[原子力産業新聞] 2001年1月25日 第2072号 <4面>

[日本原子力学会] 標準委員会発足と今後への期待 (1)

日本原子力学会 標準委員会幹事
成合 英樹 (筑波大学教授)

日本原子力学会では、数年にわたる準備のもとに1999年9月に標準委員会を設置し、原子力に関する規格・基準・指針など標準の作成を始めた。

これは、最近の国際化、規制緩和の流れの中で、規格基準の作成プロセスが国際的に通用する公平、公正、公開性を持って行われなくてはならず、最高の専門家集団である学会はそれを推進するのに最もふさわしいと考えられること、特に原子力では、当初、技術指導からスタートした経緯から規格基準においても外国に頼っていた面があるが、規格基準を我が国で自主的先導的に進めることが、技術力向上と安全確保に極めて重要であること、等の認識による。

標準委員会では積極的な活動を行いつつあり、昨年12月に第1号標準「使用済燃料・混合酸化物新燃料・高レベル放射性廃棄物輸送容器定期点検基準:2000 (AESJ-SC-F001:2000) 」を制定し、近々出版を予定している。本稿は、2回に分けて標準委員会設置までの経緯と、現在作成中の標準類について記すことにする。


1、はじめに

我が国では明治以来、海外に学び追いつくこと、そして国家による強い規制により産業育成保護と国民の安全確保を行うことを基本的方策としてきた。国民の間でも、基準や規格は国が作るものとする意識が強かったが、しかし国の規格基準とはいえ、明治以来の海外技術導入の経緯から基本的には海外の基準・規格に依存していた部分が多い。

このような中で、工業立国の我が国として最近いくつかの問題が出てきた。

一つは、最近のグローバリゼーションの中で国家間の輸出入は増大しているが、その際、各国の規格や基準が異なることに関する問題である。すなわち、第一に世界に通用する規格基準で製品製造を行わないと輸出ができないこと、逆に言えば規格基準を押さえることが貿易戦略上重要であること、第二に我が国独自の規制が多く貿易障壁上クレームをつけられることが多いこと、第三に我が国の規格基準が細かいことまで規定しているため最新の知見を製品に即座に適用できないことなどである。これに対して我が国では最近、国際基準への関心の高まりと規制緩和が進められるようになった。

二つ目は、原子力など国民の安全確保にかかわる規制の問題である。現在のところ国が、省令・告示・指針類等により安全確保に努めているが、これらが細かいことまで規定していて最新の知見を取り入れるよう改定が迅速に行われにくいこと、また逆に、必要な基準類の策定に時間がかかり、安全確保に十分対応できない恐れがあること、原子力では IAEA 等国際標準活動が活発であるが我が国としては一部の関係者の努力によっていること、等の問題があげられている。

国民の安全は極めて重要であるので規制は必ず必要であるが、上のような問題を解決するため、国の定める規制は性能要求を中心とし (機能性化)、具体的な技術的要件は別の専門家集団が作成するのが望ましい。

このような、産業界における規制緩和や安全確保の規制のあり方は、規制の適正化として考えられていくべきものであるが、国の定める機能性化された規制の枠の中で具体的な技術に関わる基準や指針類の作成に、技術的に最高の知見を有する技術者集団である学会への期待も増大しつつある。しかし、これまでの学会はどちらかというと学術的な面が強く、場合によっては研究者集団のサロン的雰囲気があった。学会の組織や運営にもその影響が出ていたが、規格や基準は実践技術の集約であるため、学会の体質も若干変わる必要が出てきた。

このような状況の中で、日本原子力学会では原子力標準調査専門委員会における2年間の検討を経て、一昨年 (1999年) 9月に標準委員会を発足させ、具体的な基準・規格・指針類の作成を開始した。

2、原子力標準調査専門委員会の活動

原子力に関する規格基準の作成を学会で進めるべきとの流れが本格化したのは1996年のことである。原子力を除く発電用設備について省令告示の機能性化の動きもあり、日本機械学会では96年に標準化部会の下に準備会を設置して検討を行い、97年10月に発電用設備規格委員会のスタートとなった。この委員会には火力と原子力の二つの専門委員会が設置されそれぞれの分野の規格作成にあたっている。

日本原子力学会でこの問題が初めて本格的に話題になったのは96年8月の国際活動委員会で、原子力規格・基準に関する学会間協力とそれに関連する活動について話題提供が行われたが、委員会としても重要な問題として認識し、標準に対する日本原子力学会のスタンスを企画委員会や理事会で検討するよう提案がなされた。

これを受けて96年9月の企画委員会で、「原子力学会として標準作成活動をどう考えるか」と問題提起され活発な議論が行われたが、その重要性に鑑み現状調査と今後の活動計画の立案を行うこととして、97年4月に原子力標準調査専門委員会 (主査秋山守、98年度成合英樹) が2年間の予定で設置された。

調査専門委員会では、海外の原子力に関する規格基準の作成状況を調査することから着手し、米国機械学会 (ASME)、米国原子力学会 (ANS)、IAEA 安全基準、ISO の4つの規格基準に関して、国内の専門家から説明を受け、また2年目は、電気学会、日本機械学会など国内学会の状況、さらに日本電気協会、原子力安全研究協会などの活動状況等の説明を受け、そこでの活動内容、組織のあり方などを調査した。その間、21世紀へ向けた規格・基準のあり方についての専門家からの意見も委員会活動に反映させた。

