[原子力産業新聞] 2000年9月14日 第2054号 <2面>

[レポート] パグウォッシュ総会に参加して

核廃絶への視点多様化

第50回を記念するパグウォッシュ会議の総会が、8月3日から8日にかけてケンブリッジで開催され、世界中から約150名の参加者が、静かな英国の大学の街で白熱した議論を戦わせた。

パグウォッシュ会議はもともとジョセフ・ロートブラットをはじめとする物理学者のグループが、50年前に核兵器の廃絶を目的に結束したことに始まった。日本からは湯川秀樹博士もメンバーであった。今回の総会は、戦争がなくなれば核兵器もいらなくなるとの根拠から、「戦争の原因をなくす」という幅広いテーマについて大局的に議論することで、その撲滅に向けた具体的努力を様々な角度から論じるとのねらいがあった。

会議は、4つの全体会合と公開セッション、そしてワーキンググループ会合から構成された。ワーキンググループは「戦争の原因をなくす」ための具体的方策を練る議論の場として、(1)人間性のもたらす戦争(2)政治・経済が原因となる戦争(3)宗教・倫理がもたらす戦争(4)貧困のもたらす戦争(5)環境・自然資源が原因となる戦争(6)科学の誤用−の6グループが設けられた。

会議は、パグウォッシュ代表の挨拶後、国連事務総長、ケンブリッジ大学総長、米ロの大統領や英国首相による当総会に向けた激励の手紙の披露で開始。今回の会議の趣旨としては、貧困や開発問題にあえぐ途上国においてさえ、パグウォッシュ会議メンバーの関心は核兵器問題であり、米ロにおいては一層その傾向が強まっている。南アジアにおける核実験を鑑みると、パグウォッシュ内で、より革新的な発想が必要であり、努力が求められている、ということである。しかし、核軍縮・核廃絶についての考えは、米ロ間のみならず、欧米間でさえ関心の乖離、意見の対立がますます顕著になってきている。米国一極支配に対する懸念、ロシアの弱体化、ミサイル防衛問題等が影をさしているのは、いうまでもない。

一方、核軍縮の頓挫している要因についても検討されたが、NATO の拡大、米ロによる先制攻撃への固執、ロシアによる第二次戦略兵器削減条約 (START II) 批准の7年間に及ぶ遅延といったことがあげられたが、今後の懸念としては、弾道弾追撃ミサイル (ABM) 制限条約や戦域ミサイル防衛との関係から START II は実際に発効するのかという問題、予備戦略核兵器や戦術核兵器、ならびに核爆弾製造可能な核物質が公式の軍縮枠組みの対象外にあるといったことが指摘されている。こうした懸念は、「核兵器は必要」との現実主義的理論、米国の超大国主義、ロシアの「貧国」意識による核兵器依存体質、非核兵器地帯構想を非現実的とする風潮により、深刻化している。

実際、核保有国においては、核抑止政策は軍事的にも経済的にも支持されやすく、NPT 体制の弱体化は、核廃絶の可能性について法的側面から疑問を呈している。また、ミサイル防衛はロシア、中国に対し質量両面での軍拡をもたらすこととなり、結果的にミサイルや戦術核兵器の増大につながると同時に、攻撃兵器の技術的向上も招く。ロシア国内の世論調査によると、47%の回答者がロシアも独自の国家ミサイル防衛システムを持つべきと答えているとの報告がされた。今後は、戦術核兵器の削減、包括的核実験禁止条約 (CTBT) の発効等も重視されざるを得ない。

「政治・経済が原因となる戦争」に関しては、経済問題、特に水資源が21世紀には重大な戦争要因になるとの議論があった。

具体的な地域紛争では、南アジアと中東が例として議論されたが、南アジアでは核実験以来カシミール問題をめぐり憂慮すべき状態が続いている。南アジアの危機を緩和するために、核保有国は一触即発の状況を避けるためのノウハウを提供すべきとの声もあったが、これは法的見地から NPT に抵触しないようにすることが必要であり、きわめて困難とされた。政治、経済的要因による戦争防止のためには、アジアにおいては特に信頼醸成ならびに紛争解決メカニズムを内包した政治的枠組みの構築が不可欠である。

今回の会議で明らかになったことは、核兵器廃絶という伝統的目標を掲げながら、パグウォッシュの関心が極めて多岐しかも時宜に適った性格のものであるということである。原子力の平和利用に関しても資源や環境的側面のみならず、核拡散の観点から活発に論じられた。一方、アジアやアフリカといった途上国からの参加も多く、彼らの視点から核廃絶の重要性を見る必要牲があり、貧困や文化の差異等に起因する戦争の根絶が核兵器廃絶に不可欠な条件であると意識された。核兵器問題が、核保有国や大国間の問題に限らず、世界規模かつ包括的に取り組むべき問題であることを認識した結果といえる。そこで、大量破壊兵器のみならず、小火器が地域紛争の勃発、深刻化を容易にしているとの観点から、将来こうした武器の拡散防止の検討も必要である。パグウォッシュの活動が今後、核軍縮・核廃絶に資するためには、こうした幅の広い地道な活動も不可欠である。核廃絶は今や物理学者だけの責務ではない。

[菊山薫子]
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