[原子力産業新聞] 2004年3月4日 第2225号 <2面>

[シリーズ] 原子力広報に関する国際会議(2)

 先週号に引き続き、原子力広報に関する国際会議「PIME2004」でのP・ヘーレン・スイス原子力協会(SVA)事務局長が行った講演を「説得への3か月――スイス国民投票での勝利」を紹介する。

今回の結果の意味

 国民投票での勝利は、詳細に検討を重ねて優れた戦略を作り、これを徹底して実践することによる、集中的かつプロフェッショナルな広報活動の結果である。国民の間に、控えめながらも保守的な現実的感覚に基いて、原子力を受け入れる空気ができてきたことも重要な下地ではあったが、国民が熱意を持って原子力を支持したわけではない。国民投票の勝利の意味は、原子力発電の段階的廃止がとにかく否決されたという事実であり、それ以上でもそれ以下でもないのである。

成功には多くの貢献要因

 原子力産業界が今回の広報活動で強く打ち出したのは、「反対派の批判に反論するために原子力の弁護や利点の宣伝をするのではなく、段階的廃止を実施した場合のリスクと、支払わなければならない対価の大きさを、積極的かつ帰結論的に訴える」という戦略であった。

 この戦略の他にも、国民投票の勝利に貢献した要因は多々ある。

▽国民投票で勝利しようという、原子力発電所を運転する電力会社の強い意志。

▽原子力エネルギーというオプションを選択可能にしておく政府の政策。

▽段階的廃止が行われた場合に生じる経済的影響について、数年前から調査を行っておく先見の明があったこと。

▽議会で新たな原子力法の審議が行われている最中であったため、政治家の間でも原子力問題に対する関心が非常に高かったこと。

▽政党および経済界団体とうまく連携できたこと。

▽様々な分野にわたる9つの質問が記された国民投票の「パッケージ投票用紙」に、政府が「2つの項目に賛成を、7つの項目に反対」を推奨する旨を載せたことは、発議案二項目に「反対」票を投じてもらうことの助けとなった。

▽投票日までのキャンペーン期間中も、報道機関が原子力関係記事を理性的、公平かつ冷静な形で取り上げ、原子力を経済のごく「普通の要素」として扱ったこと。

▽2003年4月10日に起こったパクシュ原子力発電所の事象に関して、報道が一切行われなかったこと。

▽モラトリアム1990−2000年の後でもあり、(1979年、84年、90年の国民投票に比較すると)原子力問題に国民が冷静であったこと。

▽経済情勢の厳しさを国民が認識していること

▽スイスの4つの原子力発電所で1995年から99年まで実施した「来て見てごらん」プログラムにより、国民が原子力をより「普通のもの」と受け止めるようになったこと。

▽反対派のキャンペーンが効果的でなかったこと。

 これらの要因が我々の目的に貢献した。ということは、原子力産業界の勝利には、多くの幸運も重なったということができる。


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