また委員会では、国際的に通用する規格基準作成の要件や体制などについても議論された。それらの結果は原子力標準調査専門委員会報告書として取りまとめられ、99年5月に最終報告書が企画委員会に提出・報告された。報告書の要点は、最近の国際化や規制緩和の流れの中で本学会が、民間基準としての規格・基準・指針など標準の作成・制定を行うことが、原子力技術の高度化と国際化時代の原子力の安全性・信頼性確保の観点から必要であるという内容で、標準委員会の設置を提案したものである。

99年6月の理事会でこの提案が審議され、9月の理事会において正式に理事会直結の委員会として標準委員会の発足が決定された。この際、規格基準を作成するということで規格委員会という名称も検討されたが、規格・基準・指針類を総称して標準と呼ぶこととすること、等の理由で標準委員会となった。

なお報告書では、標準作成に関する望ましい姿として、国が省令告示指針類で性能要求し、標準に関連する具体的な研究開発を国や民間の研究機関や協会、大学などで進め、その成果を主要な学会に集約して、広く専門家の英知を集めて民間基準としてまとめることを推奨している。

また、この調査専門委員会の調査内容をふまえ日本原子力学会誌2000年10月号に、原子力に関する標準についての特集が掲載されている。

3、学会標準のあり方と標準作成における要件

それでは、原子力標準調査専門委員会で議論され、現在の標準委員会の活動基本方針にも反映されている、学会標準のあり方と今後の国際的にも通用する標準作成における要件を記してみたい。

まず規制体系における省令告示などの機能性化 (性能規定化) について記す。前にも記したが、97年6月に電気事業法の改正があり、原子力を除く発電設備のこれまでの省令告示が機能性化され、審査基準として民間基準が活用されることになった。すなわち、国の定める省令類は性能要求のみを規定し、それを満足するかどうかの具体的な技術的基準は民間基準を活用しようというものである。

民間基準とはいえ社会的に容認されたものである必要があり、その作成には多くの要件を満たす必要がある。すなわち、専門家を集めた技術者集団の知識ばかりでなく、WTO/TBT 協定 (貿易の技術的障害に関する協定) の観点から、標準作成には透明性が要求されている。これらを満足する団体として学会は最適の機関と考えられる。

原子力については現在、規制上の機能性化は行われていない。しかし、今後の方向は間違いなく機能性化へ向かうものであり、また、原子力安全委員会の指針類のように現在既に多くの事項で性能要求のみが規定されているものもある。原子力学会の作成する標準は、規制上機能性化された体系の中での具体的な技術的基準を作成するものであるが、実質上、性能規定化されている規制体系における技術的基準の作成・制定に対する要望は現段階でもかなりあり、早急に取りかかることが望まれている。

それでは標準作成における要件とはいかなるものであろうか。委員会の議論に基づくと、標準作成上の要件や標準自体の備えるべき要件などを含め、以下のように10項目になる。

(1) 公平性 (中立性) --- 特定の個人・企業・業界の利益に偏らないものであること (中立・公正性が確保されるように、委員会は業種区分に基づき、参加委員数の均衡に配慮した委員構成とする。また、関係機関との連携を深めるとともに、公衆審査などにより一般社会を含め広い範囲の専門家などの意見を反映する)

(2) 公正性 --- 標準内容に関する広範囲の知見・意見の収集・検討を踏まえたものであること (学会内外の関係する組織との緊密な連携・調整に基づく特徴のあるものとする)

(3) 公開性 (透明性) --- 明確かつ公開された審議・制定過程に基づくものであること (ホームページなどを通じて、会議開催案内、議事録を公開し、審議過程など標準制定プロセスを公開して行く)

(4) 専門性 --- 専門家の結集による高い技術水準の維持に寄与するものであること (標準原案の作成組織を専門部会、分科会、作業会と階層構造にし、高度な技術的知識・経験および最新の知見を集約できる体制とする)

(5) 迅速性 --- 新技術を迅速かつ弾力的に取り込んでいるものであること (新技術や研究開発の成果が迅速・的確に反映されるように、定期的に改定されるもの)

(6) 合理性 --- 安全確保を前提とした合理的設計・運用を可能にするものであること (過度に保守的でなく、合理的で信頼性の高いもの)

(7) 発展性 --- 民間の技術力向上へのインセンティブを与えるものであること

(8) 国際性 --- 海外の標準との交流、調整を通じて、海外でも引用され、統一規格化に資するものであると同時に、非関税障壁にならないものであること (国内外の関係者に広く利用されるもの)

(9) 適用性 --- 原子力発電所、原子燃料サイクル施設および研究開発活動に係る施設および機器・シミュレーション手法・評価手法さらには役務や従事者の教育・訓練に関する全般を対象とし、その計画・設計・製作・建設・運転管理並びに廃止に至るライフサイクルに適用可能なものであること

(10) 体系化 --- 安全原則 (基本理念)、安全基準、安全指針、安全手引きなどの階層構造を有するものであること

このうち、標準作成の委員会の運営上重要な点は最初の3つ、すなわち、公平、公正、公開性である。具体的には、委員会の委員構成が業種上偏らないこと、委員会の開催や議事録を公開しオブザーバーの参加を認めること、標準原案に対する投票の明確化と採決方法を規定すること、標準原案の公衆審査を一定期間行うこと、記録を一定期間保存すること、等である。標準委員会では上に記した要件を、運営規定や活動基本方針として定め活動を行っている。


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