換によってもたらされていることがわかる。これは、東西ドイツの統合によって旧東側の効率の悪い設備等が、より効率の良いものに置き換わってきていることによるものである。さらに燃料転換による減少は、石炭から天然ガスへ使用燃料の主流が移りつつあることに加え、さほど多くはないものの、原子力発電のウエイトが拡大したことによる。

フランスは、原子力発電がエネルギー供給面での構成比を大幅に拡大してきたことが、エネルギー消費の効率化の鈍化傾向と、経済の成長による増加幅を抑えている。

イギリスは、エネルギー産業の自由化に伴って、それまで石炭中心であったエネルギー供給構造から自国産天然ガスへの移行が大幅に進むと共に、原子力発電の比率がフランスやドイツと同様拡大したことが、90年比マイナスというトレンドを生んでいる。

逆に米国では、天然ガスのシェアの拡大や効率化の進展はみられるものの、昨今の好調な経済成長と、それに伴うエネルギー消費が排出量のトレンドをプラス方向に導いている。特に、先進国の中では高い人口の増加率が経済・エネルギー消費の伸びを支えている側面もあり、この増加卜レンドをマイナスに転じさせることは容易でない。

表2 各国の温室効果ガス排出量増減要因

フランスドイツイギリス米国日本
3ガスに占めるエネルギー消
費由来CO2排出量の比率
68.1%83.9%79.2%82.5%89.9%
1990−1997 CO2増減率2.8%-11.9%-6.7%10.5%9.3%
増減要因
燃料の転換-12.9%-9.5%-13.3%-1.6%-7.6%
エネルギー消費効率化4.1%-12.8%-5.0%-6.8%4.3%
経済の成長9.1%10.0%11.1%18.5%12.4%
(注1)3ガス=二酸化炭素、メタン、亜酸化二窒素
(注2)増減率と増減要因の差は計算上の交絡項
(出所)UNFCCCホームページの各国通報データ、その他より試算

今後の温室効果ガス排出量の展望

欧州の主要国は低位の増加率、もしくは減少傾向を示しているものの、今後については楽観できない。フランスでは、これまで温室効果ガス排出量の増加を抑制する働きをしてきた原子力発電が、当分の間新規建設計画がなく、伸び続ける輸送用燃料の増加によって、増勢に転じる可能性がある。

ドイツでも、現連立政権の原子力縮小政策によっては、それを代替するような効率化を進める必要がある。また、これまで進んできた東西ドイツの統一効果も徐々に薄れつつあり、最近公表されている将来的な予測でも、2010年前後の温室効果ガス排出量は数パーセント程度目標を上回るといわれている。逆にイギリスは、今後原子力の拡大は望めないものの、現在進行中の石炭から天然ガスのシフトに加え、新たな政策措置の導入によって大幅な超過削減量を獲得することが検討されている。この様に、欧州における先々の展望は、国によってその状況が異なる。一方米国では、毎年連邦エネルギー情報局から公表される将来見通しの中で、今後ともエネルギー消費、ならびに温室効果ガス排出量の増加傾向が続くという展望の方向性にここ数年変化はない。

各国における温暖化防止対策の動向

目標達成可能性の見方では、国によってその状況は異なるものの、これまで各国は、自国の状況や温暖化関連政策に対する立場を勘案しながら、それぞれ対策の方向性を打ち出している。

フランス

2000年1月19日、ジョスパン首相が新たな温暖化防止計画を発表し、フランスにおける温室効果ガス排出量削減の具体的枠組みを明らかにした。その中でも特に注目されるのが炭素税の導入である。温暖化防止を意図した炭素税、もしくはエネルギー環境税は、北欧諸国を中心として欧州で既に多くの国で導入されており、フランスでも今後の温暖化対策に必要と判断された。それは、将来的な原子力拡大が予定されていない中で、経済の安定的な成長を前提とした場合の温室効果ガス削減オプションとしては、エネルギー消費の効率化に頼らごるを得ず、炭素税による価格効果による削減を政策措置の一つとして考えているためである。予定されている炭素税率は、導入段階が産業用エネルギー消費に対して150〜200フラン/炭素トン、そして2010年までには全ての需要家に対し課税し、その税率水準を500フラン/炭素トンにまで引き上げるとしているが、既に炭素税を導入済みの国に比較すれば決して高い課税水準となっていない。

税収の使途は、低賃金労働者の雇用促進を目的とした社会保障企業負担軽減の財源にあてられることになっている。税の導入によって環境負荷の軽減と社会的な課題解決をもたらそうという、いわゆる「二重の配当」をもくろむものであるが、これは最近欧州において環境税を導入する国の一般型になりつつある。

計画では、省エネルギー対策や技術開発の促進といった従来型の政策を含めて、百以上の措置が散りばめられている。そして、何ら政策を施さない場合に超過するであろう1,600万炭素トンの排出量を、2010年までに1990年水準に低下させる計画となっている。この計画は、京都目標の達成には、基本的に国内対策で対応しようというフランスの姿勢の表れである。また、今回の発表にあわせて、市場設計が適正に行われるならばという前提において、フランスが初めて、将来的な温室効果ガスの排出量取引導人を認める由の発言をしたことは注目される。これは、国内措置にその削減措置の重点を置きつつも、必要な場合には京都メカニズムを使用することを視野に入れるというものである。

