[原子力産業新聞] 2001年9月20日 第2104号 <4面>

[シリーズ] 今、ウクライナでは (4)

うすれる外国の関心

チェルノブイリ事故の放射線影響については、IAEA のチェルノブイリ事故10年後のフォローアップに関する国際会議のまとめに、事故対応作業に携った人々の内237人が入院し、この内134人が急性放射線障害と認定され、その内最初の3か月間に28人が死亡したことの他、事故対応作業者並びに一般公衆の中から今後発生すると予想される白血病と癌による死亡者数の推定値が報告されている。しかし、今後の推定値については、同じく報告されている自然的に発生が予想されるこれらの病気による死亡者数の推定値と比較して、実際に識別するのは難しいとしている。また、それ以外に色々報告されている症例や数については、放射線との因果関係を科学的に証明出来ないとしている。

今年の6月には、チェルノブイり事故後15年のフォローアップ調査に関する国際学会がキエフで開催され、甲状腺や白血病の他に造血組織の病気、呼吸器疾患、消化器障害、精神病等も広くチェルノブイリの影響としてとらえた発表がされた。IAEA の評価結果は過小評価であるとする発表もされる一方、IAEA のゴンザレス放射線安全部長は、ここでも「ウクライナの人達は、急激な資本主義社会への移行についていけなかったために、色々な精神的なストレスや貧困などが影響して、心身共に衰弱している。これらを全てチェルノブイリ事故の放射線の影響としてとらえることは出来ない」という主旨の発言をしている。

事故後15年が経ち、チェルノブイリ事故の影響に関する西側諸国を中心とした国際的コンセンサスは、ほぼ IAEA の5年前の報告書寄りに落ち着いたかに見えるが、ウクライナでは依然、放射能汚染地域の住民、立ち退き区域の元住民、事故対応活動に従事した労働者、およびそれらの子供達に対する継続したモニタリングと医療活動が行われている。ウクライナ政府は、こうした活動を継続するための資金難に対応して、西側諸国からの援助を要請しているが、事故から15年が経った今では、すでにこれらへの援助も打ち切られていることが多いようである。

キエフの街外れにある厚生省管轄の国立診断センターを始め9つの地方診断センターでは、こうしたチェルノブイリ事故被災者のフォローアップ調査を行っている。10年前の診断機器と6万人の15年間に及ぶ電子化されていない手書きのカルテに頼った地道な診断活動が続けられており、これから発生する晩発性放射線障害を、今後数10年にわたって診断していく予定になっている。設備の改善が望まれるが、なかなか政府の予算も外国からの援助もここまでは回らない。ウクライナ厚生省も状況を打開するため、これら診断施設から報告される情報をもとに統計をとり、国際学会などで発表し、現状を訴えると共に援助を求める発言をしているが、世界の研究者からの反応は冷たい。報告された症例を放射線障害としてとらえるべきかどうかの点に抵抗があるからであろうか。チェルノブイリ事故の後遺症に関する国際援助を議論する際、放射線影響か否かのところで議論が賛成・反対の両者の間で立ち往生してしまうこうした現状を見るにつけ、ウクライナでのこれら健康障害については、放射線影響の有無に関する評価の課題とは切り離し、むしろ純粋に人道的見地からとらえていくことの方が自然かも知れない。

科学者の興味と一般市民の求めることも、いつも同じとは限らない。前出の今年6月のキエフでの国際学会では、主催者側の科学者の1人が、チェルノブイリをめぐる NGO を含む多くの団体の活動を指摘し、次のように発言している。

「事故に関する調査・研究がウクライナとその社会にもたらしたものを決算して言えることは、結局社会の利益になることよりも、チェルノブイリ・アライアンスとでも言える200以上にも及ぶ政治的に位置づけられたグループができたこと。これらがしたことと言えば、そのいくつかが彼ら自身を弁護し (体制派のことか)、その他は大衆にもめごとをもたらしただけ (反体制派のことか) のように思える。こうして見ると、現在はとても面白い社会が形成されていると言える。しかし、今日ここで国際学会を開いてはいるものの、この成果を知らせるべき国民がここにはいないこと、それから政策決定者は必ずしも我々の研究成果に関心を示していないことを認識せざるを得ない。どうにかしたいものだ」。

当の国民の多くは、旧ソ連から独立して10周年を迎えた今年、低い給与水準、年金支払いの遅延など、社会主義から資本主義への移行の中で、日々の暮らしに追われている −。

【松木良夫 (フリーコンサルタント・元 IAEA 原子力安全局職員】

(おわり)


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