[原子力産業新聞] 2005年8月4日 第2294号 <3面>

[寄稿] 米印原子力協力再開に思う 遠藤哲也氏

 NPTを中心とする核不拡散体制は、近年内外からの挑戦を受け動揺している。去る5月に開かれたNPT運用検討会議も、成果をあげることなく失敗に終ってしまった。核不拡散体制の確立と強化は、世界の平和と安定のために不可欠なばかりでなく、原子力の平和利用もこれなくしては成り立たない。

 今般のシン・インド首相の訪米と米印友好関係の強化は、それ自体は結構なことだが、事が原子力にも直接関係しており、世界の核不拡散体制に大きな影響を及ぼしかねないので、今後の成行を注目しているところである。

米印原子力協力の再開

 米印首脳の間で発出された共同声明(7月18日)は、両国の関係を民主主義国家同志の「戦略的パートナーシップ」と位置づけ、非常に多くの部分を原子力分野での協力に割いているが、その要点は次のとおりである。

 ブッシュ大統領はシン首相に対し、民生用原子力発電に関する全面協力を表明し、インドは先進的な核技術を持つ責任ある国家として、相応の利益と特典を享受すべきであると述べ、米国はインドの大量破壊兵器の拡散防止へのコミットメントを歓迎した。これに対し、シン首相は、インドは原子力施設につき軍事用と民生用を分ける、民生用施設に対してはボランタリーにIAEAの保障措置を受入れる、更に追加議定書も受入れる、核実験停止のモラトリアムを続ける、カット・オフ条約の締結のため米国と協力する、濃縮・再処理の技術の拡散防止に協力する、MTCR、NSGのガイドラインに沿って輸出管理を行うことなどを約束した。更に、これらの協力を進めるために両国間に作業部会を設置し、来年ブッシュ大統領が訪印する際に、進捗状況をチェックすることなどが合意された。

米印関係接近の背景

 冷戦時代の米印関係は、インドが非同盟の一方の旗手であったこと、インド、パキスタン、中国、ソ連、米国の複雑なマトリックスの中にあったことなどから、特に悪いと言うわけではなかったが、必らずしもしっくりしたものではなかった。冷戦終焉後は関係改善の努力がなされたが、インドの核実験、核武装は米印関係ののどにささった骨であった。1974年のインドの第1回の核実験は、米国において厳しい核不拡散法(NNPA)を成立させ、国際的には、米国の音頭によって輸出規制のための原子力供給グループ(NSG)を作り上げた。1998年の第2回目の核実験は、米国のアフガン戦争遂行の過程で済崩しに消えていったとは言え、印パ両国に対して厳しい経済制裁を課したのであった。

 このような次第であったから、今般のシン首相の訪米と上記の共同声明は、インドにとって非常に歓迎すべきものであり、これによってインドはNPT上の核兵器国ではないが、「事実上」の核兵器国として米国に認められたことになった。インドとしては、長年の悲願がある意味で成就したことになった。

 それでは米国は何故、インドに対してこのような政策変更に踏切ったのであろうか。順不同で言えば、一つには、インドの近年の経済成長は目覚しく、特にコンピューターやソフトの面での躍進は顕著であり、中国と並んでアジアの否世界の経済大国になることが予想されていることである。米国としては、そのようなグローバル・パワーとしてのインドと、全般的な関係の改善が望ましいと考えたのだろう。(enhanced engagement)

 2番目は経済的にも政治・軍事的にも力をつけて来た中国を牽制するためのカウンター・ウェイトとして利用するとの戦略的なアプローチではなかろうか。今一つは、インドに対するNPT上のアプローチは棚上げし、現実的なアプローチをとったのではなかろうか。

米印原子力協力のリスク

 この米印共同声明は、米国の核不拡散政策を大きく変える要素を含んでいるように思われるが、その成行にはいくつかの問題がある。このインドに対する政策を実施に移すには、一つは米国の国内法、すなわち核不拡散法(NNPA、1978年)を改正する必要があるのではないかと思われる。今一つは対外的側面だが、原子力供給国グループ(NSG)の参加国を説得して、輸出ガイドラインを変えることである。ちなみにこの二つとも、1974年のインドの核実験を契機に米国の音頭で出来上がったものである。米国々内からも外国からも、すでに批判の声が上がっている。

 以上の制度的な問題に加えて、政策的な問題があり、むしろこの方がはるかに大きいのではないかと思われる。今日の対インド政策の変更は、核不拡散政策をNPTといった規範的な基準よりは、当該国の政策といった政治的、現実的な基準に移そうとするもので、NPTを軸とする現在の核不拡散体制を根底から覆すおそれがある。米国行政府はこの点どのように判断しているのであろうか。また、今後、パキスタン、イラン、北朝鮮、あるいはロシアなどから同様の主張が出て来た場合、どのような理屈で対応するつもりだろうか。日本では、この問題はさほどの関心をひいていないが、ただでさえ厳しい試練にさらされている核不拡散体制に大きなインパクトを与えかねず、今後注目を必要としよう。


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