ドイツ

ドイツはフランスに先がけて、1999年の4月に環境税を導入している。前述したように、ドイツでは東西ドイツ統合の効果によって大幅なエネルギー消費の効率化と、それに伴う温室効果ガス排出量の削減が実現してきているが、将来的な目標達成の確実性をあげるために導入されたものと考えられる。

税収は社会保障負担軽減のための財源にあてる、二重の配当を企図したものである。またその税率は、欧州環境税導入国の中では、中位かそれ以下といった水準である。導入にあたっては、特に産業部門に対する免税措置の導入が図られた。それはドイツ産業界が、業界全体として既に温室効果ガス削減のための自主行動計画を持ち、環境税導入に強く反対したためである。そこでは、燃料消費量が一定規模以上の製造業者は、80%という大幅な減税措置を受けることができる。その結果、産業部門に比べ家庭生活者の税額負担が大きいものとなっている。また2003年までを期限として、ガソリンなどの自動車用燃料と電力の税率を年々上げていく計画である。特に自動車用燃料の上昇幅が大きく、環境税制による政策効果の目標がこの措置からも伺うことができる。

しかし、90年代に入ってからの経済成長の動向や、東西ドイツ統一効果がこれまで大幅に進んできた(逆にその余地が減少してきた)ことによって、2010年前後における排出目標達成に黄色信号が灯りつつある。ドイツもフランス同様、自国内での削減措置に重点を置いており、これまで国際的な取り組みを通した削減について、積極的には言及していない。最近の政府による見通しでも、現状のままでは目標水準を上回る可能性が指摘されている。そのため、今後の追加的な政策措置をいかにするか、現在検討が行われている。

イギリス

イギリスは、北海における天然ガス資源の開発、そして自国内のエネルギー産業規制の緩和による石炭から天然ガスへの燃料転換といった要因から、これまで年々温室効果ガス排出量が減少してきている。その中で、京都議定書の目標達成をより確実にするため、更には追加的な排出削減量を確保するとともに、より長期的な政策を視野に入れた計画が現在検討されている。

2000年3月にイギリス政府は、温暖化防止に関する行動計画のドラフトを発表した。6月までに関係者からの意見を聞き、年末までには正式に決定する予定となっている。この行動計画のポイントは気候変動説(Climate Change Levy)と呼ばれる環境税導入とそれに関連するパッケージ措置、そして温暖化の進行に対する適応措置について初めて明確にビジョンを出したことである。

フランス、ドイツがそうであるように、イギリスも環境税の導入に踏み切ることになった。気候変動税と呼ばれるこの環境税は、産業部門のみがその課税対象であり、その税収は雇用者の社会保障負担にあてられる。税率は、前述の2国と同様低い水準である。この税制の目玉は、産業部門に与えられる優遇措置にある。昨年、政府が気候変動税の計画を出した段階では、産業界からの反発があり、その後政府と産業界で協議が行われた。その結果、税率そのものが当初計画より下げられると共に、産業界が自主的な削減行動計画を策定・実行することの見返りとして、低い税率を選択できるというオプションを設定している。産業界の削減実績には、気候変動税と同時期の導入が検討されている、国内排出量取引を通じて得た排出量(クレジット)も一定量追加可能とすることが計画されており、将来的な京都メカニズムとの連携を視野に入れた、包括的なパッケージとなっている。

これら以外にも、エネルギー消費機器の効率向上や省エネルギー政策等様々な政策措置が計画されており、これらを計画通り実行できれば2010年前後には、目標の12.5%を7ポイント以上上回ることも可能という見通しが出されている。これは将来的にイギリスが国際的な温室効果ガス市場での「売り手」になるという事を意味しており、この問題で積極的に自国の利益を実現しようという強い姿勢の表れとも受け取れよう。

米国

米国は、基本的に民間主体の自主的な削減行動を中心として、この問題に取り組んでいこうという姿勢であり、欧州のような環境税制や規制的措置は京都会議以降導人されていない。国内措置としては、本年の大統領年頭教書演説でも述べられていたように、技術開発を促すイニシアティブの提供や、再生可能エネルギー導入促進措置といった従来型の限定的なものに止まっている。

そういった中で、民間の取り組みは活発である。酸性雨対策において排出権取引を成功させ、多くの経験を有している米国では、規制的取り組みではなく市場メカニズムを用いた手法が経済効率的であるという視点に立ち、民間ベースでの温室効果排出量(クレジット)取引が実際に行われている。また政府も将来の政策措置は京都メカニズムを最大限に活用することを企図しており、こういったリスクを持ちながらの事業者による早期削減行動や取引等を支援するような法案の検討や様々な働きかけが行われている。


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