[原子力産業新聞] 2000年6月8日 第2041号 <4面>

[科技庁研究会] 原子力損害賠償調査報告書から

JCO事故、原賠法適用の可否に

 既報の通り、科学技術庁の「原子力損害調査研究会」(会長・下山俊次科技庁参与)は5月26日、JCO事故に係わる原子力損害調査研究報告書を公表した。これは同事故による原子力損害賠償の対象となると考えられる項目について「相当因果関係の範囲」と「損害認定に関する基本的考え方」についてまとめたもので、保険金支払の一つの指針等となる。今号は、同報告書・本論の8項目の見解についての内容(一部省略)を掲載する

本論(各損害項目に対する考え方)

(はじめに)

 研究会は、本件事故が発生した後、各方面からJCOになされた損害賠償請求の各損害項目につき、これらが原賠法第2条第2項目にいう「原子力損害」に該当するか否か、及び同法に基づき賠償の対象と認められる損害の範囲(その判断指針)等について、詳細に調査・検討を行った。

 各損害項目に対する研究会の最終的な見解は、以下に示すとおりである。

 なお、以下の指針は、必ずしも請求者の損害として認められる範囲の上限を画するものではなく、これを超える請求であっても、請求側から「原子力損害」発生の事実(すなわち本件事故による放射線の作用等と「相当因果関係」のある「損害」であること)が立証された場合には、その賠償まで否定する主旨の者ではない。また、逆に、原賠法に基づく賠償制度は、他の法令などに基づく損害賠償と同じく、原子力事業者が惹起した原子力事故の放射線の作用等による生じた損害を金銭評価して填補するものであり、損失の公平かつ適正な分担を図る見地からしても、過大請求や重複請求等のいわゆる不当請求が排除されるべきことは当然である。

(調査・検討の対象とした損害項目)

 @身体の傷害A検査費用(人)B避難費用C検査費用(物)D財物汚損E休業損害F営業損害G精神的損害

1.身体の傷害

(指針)

 請求者の身体における傷害が、請求者側の立証により、本件事故によって放出された放射線又は放射性核種による放射線障害(急性放射線障害又は晩発性放射線障害)であると認められる場合には、当該請求者が被った損害は賠償の対象と認められる。

(備考)

 @JCO作業員3名について、本件事故により放出された放射線又は放射線核種による急性放射線障害である旨が確認されており、同人らが被った損害は賠償の対象と認められる。

 なお、これらの作業員3名に対する原賠法(第3条第1項)に基づく賠償は、同法附則第4条により、労働者災害補償保険法に基づく保険給付分を控除した残部となる。

 A原子力安全委員会健康管理検討委員会の検討によると、JCOの周辺住民等に対する本件事故の放射線影響は、いわゆる確定的影響(ガン及び遺伝的影響以外の影響)についても発生の可能性が極めて低いと考えられるものとされている。

 したがって、作業員3名以外の者からの放射線の作用等による身体の傷害を理由とする請求については、当該請求者の側から、本件事故により放出された放射線又は放射性核種による放射線障害であることが立証された場合に限り、その損害の賠償が認められるべきである。

2.検査費用(人)

(指針)

 本件事故の発生(1999年9月30日午前10時35分)から避難要請の解除(同年10月2日午後6時30分)までの間のいずれかの時点に茨城県内に居た者(通過したものも含む)が、身体の傷害の有無を確認する目的で、99年11月末までに受けた検査につき検査費用を支出した場合には、請求者の損害と認められる。

(備考)−(略)

3.避難費用

(指針)

 請求者が現実に支払った以下の実費分が、損害と認められる。

 (1)屋内退避勧告がなされた区域内に居住する者が、避難するため現実に支出した交通費、行政措置の解除(99年10月2日)までに現実に支出した宿泊費及びこの宿泊に付随して支出した費用。

 (2)上記区域内に住居を有している者が、屋内退避勧告がなされた区域外に滞在することを余儀なくされた場合には、現実に支出した宿泊費及びこの宿泊に付随して支出した費用。

(備考)

 @行政当局は、JCOからの距離等に応じて避難要請及び屋内退避勧告をそれぞれ行っている。この行政措置によって避難を余儀なくされたのは、厳密にいえば避難要請のなされた区域内に居住する者だけであり、これを超えた区域内に居住する者は避難の対象とされなかった。しかしながら、屋内退避勧告の対象となった区域の居住者らについて、その区域外に避難する行動に出たことや、屋内退避勧告がなされた時点で屋内退避勧告がなされた区域外に居た右区域内の居住者らが、この区域内の住居等に戻ることを差し控える行動に出たことについては、これらの行動に及んだことも無理からぬものと認められる。

 したがって、屋内退避勧告がなされた区域内の居住者らが現実に支出した避難費用(交通費、宿泊費及びこの宿泊に付随して支出した雑費)についても、賠償の対象とするのが妥当である。(以下略)

4.検査費用(物)

(指針)

