[原子力産業新聞] 2003年12月11日 第2214号 <4面>

[原産等5団体] RI・放射線フォーラム講演から

 本紙先週号で既報のとおり、日本原子力産業会議等5団体は、3、4の両日、東京・墨田区の江戸東京博物館で「アイソトープ・放射線利用フォーラム」を開催した。本号では同フォーラムから、マレーシアのロウ・ヒェン・ディン(劉賢鎮)科学技術環境大臣、東京女子医科大の林基弘氏、および国際農林水産業研究センターの林徹氏の3氏の講演・発表を紹介する。

マレーシア・ロウ科学技術環境大臣
RI放射線の社会・経済的利益

はじめに

 1972年に、現在のマレーシア原子力技術研究所(MINT)の前身機関が設立され、マレーシアにおける放射線とRI利用の成長が始まった。1985年には原子力許認可委員会(AECB)が設立、今日ではRI・放射線は重要な技術としてエンドユーザーに広く受け入れられている。MINTは300名の研究者を擁し、医学利用、工業利用、農業・バイオサイエンス利用、環境・安全など原子力技術が優位性を持つ分野で研究、技術コンサルティング等を行うほか、TRIGA型研究炉やアイソトープ製造施設や、電子線照射器などの施設を有する。

 エンドユーザーにこれらの技術を受け入れ使ってもらうため、MINTは幅広い広報に力を入れるとともに、MINTは開発した技術をもとにパイロットプラントや準商業施設を建設・運転し、これの技術の実現可能性や経済性を実証している。

農業利用

 突然変異による育種としては、バナナ、グラウンドナッツ、米、花卉類(蘭、ハイビスカス、菊など)の新種が開発・発表されている。MINTは2001年以来、花の新種を発表するため「花の日」を実施している。

 食品照射については、マレーシアは、ASEANが開発したアジア太平洋地域の共通規制に1997年に加盟した。現在マレーシアには、私企業の持つ照射施設が3か所あり主に医療用具の滅菌に使われている。MINTの照射施設は、スパイスや乾燥シーズニング、ハーブなどの食品・農作物の照射を行っている。生の果実はミバエに犯されており海外市場に出荷できないことが多く、また、現在薫蒸に使われている臭化メチルが環境上の理由から世界的に廃止されつつあることから、農業省は農作物中の害虫駆除のため、放射線照射を代替手段として利用、輸入にも同様の処理を義務づけている。

 マレーシアの獣医学研究所は、牛の牧場とその周辺におけるラセンウジバエ駆除のため、不妊虫放飼法(SIT)技術を使ってこれを根絶した。

工業利用

 放射線の工業利用では、@医療用具等の滅菌A耐熱ワイヤや熱収縮チューブ製造のための架橋B木材のコーティングのキュアリングC印刷用インク等のキュアリング――等に利用されている。また、マレーシアは天然ゴム、ヤシ油、キャッサバ、チトサンなどの天然ポリマーが豊富にあり、これらを放射線で処理し、高い価値を持つ「環境に優しいポリマー」を作る研究が進んでいる。

 石油、ガス、セメント、鉄鋼、発電、石油化学などの分野では、検査や品質保証のため、RI・放射線が大いに使われている。パイプラインの溶接部の検査等には非破壊検査(NDT)が、品質保証には放射線ゲージを使った制御システム(NCS)が使われている。

医学利用

 現在マレーシアには、11か所の核医学センターがあり、来年さらに1か所が開所の予定。また、PET用超短寿命RI製造のため、2か所にサイクロトロン・センターが建設中で、第1か所目は2004年末に完成予定。

 マレーシアではガンが死亡原因の第2位になり、肺ガンと女性の子宮頸ガンが最も代表的。多くの治療法のうち、放射線治療が最も効果的と考えられ、現在マレーシアで、13か所の放射線治療センターが活動を行っている。


林徹・国際農林水産業研究センター食料利用部長
農作物殺虫での放射線利用

 穀物、果実などの殺虫に広範囲に利用されている臭化メチルは、オゾン層を破壊するため、植物検疫処理の場合を除き、先進国で2005年、途上国で2015年に使用禁止となる。臭化メチル代替の最も有効な薬剤はホスフィン(リン化アルミニウム)であるが、ホスフィン抵抗性害虫が出現するので、長期的使用は望ましくない。化学的処理よりも物理的処理の方が好ましい。

 したがって代替技術の開発が急務であるが、その1つが放射線照射であり、ハワイでは米国本土向けの果実(主としてパパイア)の殺虫(不妊化)を目的にエックス線照射が実用的に行われている。

切り花の電子線殺虫

 切り花の殺虫には電子線が有効であることが研究で判明している。害虫の種類で放射線感受性が異なるが、電子線(2.5〜5.0MeV)を400Gy照射することで、ハダニ、カイガラムシ、ハマキ、アザミウマ、ヨトウ、アブラムシのすべてが生育段階(卵から成虫まで)に関係なく死滅あるいは不妊化でき、害虫駆除に必要な線量は400Gyと判断される。

 電子線に耐性を有する切り花には、カーネーション、グラジオラス、チューリップ、フリージア、ガーベラ等があり、電子線で花の枯死、開花遅延、花弁の褐変等の障害を起こす切り花には、菊、バラ、ユリ、スイートピー、菖蒲等があることが実験の結果、明らかになった。ただし、菊の障害は、照射後に糖溶剤や日持ち薬剤で防止できる。

穀物・豆のソフトエレクトロン照射

 ソフトエレクトロン(低エネルギー電子線)はガンマ線や電子線と比べて透過力が非常に小さく、食品の表層部に止まるため、被照射食品の品質変化が極めて小さい。また、穀物・豆のほとんどの害虫が表面や外部に生息するため、ソフトエレクトロンでの殺滅が可能であることを実験で確認した。

