[原子力産業新聞] 2000年5月25日 第2039号 <6面>

[レポート] ソーシャル・コミュニケーションのすすめ−その1

 現在、原子力発電所に代表される原子力施設ばかりでなく、空港や大規模河岸工事など公共(的)プロジェクトに対する合意形成のあり方が大きな曲がり角にあると言われている。地方分権化が叫ばれ、交通・通信の発達による情報のネットワーク化、住民投票の実施などによって、従来の手法によるプロジェクトの合憲形成の進め方に限界が生じている。本紙ではこうした状況を踏まえ、「ソーシャル・コミュニケーション」という新たな合意形成の手法を提唱している三菱総研の担当者にその内容を紹介してもらった。2回シリーズで掲載する。

三菱総合研究所社会公共政策研究センター
社会基盤部 主任研究員長澤 光太郎
研究員松浦 正治

【滞る大型公共プロジェクト】

 大型公共プロジェクトの実施が、ますます困難の度を深めている。

 1966年に閣議決定を受けた成田空港は、2000年5月現在でも滑走路が一本しか供用されていない。同年に都市計画決定された東京外郭環状道路の東名〜関越間は地元の反対で計画凍結されている。こうした古くからの事例に加えて、近年では神戸空港建設(兵庫県)に対する反対運動、吉野川第十堰(徳島県)に関する住民投票、諫早湾干拓(佐賀県)や藤前干潟(愛知県)の計画縮小、三番瀬の埋立て(干葉県)に対する反対運動など、多くの大型公共プロジェクトで政府・行政と地域・市民との対立関係が鮮明となっている。

【オーソライズとコンセンサス】

 公共プロジェクトが頓挫する要因を、われわれは「オーソライズとコンセンサスの間に乖離が生じている」ためととらえている。オーソライズとは、そのプロジェクトの実施を公的に意思決定することである。コンセンサスとは、社会の構成員が、その意思決定に対して納得感を持つことである。

 成田空港の例では、立地選定は閣議決定、事業認定は建設大臣、収用裁決は千葉県の収用委員会が行っている。東京外郭環状道路は東京都の都市計画決定を受けている。上に挙げたその他の公共プロジェクトも、同様に、形式的には問題なくオーソライズされている。このように、しかるべき手順を踏んでオーソライズされた公共プロジェクトが、社会の構成員の納得感を得られないという事態が頻発しているのである。

 オーソライズとコンセンサスの乖離は、プラスの便益は広い地域にもたらされるがマイナスの影響は一部地域に限定されるような大規模公共プロジェクトで生じやすい。高速道路や空港、原子力発電所、これから具体化される高レベル放射性廃棄物処理処分場はその典型的な例である。

【コンセンサス形成環境の歴史的転換】

 わが国における社会的コンセンサス形成環境は、ピラミッド型からネットワーク型に大きく変化しようとしている。このことが事態をさらに難しいものとしている。

 従来型の手法は、政府・行政が利害関係者代表への根回しを重要視する「キーマン重視型」とでも呼べるものであった。現在、こうした「密室的」手法への社会的なアレルギーが著しく高まってきたこともあり、情報公開法の制定、パブリックコメント方式の実施など、政策形成の透明性向上に向けた取り組みが始められている。特にインターネット等を活用した双方向コミュニケーションは、自治体を中心に急速な広がりを見せている。

【ソーシャル・コミュニケーションの必要性】

 こうした傾向は今後とも後戻りするとは考えられない。しかし、社会の構成員の間にはコミュニケーションのスキルやパターンに相違があるため、コンセンサス形成に向けた「認識の共有」と「選択肢の絞込み」を行うに当っては、合意形成を図る主体(公共プロジェクトの場合は公共機関)が適切なコミュニケーション活動を計画・実施することが不可欠と考えられる。われわれは、このプロセスを「ソーシャル・コミュニケーション」と呼び、その方法論について検討している。

【ソーシャル・コミュニケーションの手順】

 ソーシャル・コミュニケーションの手順は、図2のように考えることができる。まず、コンセンサス形成を図る政策(例:公共プロジェクト)に関して、その内容、効果、弊害等の事項を明確化する「ポリシー・プロファイリング」を行う。想定される代替案についてもこの段階で整理しておく。

 次に、その政策の利害関係者を把握する。「ステークホルダー」と呼ばれるこれらの人々が、コンセンサス形成に参画することとなる。

 どのレベルのコンセンサス形成を目指すかを明らかにする「コミュニケーション目標の設定」も重要である。単に政策内容を周知すれば良いのか、意志決定のための意見を集めるのか、さらには国民的合意を何らかの形(国民投票など)で明確化する必要があるのか、といった事柄について予め決めておくこと、またその目標が達成されたか否かを判断する評価基準を設定しておくことにより、コミュニケーション活動の評価と見直しが可能となる。

 コミュニケーション計画とは、ステークホルダーを想定したコンセンサス形成の方法論である。一般的には「情報提供」「意見聴取」「調整・絞込み」「合憲確認」の4段階となるが、具体的には政策内容などによって個別に決めなければならない。

 情報提供の段階では、ステークホルダー全体に共通の情報を分かりやすく伝える必要があるため、慎重なメディア・プランニングとコンテンツ作成が求められる。意見聴取の手段としては公聴会やアンケート調査が一般的だが、インターネットの普及で今後はますます双方向性が重視されていくであろう。

 調整と絞込みはコミュニケーション活動の中で最も困難な部分である、、従来から用いられてきた委員会や懇談会といった手法は引き続き重要であるが、より広範囲なステークホルダーの参画を実現する上で、インターネット等を用いた繰返しアンケートによる絞込み(「デルファイ法」と呼ぶ)も有効であろうし、米国に端を発する「メディエーション」や「ファシリテーション」といった手法も普及していくことであろう(これらの手法については後述する)。コミュニケーションの進捗を適宜評価し、手法等の見直しは必要に応じて迅速に行う。

コミュニケーション活動の最終的な目的は、社会的な意思決定のためのコンセンサス形成にある。したがって、この段階でステークホルダーの間で合意が形成されても、それはあくまでインフォーマル(非公式)なものであることに留意しなければならない。社会的意志決定それ自体は前述の「オーソライズ」の範疇に入るものである。

 ソーシャル・コミュニケーションの概要は以上のとおりであるが、以下では具体的な一例として、近年話題のパブリック・インボルブメントについて簡単に紹介することとしたい。

【パブリック・インボルブメント(PI)とは】

 パブリック・インボルブメント(PI)は、住民の意見を何らかの形で計画に反映させることに重点が置かれた市民参加を意味している。英語の「インボルブメント(Involvement)」には「巻き込む」とか「ひきずりこむ」という意味があり、「広報」や「パブリック・リレーション(PR)」といった広報活動にとどまるものではない。

【PIの歴史】

 1960年代後半に、米国東海岸の都市部では、高速道路建設に対する反対運動が頻発し、多くの建設計画が中止に追いこまれた。このことを重視した米国の政府・行政は、公共プロジェクトヘの民意意見の反映方法について、様々に検討を行ってきた。その成果の一つとして92年に成立した「連邦陸上輸送総合効率化法」では、交通計画のプロセスでPIを行うことが義務づけられた。わが国でもこの法律を参考に、建設省が新道路整備5か年計画(98年)の策定時に「PI方式」を用いている。

(つづく)


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