[原子力産業新聞] 2001年1月18日 第2071号 <6面>

[概要紹介] 原子力発電施設等放射線業務従事者に係わる疫学的調査 中間取りまとめ

低線量の放射線影響みられず

放射線影響協会は、科学技術庁の委託を受けて1990年度から集団を対象とした疫学調査を行うことによって、低線量域の放射線が人体に与える健康影響について科学的知見を得ることを目的とした「原子力発電施設等放射線業務従事者に係わる疫学的調査」を実施している。90年度から94年度までの調査結果を中間的に取りまとめた第I期調査結果を95年に公表したが今回、第T期の期間を含め99年度までの調査結果を第II期調査として中間的に取りまとめた。本号では、その概要を紹介する。

[調査対象と調査方法]

調査の対象者は、原子力発電所等の放射線業務従事者として放射線影響協会放射線従事者中央登録センターに95年3月末までに登録された約30万人のうち、実際に放射線業務に従事した約24万4千人である。

調査の方法は、 (1) 原子力事業者等の協力を得て従事者の住所を調べ、(2) それに基づいて住民票の写しを取得して、生死の確認を行い、(3) さらに厚生省人口動態調査死亡票 (86年〜97年) との照合によって、死因を把握した。(4) 生死の確認ができた者について、放射線従事者中央登録センターに登録された被ばく線量の値を用いて統計学的解析を行った。

[解析対象集団と解析の方法]

1.解析対象集団

(1) 調査対象者約24万4千人のうち、99年3月までに生死の確認ができた約17万6千人 (統計学的解析を行う上で女性の対象者は少なすぎるので男性のみを対象者とした) を全解析対象集団とした。

(2) 全解析対象集団のうち、前回 (第T期) の調査で生存が確認され、今回の調査でも再び生死の確認ができた集団約11万9千人を前向き解析対象集団とした。

2.解析の方法

被ばくと死亡率との関係をみるために、次の外部比較と内部比較の2つの統計学的解析を行った。また、新生物については潜伏期 (白血病を除く新生物は10年、白血病は2年) を考慮した場合と考慮しない場合の2つの解析を行った。

(1) 外部比較 --- 日本人男性と対象集団の死亡率の比較

解析対象集団の死亡率について年齢の調整を行った上で、日本人男性の死亡率と比較して高いか否かを調べるために、実際の死亡数と解析対象集団が日本人男性の死亡率で死亡したと仮定した場合の死亡数との比 (標準化死亡比・SMR) を求め解析した。

(2) 内部比較 --- 累積線量と死亡率との関係

解析対象集団を累積線量別に、10ミリシーベルト未満、10ミリシーベルト以上20ミリシーベルト未満、20ミリシーベルト以上50ミリシーベルト未満、50ミリシーベルト以上100ミリシーベルト未満、100ミリシーべルト以上の5群に分け、累積線量の増加により死亡率が増加するか否かについて傾向性の解析を行った。多くの項目を比較することによる影響を少なくするための多重比較法を取り入れた検定や、補完的に地域差を考慮した検定なども併せて行った。

[主な結果とその考察]

1.解析対象集団の特性

(1) 全解析対象集団17万5,939人の1人当たりの平均観察期間は7.9年であり、1人当たりの平均累積線量は12.0ミリシーベルト、全死亡者数は5,527人、そのうち悪性新生物 (がん) による死亡は2,138人であった。

(2) 前向き解析対象集団11万9,484人の1人当たりの平均観察期間は4.5年であり、1人当たりの平均累積線量は15.3ミリシーベルト、全死亡者数は2,934人、そのうち悪性新生物 (がん) による死亡は1,191人であった。

2.結果と考察

統計学的に信頼性がより高いと思われる前向き解析対象集団の解析結果は次のとおりである。なお、全解析対象集団の解析においても、ほぼ同様の結果が得られている。

(A) 外部比較

(1) 対象集団の全死因および非新生物の死亡率は日本人男性の死亡率と比べて有意に低く、これは主に健康労働者効果によるものと考えられる。

(2) この効果の影響が小さいと考えられる全悪性新生物 (がん) の死亡率は日本人男性の死亡率と比べて有意な増加は見られなかった。

(3) また、白血病を含め部位別にみても、日本人男性の死亡率と比べて有意に増加している悪性新生物 (がん) はなかった。

(B) 内部比較

(1) 白血病については、累積線量とともに増加する有意な傾向性は認められなかった。

(2) 白血病を除く全悪性新生物 (がん) については、潜伏期を考慮した場合には、有意な傾向性を示したが、これは以下に述べる食道、胃および直腸のがんの結果が反映されたことによるものである。潜伏期を考慮しない場合、並びに地域差を考慮した解析では、いずれも有意な傾向性は認められなかった。

部位別の結果では、食道、胃および直腸のがんの死亡率が累積線量とともに増加する有意な傾向性を示したが、多重比較法では胃および直腸のがんの傾向性は有意ではなかった。上記以外の部位については、有意な傾向性は認められなかった。これら部位別の結果の解釈に当たっては、生活習慣等の交絡因子の影響によりもたらされた可能性について、さらに未だ観察期間が短いことについて注意しなくてはならない。

(3) 第T期調査で有意な傾向性が認められた膵臓がんは、第II期調査では有意な傾向性は認められなかった。

(4) 全死因の死亡率が累積線量とともに増加する有意な傾向性が認められたのは、外因死の結果が反映されたものである。外因死の死亡率は日本人男性と比べて有意な増加は見られなかったものの、累積線量とともに増加する有意な傾向性が認められた。外因死と放射線との関連についての疫学的知見が乏しいこと、また、外因死について考察する上で必要な情報が無いことから、詳細な考察を行うことは出来なかった。

[まとめ]

第II期調査の結果を総合的に評価すると、以下のことから低線量域の放射線が悪性新生物 (がん) の死亡率に影響を及ぼしているとの明確な証拠は見られなかったといえる。

放射線業務従事者の悪性新生物 (がん) による死亡率は、日本人男性の死亡率と比べて増加は認められず、また白血病を含め部位別の死亡率についても増加は認められなかった。

白血病を除く全悪性新生物 (がん) の死亡率については、累積線量とともに増加する明確な傾向性は認められなかった。また、一部の消化管のがんと外因死の死亡率は累積線量とともに増加する有意な傾向性を示したが、白血病を含めその他の部位の悪性新生物 (がん) にはそのような傾向性は認められなかった。

一部の消化管のがんに関して死亡率と累積線量に有意な関連が認められた点については、発がんに関係する生活習慣の影響の可能性を考慮する必要があること、さらに従来報告されている放射線疫学調査の知見と必ずしも整合性がないことから、現段階で放射線の影響によるものと認めることは困難である。

放射線の健康影響についてより信頼性の高い科学的知見を得るためには、今後とも長期にわたってこの疫学調査を継続するとともに、交絡因子の影響等についても調査検討が必要である。


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