 当該財物が本件事故の発生当時茨城県内にあり、当該財物の性質等から、検査を実施して安全を確認することが必要かつ合理的であり又は取引先の要求等により検査の実施を余儀なくされたものと認められ、99年11月末までに検査を実施した場合には、請求者が現実に支払った検査費用は損害と認められる。

(備考)

 @科学技術庁が実施した調査によると、本件事故により放出された放射線又は放射性核種は、財物汚染又は財物汚損をもたらす程度の量(科学的に有意な量)ではなかったものと認められる。しかしながら、財物の価値ないし価格が、当該財物の取引等を行う人の印象・意識・認識等の心理的・主観的な要素によって大きな影響を受けることは明らかである。しかも、財物に対して実施する検査は、取引の相手方らによる取引拒絶、キャンセル要求又は減額要求等を未然に防止し、営業損害の拡大を最小限に止めるためにも必要とされる場合が多い

 したがって、平均的・一般的な人の認識を基準として、当該財物の種類及び性質等から、その所有者等が当該財物の安全性に対して危倶感を抱き、この危惧感を払拭するために検査を実施することが合理的であると認められる場合又は取引先の要求等により検査の実施を余儀なくされた場合には、現実に支払った検査費用を損害と認めるのが相当である。(以下略)

5.財物汚損

(指針)

 現実に発生した以下のものについては、損害と認められる。

 (1)動産については、当該動産が本件事故の発生当時茨城県内にあり、その種類、性質及ぴ取引態様等から、平均的・一般的な人の認識を基準として、本件事故によリ当該財物の価値の全部又は一部が失われたものと認められる場合には、現実に価値を喪失し又は減少した部分について損害と認められる。

 (2)不動産については、
 @売却予定のない所有不動産の価値が下落したことを理由とする請求については、現実の損害発生を認めることはできず、賠償の対象とは認められない。
 A不動産売買契約の解約、不動産を担保とする融資の拒絶又は売却予定価格の値下げを理由とする請求については、請求者の側が、当該不動産が屋内退避勧告のなされた区域内にあること、その不動産取引について既に売買契約等が締結されているか締結の可能性が極めて高い状況であり、対価額等も確定しているか確定しつつあること、99年11月末までに生じた解約や値下げであり、これらに応じざるを得なかった相当な事由があったこと、更に解約の場合には当該不動産を緊急に売却処分せざるを得なかった相当な事由があったこと、その解約や値下げが本件事故を理由とするものであること、当該請求の合理性(損害の発生と損害額)を立証した場合には、賠償が認められる余地がある。
 B賃料の減額を行ったこと又は本件事故後に賃貸借契約を解約されたことを理由とする請求については、請求者の側が、当該賃貸不動産が屋内退避勧告のなされた区域内にあること、現に賃貸借契約が締結されていたこと、99年11月末までに賃貸借契約の解約又は貸倒の減額がなさ れ、これらに応じざるを得なかった相当な事由があったこと、賃料の減額又は解約が本件事故を理由とするものであること、当該請求の合理性(損害の発生と損害額)を立証した場合には、賠償が認められる余地がある。

(備考)

 @(1)については、前記4「検査費用(物)」(備考)の@に同じ。

 A(2)の@、Aについては、不動産の特殊性に由来する価格形成過程の複雑さ等にも十分配慮して、賠償の要否及び範囲を慎重に検討する必要がある。

 ▽不動産の価格は、取引当事者の取得目的等に大きな影響を受けるものであり、これを一義的かつ客観的に把握することが非常に困難であることが多い。▽不動産の価格は、景気等からも大きな影響を受ける。そして、一般的な動産とは異なり、一度下落した価格が再び上昇することも十分にあり得る。▽不動産の価格が一時的に下落したとしても、当該不動産が滅失して利用可能性を喪失することはなく、これを廃棄する行動に出ることも考えられない。

 B(2)の@については、不動産の売却の予定がない以上損害が現実に発生しているとはいえないうえ、仮に価格が一時的に下落したとしても将来回復し又は上昇する可能性があること、本件事故による価値の下落分を一義的かつ客観的に把握できないこと、価格の下落が見られても、不動産自体の利用可能性は些かも失われないこと等からして、賠償の対象とすることは妥当でない。

 (2)のAについては、当該価格で売却できることが確定していた又は確定しつつあった状況のもとで、本件事故の発生を理由に当該減額又は解約(合憲解約)がなされたこと等の前記各事実を請求者が立証した場合には、賠償が認められる余地がある。これに対して、当該減額又は解約が本件事故の発生を理由とする旨を立証できない場合、当該価格で売却できる状況又は売却できつつある状況にあったことが確定していなかった場合、売却交渉が進行中であったが売買代金額等の売買条件が全く未確定であった場合等では、本件事故に起因する「損害」が発生したものと認めることは極めて困難である。

 (2)のBについても、本件事故の発生を理由として賃貸借契約を解約又は賃料の減額がなされ、これらに応じざるを得なかった相当な事由があったこと等の前記各事実が請求者によって立証された場合には、営業損害の考え方に准じて相当な期間の減収分について損害と認められる余地がある。(以下略)

6.休業損害

(指針)

