[原子力産業新聞] 2005年6月30日 第2289号 <2面>

[原産通常総会] 特別講演 東北大学理事 庄子哲雄氏

 長期的安定エネルギー源としての原子力への期待が高まっている。同時に、高経年化に伴う原子力発電プラントにおける、多様な劣化に対する十分な対応も要求されている。本講演では、高経年プラントにおける多様な劣化メカニズムの解明と、劣化速度の高精度予知・予測により、信頼性・安全性の一層の向上を図りつつ、高い稼働率の実現を学術的に支える「フェムト科学」への期待について述べる。

 原子力プラントの高経年化とは、「安全率が低下すること」という考えが一般的に言われている。「proactive」はしばしば「reactive」に対して言われるが、米国原子力規制委員会では既に、事前予知、予防を原則とする「Proactive Materials Degradation Assessment」(PMDA)の手法が用いられている。わが国においても、今後必要となってくる高経年化への具体的対応を背景に、科学的合理性に基づく予知・予測と徹底した可能性の追求を目指すPMDAの確立が急がれる。

 高経年化現象で見られる「応力腐食割れ」は、@材料の環境感受性の増加A環境の過酷さの増加B表面反応層(保護層)の変化(劣化)−−に伴う長い潜伏期間を経て、亀裂が発生、進展する。このような複雑な環境下における破壊、劣化のメカニズムの解明は、「複雑系における本質的過程の学際的研究」という学問領域をなしており、「SSRT−−CER法」、「ラマン法」といった手法が開発されている。「応力腐食割れ」には、「すべり溶解」、「すべり酸化」、「内部酸化」、「水素誘起割れ」といった進展機構が考えられ、起因する亀裂先端の酸化、粒界の酸化は、全てナノスケールの現象である。したがって、その破壊機構を解明し、制御するためには、金属表面や亀裂先端で起こる機構をナノレベルで解明する必要がある。そのため、「計算化学的手法」を活用して、「応力腐食割れ」の機構を原子レベルで解明し、その予知および制御に関する技術の確立を目指してきた。この手法による検討を重ねた結果、耐応力腐食性に優れた材料開発の方向が現在示されつつあるのだ。

 さて、「ナノテクノロジー」とは、「ナノ」が十のマイナス九乗を意味するように、極めてミクロな世界の現象を研究するのだが、ここでいうのは長さのスケールである。一方で、本講演のタイトルにもある「フェムト」は、10のマイナス15乗を意味し、時間のスケールで用いている。前述の話から、原子力発電所といった大型プラントに生じる数十年のオーダーの事象が、もとはこれらの物理量で表されるようなごく微細なレベルの現象に由来するということ、つまり、「巨視事象のフェムトおよびナノスケールでの理解」ということを言いたいのだ。さらに、今後とも多様な「応力腐食割れ」が予想されることから、原子論的メカニズムに基盤を置いた材料開発が急がれるが、将来的課題を先取りしていく上でも、従来の経験的対応から科学的対応へと転換していくことが求められている。


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