[原子力産業新聞] 2004年7月29日 第2245号 <3面>

[寄稿] ― 9・11事件の教訓― 対テロ対策では広報に特別の配慮必要(下)

昨年夏のテロ訓練で、原子力発電所の管理部門は、これら特別な防護策が市民を不安にさせるとの配慮から、2回の報道発表を行い、何が起こっているのかを知らせるため説明を行なった。1度目の発表は、発電所にとって「信頼できる保安上の脅威」が確認されたため、「異常事象」が宣言されたというものであり、2回目の発表は、特に記者会見を頻繁に行なうことを含め、「24時間の情報サービス」を提供するための「共同情報センター」を設立したというものであった。

NRCは、常に率直な情報公開が重要だと考えており、何が起こっているのかを、素早くかつ正確に市民に伝える方針を強調してきた。もし原子力発電所で安全性を損なう事象が起こったのであれば、このような報道発表を行うことが何よりも正しいことであったであろう。

しかし今回の場合、NRCの判断は、テロの脅威にさらされている場合には、それはまさに絶対にやってはいけないことだというものであった。

その理由は、もし一般市民に、自分の近所にある原子力発電所に対して「信頼できるテロの脅威」が迫っていると伝えれば、一部の人々は即座に、乗っ取られた航空機が発電所に激突するか、テロリスト勢力が集結して、たとえば大型トラックに爆弾を積んで襲撃してくるなどと思い込むであろう。そうなれば、どの家族も急いで車に乗り込んで町の外部へ向かうハイウェイに殺到し、パニック状態になる可能性がある。その結果、交通事故による被害者や心臓麻痺の患者なども出るかもしれない。

あるいはこの情報の中には、1人あるいは複数のテロリストが従業員としてすでに発電所内部に入り込み、テロ活動に関与している可能性が示唆されているかもしれない。実際、今回の訓練の中には、そのような内部からの脅威を想定した訓練もあった。もし、発電所が行なったような方法で情報公開してしまうと、警備を行なう人々にとって、容疑者を追い、誰とコンタクトを取ろうとしているのか、あるいはどのような準備をしようとしているのかなどを突き止めることが難しくなってしまう。また、内部に潜んでいるテロリストを脅かしたため、重大な破壊行為に出られてしまう可能性もある。

もちろん、警備上の必要性を考慮した範囲内で、一般市民に情報を公開する責任があることは明らかだ。

今回の場合、発電所が次のような発表を行なっていたら、ずっと良かっただろう。つまり、「警備上の脅威がもたらされる可能性があるので、用心のため、対策が取られている。脅威の可能性については調査中だ。ただ万全を期すために、大事を取って、警備を強化している。我々は、市民の健康と安全を守ることを最優先するので、安心して欲しい。さらなる情報は入手次第、発表される」といった具合だ。

このような内容であれば、正確で安心感を与える。テロの脅威が突然降って来る可能性がある今日、脅威の信憑性について情報機関が最終判断を下すまで、防衛対策を取るのを待っていられないこともある。責任ある担当者にとって、非常に重要な役割のひとつは、市民のパニックを防ぐことだ。パニックの発生は、テロリストの目的を手助けするだけだ。

ウィリアム・ビーチャー氏

コロンビア大学院卒。ウォールストリート・ジャーナル、ニューヨーク・タイムズなどで記者。1983年に国内報道部門でピューリツァー賞受賞。1993〜2003年まで米原子力規制委員会(NRC)広報部長。現在はディレンシュナイダー・グループ代表。


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