 屋内退避勧告がなされた区域内に居住地又は勤務先がある給与所得者、アルバイト及び日雇労働者について、行政措置により就労が不能となった場合には、就労不能の状況が解消された時点まで(避難要請が解除された99年10月2日から合理的期間経過後まで)に生じた給与等の減収が、請求者の損害と認められる。

(備考)

 @屋内退避勧告は99年10月2日に解除されており、この時点からは就労が可能な状況となっている。しかしながら、一般的・平均的な人の認識を基準とした場合、屋内退避勧告がなされた区域内における法人等の事業者においては、上記の行政措置が解除された後、情報収集と事態把握を行ったうえで徐々に事業活動を再開するとの対応に出ることもあり得、このような対応は必ずしも不合理なものとはいえない。したがって、請求者の損害と認められる休業損害は、行政措置が解除された後、若干の合理的な期間が経過するまでの間に生じたものと認めるのが妥当である。

 A本件事故により、所定の期間の事業活動を休止したが、従業員らに対して当該休止期間分の給与等を支払った場合には、当該事業者の出捐(えん)額が損害となる。

7.営業損害

(指針)

 (1)茨城県内で収穫される農畜水産物及びこれらに関連する営業であり、広く茨城県県外を商圏とするものについては、生産あるいは営業の拠点が茨城県内にあり、取引の性質から相手方等が取引拒絶等の行動に及ぶこともやむを得ないものと認められ、現実に減収のあった取引について、事故調査対策本部の報告(99年11月4日)及び住民説明会(同年11月13、14日)等によって、正確な情報が提供され、かつこれが一般国民に周知されるために必要な合理的かつ相当の時間が経過した時点(同年11月末)までの期間に生じた減収分(売上高から売上原価を控除した売上総利益=粗利益の額)が損害と認められる。

 (2)上記(1)以外の営業については、営業の拠点が屋内退避勧告のなされた区域内にあり、取引の性質から相手方等が取引や利用の拒絶等の行動に及ぶこともやむを得ないものと認められ、現実に減収のあった取引について、事故調査対策本部の報告(99年11月4日)及び住民説明会(同11月13、14日)等によって、正確な情報が提供され、かつこれが一般国民に周知されるために必要な合理的かつ相当の時間が経過した時点(同年11月末)までの期間に生じた減収分(売上高から売上原価を控除した売上総利益=粗利益の額)が損害と認められる。

(備考)

 @研究会が公表した「中間確認事項−営業損害に対する考え方−」で記載したとおり。すなわち、

 (1)少なくとも、(ア)事故調査対策本部の報告(99年11月4日)及び住民説明会(同11月13、14日)等によって、正確な情報が提供され、かつこれが一般国民に周知されるために必要な合理的かつ相当の時間が経過した時点(同年11月末)までの期間に生じた減収分であること(イ)屋内退避勧告がなされた区域内のものであること(ウ)平均的・一般的な人を基準として合理性のあるものであること−の3点を満たすものについては、特投の反証ない限り、事故との間に相当因果関係があると推認される。

 (2)さらに、上記要素を満たさない場合においても、請求者による個別・具体的な立証の内容及び程度如何では、相当の因果関係が肯定される場合がある。

 A売上総利益(粗利益)の算定については、当該請求者の決算書類などに基づいて行われることを原則とすべきであるが、大量・迅速処理を行う必要から、必要な範囲で統計的資料を併用することもやむを得ないものとする。

 Bなお、損害として認められる場合であっても、賠償すべき損害額の算定にあたってが、損失の公平かつ適正な分担を図る見地から、具体的な事実関係に応じて、過失相殺や原因競合等の法理論を適用すべき場合(例えば、その性質から廃棄の必要性が認められない商品等を軽率な判断で廃棄してしまったために営業活動に支障が生じた場合など)もあり得る。

8.精神的損害

(指針)

 本件事故において、身体傷害を伴わない精神的苦痛のみを理由とする請求については、損害の発生及び金額の合理性について請求者側に特投の事情がない限り、損害とは認められない。

(備考)

 @研究会では、原賠法にいう「原子力損害」に精神的損害(慰謝料)が含まれることについては見解の一致を見た。しかしながら本件事故における精神的損害のうち身体傷害を伴わない精神的苦痛の申し出に関しては、議論の過程で、賠償の対象とする損害と認められないとする見解と認められる余地があるとする見解が示されたものの、最終的には請求者側に特段の事情がない限り認められないとする見解が支配的となった。

 A身体傷害を伴わない精神的苦痛の有無、態様及び程度等は、当該請求者の年齢、性別、職業、性格、生活環境及び家族構成及びに人生観、世界観及び価値観等の種々の要素によって著しい差異を示すものである点からも、損害の範囲を客観化することには自ずと限界がある。このような性質を有する身体傷害を伴わない精神的苦痛の申し出に対し、仮に一律の基準を定めて賠償の適否を判断しようとする場合には、ともすれば過大請求が認められる余地を残してしまう可能性があるとともに、他の損害項目に対する賠償との間でも不公平をもたらす可能性がある。


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