[原子力産業新聞] 2002年8月22日 第2149号 <1面>

[インドネシア] スブキ前BATAN長官

本紙既報のとおり、日本の原子力関係者にも知己の多いインドネシア原子力庁(BATAN)のイヨス・スブキ長官が、7月5日付で退任した。本紙ではこのほど来日したスブキ前長官にインタビューし、インドネシアの原子力開発の現状などを聞いた。(聞き手=喜多智彦記者)

--1997年夏の経済危機が98年には政治・社会危機へと波及するという、大変困難な時期にBATANの指揮をとられました。この経済・政治危機はインドネシアの原子力研究開発やBATANの運営にどのような影響を与えましたか。

スブキ インドネシアルピアは、相場の大幅な下落により、短期間のうちに購買力が5分の1にまで下がってしまい、予算上での大きな制約となった。これを受けて私は、各種プロジェクトのリスケジュールを行うとともに、崩壊する経済の下で増加する失業者と貧民層の助けになり、経済回復の一助となるような活動を始めた。具体的には、貧民層や小規模ビジネスに力を与える、農業、家畜飼育、水、医療などへの原子力技術の応用に力を入れるようにした。私は、原子力技術はヒューマニティーのために存在するものだと考えている。

-‐BATANは経済危機以来、農業など、ベーシック・ヒューマン・ニーズ(基礎的生活分野)への原子力技術の応用に力を入れていますね。

スブキ 食糧自給への貢献が主であり、米、芋、小麦、ソルガム(蜀黍)などの新品種を開発している。米では、水稲を三品種開発、陸稲も一品種開発した。熱帯性のソルガムはタンパク質が多いなど栄養価も高いので、BATANは女性たちを相手に、ソルガムを使ったおいしい料理の作り方などの講習会も行っている。また、淡水魚(鯉の一種)の養殖期間を40%も短縮できる飼料を開発した。このようにして、食糧自給率の向上に貢献している。

-‐インドネシアでの原子力発電の見通しは。

スブキ 電力と淡水供給のための原子力利用は、持続可能な発展を戦略的に支えるという意味で、ヒューマニティーと関連性がある。我々は、何世代にもわたる繁栄の継続性に気を配らなければならない。原子力は、安全で環境的な技術であり、経済的にも競争力がある。また原子力は科学技術力に多くを頼る技術で、資源に多くを頼らない。このような技術の開発は次世代にとっても大きな資産となる。また、化石燃料の枯渇を抑えて将来の世代の福利を増大させる。このような視点から、インドネシアは原子力発電導入へ向けた計画の実施と、要員の訓練を続けなければならないと考える。

-‐今後のBATANの活動計画を教えてください。

スブキ BATANの将来のプログラムは、(1)研究炉、(2)加速器、(3)核融合‐‐の3本の柱からなっている。研究炉は現在3基が稼働中で既に中心となっている研究施設であるが、加速器利用は始めたところ。核融合は長期的な将来の計画として、理論面での研究を始めたところだ。近い将来の主な活動の柱は、(1)基礎的生活分野に関わる活動(農業、家畜飼育等)、(2)水資源に関わる活動(地下水文学、海水淡水化)、(3)核医学‐‐などであり、中期的には、電力と淡水の生産のために小型動力炉の導入が必要と考えている。

イヨス・スブキ氏 1938年生まれ、米国ペンシルベニア大学で原子炉工学の修士号を取得、BATAN次官等を経て、97年より長官。子息が東工大大学院に留学中のため、7人の孫のうち3人が日本に滞在中。「3人とも1年ですっかり日本語が上手になって…」と目を細める。


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