 電子加速器で、コクヌストモドキ、ノシメマダラメイガ、アズキゾウムシの卵、幼虫、蛹、成虫(アズキゾウムシの卵と幼虫については、小豆に汚染させたもの)を60keVのソフトエレクトロンで処理した場合、アズキゾウムシ幼虫の一部を除き、生育段階に無関係に完全に殺滅できた。アズキゾウムシ幼虫は小豆の内部に入っており、一部の幼虫はソフトエレクトロンの届かないところに生息していたために、生き残ったとみられる。

 同様の結果が、ノシメマダラメイガとコクゾウムシで汚染された玄米とアズキゾウムシで汚染された小豆をソフトエレクトロンプロセッサーで大量処理(1ロット3キログラム)した時にも得られている。この場合、ノシメマダラメイガは発育段階に関係なく完全に殺滅できた。

一方、コクゾウムシとアズキゾウムシは、穀物や豆の内部にいる幼虫の一部は生き残ったものの、他の生育段階のものは完全に殺滅できた。とりわけ、穀物や豆の内部のコクゾウムシのすべての卵と蛹及びほとんどの幼虫、アズキゾウムシのすべての蛹とほとんどの幼虫が死滅するという興味深い結果が得られた。これらは産卵時に開けられた穴を通して直進してきた電子に当たり死滅したものとみられる。

 以上の実験結果から、穀物や豆の表面や外部に生息する害虫は確実に殺滅でき、内部に生息する害虫もほとんど不活性化できると分かった。ソフトエレクトロンは臭化メチル薫蒸に代わる穀物や豆の殺虫技術として有望といえよう。


林基弘・東京女子医大脳神経外科治療責任者
脳外科治療におけるガンマナイフの利用

 ガンマナイフは、特定箇所にピンポイント照射を行う定位的放射線手術で、開頭手術を必要としない低侵襲な脳外科治療である。

どのような治療か

 ガンマナイフは、ヘルメットの形で、これに201個のコバルト60を同心円状かつ半円球状に敷き詰め、201本のガンマ線が1カ所に集中するよう設計されている。1本のガンマ線は非常に弱く、皮膚、骨、あるいは正常な脳組織を侵襲することなく治療できることが大きな特徴である。

 患者の治療計画は専用ソフトを使用して作成する。CT、MRI、脳血管撮影などにより、3D画像を取り入れ、安全で精密に治療でき、治療精度の調整は0.5〜0.1ミリメートルレベルを実現している。また、多数回の照射を短時間で行うことにより、腫瘍の大きさのコントロールだけではなく、腫瘍の周囲の脳神経機能を如何に温存しながら治療するか、というような治療計画の策定が可能である。

現在の治療状況

 コバルト60を用いたガンマナイフは1968年、当初は機能的脳疾患治療を目的に開発されたが、その後、主に脳腫瘍や脳動静脈奇形の治療技術として世界に普及した。日本には1990年に第1号機が導入された。現在では41施設が稼働しており、治療症例総数は6万人に達した。世界では170施設が稼働しているが、治療症例総数で日本は世界の25%を占める。特に1996年に医療保険も適用され治療症例数が急速に拡大している。今後、さらに設置施設が拡大し、60施設程度になると予測できる。

 現在の主な適応は脳腫瘍、脳血管奇形、機能的脳疾患、眼疾患などに区分できる。脳腫瘍のうち転移性脳腫瘍では肺がん、消化器がんなど全ての組織型、良性脳腫瘍では髄膜腫をはじめとする様々な腫瘍、非良性脳腫瘍では一部のグリオーマ、悪性リンパ腫などに適応できる。脳血管奇形では一部の海綿状血管腫に適応し、機能的脳疾患ではてんかんが代表的な適応である。眼疾患でも眼窩内腫瘍、眼内腫瘍、加齢性黄斑変性症などに適用する。

 日本では治療総数の50%以上が転移性脳腫瘍であり、同脳腫瘍はガンマナイフによる治療効果が最も得られやすい疾患の1つである。再発なく腫瘍が縮小、消失する局所制御率は95%以上に達する。昨年の当脳神経外科での同脳腫瘍の治療症例数220だが、局所制御率99%である。ガンマナイフにより1日で安全に治療できることにより、同脳腫瘍で死亡する人は殆どいなくなっている。

 脳腫瘍の場合、30ミリメートルまでがガンマナイフ治療の限界で、当然ながら小さいものほど治療効果が大きい。脳表に近い場合、外科的手術が基本となるが、全身合併症や高齢患者では外科的手術のリスクが高く、最近ではガンマナイフ治療が優先されている。

最近のトピックス

 最近のトピックスとして、てんかん、痛み、パーキンソンなど機能的脳疾患への臨床応用がある。機能的脳疾患は画像情報による病変の可視化が困難だが、最近ではこれを克服、良好な成果が得られている。特に患者数の多い三叉神経痛では、治療後の経過が非常に良く、当脳神経外科ではガンマナイフ治療を施した患者の九五%が疼痛消失している。課題だった合併症による顔面の知覚障害は5%以下に抑えられる。

 また、難治性疼痛の代表であるがん性疼痛や視床痛をはじめとする中枢性疼痛に対しても当脳神経外科では世界に先駆けてガンマナイフ下垂体照射を行い始めている。がん患者の痛みを極めて低侵襲で効果的に緩和できることは、ガンマナイフのもつ大きな役割になり得ると期待される。


Copyright (C) 2003 JAPAN ATOMIC INDUSTRIAL FORUM, INC. All rights Reserved.