[原子力産業新聞] 2003年6月26日 第2191号 <2面>

[原産総会特別講演] 山崎正和氏、国際性持つ「日本文化」

 本紙先週号2面にて既報のとおり、日本原子力産業会議は18日東京・千代田区で第52回通常総会を開催した。劇作家で東亜大学学長の山崎正和氏(=写真)が「国際化と日本文化」と題して行った特別講演の概要を紹介する。

 漫画家の里中満智子氏と話をしていて判ったことがある。女の子の「かわいさ」は国、時代によって変わっており、日本でも、昔は富士額が、今は目が大きく口が小さいかなり西洋的な顔が「かわいい」とされている。これは日本人が明治以降、西洋を追いかけて作った「日本のかわいい顔」だが、里中氏によると、この十年間、この「日本のかわいい顔」が、「グローバル・スタンダード」となっているという。

 「フォーリン・ポリシー」誌にマックレインというジャーナリストが、「日本では、GNPの時代が終わり、GNC(グロス・ナショナル・クール『国民総かっこいい』)の時代になりつつある」との論文を書いた。日本は世界に向かって「かっこよさ」「かわいさ」などの「クール」を発信している。「ポケモン」は35か国語に翻訳、68か国で放映されている。キティーちゃん人形は世界中で年間10億ドル売上げ、そのキャラクターは1800以上の商品に付けられている。

 漫画だけでなく、安室奈美恵などのJ―popsもアジアに急速に広がっている。日本の女性雑誌はアジアで引っ張りだこ。現代日本人の、ごく普通の日常生活や風俗へのあこがれからだ。昔日本人が、アメリカのブロンディや電気冷蔵庫のある生活にあこがれたことと、同じようなことが日本についても起こっている。ファッションでも、東京がパリやミラノと同じような中心地になりつつある。また、欧州のオペラ座では、十人以上の日本人指揮者が活躍するなど、日本人の西洋音楽での活躍もめざましい。

 このように世界に受け入れられている日本文化は、いわゆる『日本文化』とは関係なく、「いつの間にか日本オリジナルになって、グローバル化している」ものだ。このようなグローバル化した日本文化は、一見、伝統と関係ないように見えるが、実は本当の意味で、日本の「伝統」を引き継いでいる。それは、@混合文化、多民族文化たる日本文化A階級性のない日本文化――という「伝統」だ。

 日本には、漢詩を作り詩吟を楽しむ人が多くいたが、同時に、やまと言葉の文学もあり、多重的な言語生活があった。また、16世紀にはキリシタン文化や西欧言語が入ってきた。

 西洋文明の輸入という面でも、日本の近代百数十年間は、西洋で完成したものを一夜漬けで吸収したのではなく、西洋で完成してから日本に入ってくるまでの時間差はほとんど無かった。米国で娯楽映画が出来てからわずか十年後には日本でも映画が作られ、印象派の絵画に至っては、印象派運動が始まるとほぼ同時に、黒田清輝などにより、日本に入ってきている。

 日本文化には階層性や階級性がほとんど無く、高級文化と大衆文化の違いが無いことが特徴であり、中国文化のように宮廷文化と庶民文化が全く別物の文化とは異なる。

 例えば、茶の湯をとっても、室町将軍が豪華な茶会を開く同時期に、庶民は町角で一杯一文の茶を楽しみ、秀吉が北野の大茶会を開いた際には、あらゆる階層の人々に集まるよう呼びかけた。歌舞伎も庶民の文化で、武士が歌舞伎を見に行くときは、刀をはずし頬被りして行ったほど。能や狂歌などで有名な人々も、下層階級・被差別階層出身者や素性の判らない人が多く、そうした人達が文化を通じて、時の将軍家や政府高官と親しく交わるということがあった。

 このように、日本文化は、@その内部で国際的A支える人達の間に階層性がない――ことが特徴。米国文化も、@混合文化A大衆的で階級性がない――ことが特徴で、階層や民族を超えて、多くの人々を一つの世界にとけ込ませる力を持っている。日本文化もそうした性質を持っており、日本人が妙にナショナリスティックにならない限り、日本の文化はますます世界に出ていくものと思う。

 日本人が普通に生活しながら作り上げたものが、世界的になる。文化を通じて世界の人々に日本を尊敬してもらうのは、ジョセフ・ナイの言う「ソフトパワー」で、国力の一部だ。


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