[原子力産業新聞] 2005年9月15日 第2299号 <6面>

[IAEA] 報告書「チェルノブイリの遺産」「貧困が真の危険」と指摘

 【9月7日=キエフ松木良夫】IAEAは9月6日と7日、ウイーンで国際会議「チェルノブイリ―前進のために過去を振り返る」を開催した(=写真)。これは、同事故の当事国であるウクライナ、ベラルーシ、ロシアを含めた世界中の政府と一般公衆が、同事故の影響についてこれまで抱いていた誤解を解くことをも狙ったもの。

 2003年に組織されたチェルノブイリ・フォーラムの議長は、今年6月まで広島と長崎にある(財)放射線影響研究所理事長を務めたバートン・ベネット氏。今回のウイーンでの国際会議は、同フォーラムの検討成果を報告するものだ。

 この会議でチェルノブイリ・フォーラムが発表した検討成果報告書「チェルノブイリの遺産―健康、環境、社会・経済への影響」は、次のように指摘している。

 事故の発生した1986年からその翌年にかけて事故収拾作業に携った20万人の作業者の中からは、同事故が直接の原因で四十七人が死亡している。これまで死亡しなかった作業者達については、当時受けた放射線被ばくにより、今後全生涯を通じ2200人が晩発性の放射線障害で死亡すると、計算で推定される。

 このような事故収拾処理作業者、事故現場周辺から避難・強制立退きをさせられた人々、並びに放射性物質汚染地域に住む住民全体からは、合せて約4000人が、がんや白血病により死亡するはずと計算で推定される。しかし、仮にチェルノブイリ事故が無くとも、統計上は全人口の約四分の一はがんで死亡することを考慮すれば、4000人のがん死は事故に関係ないがん死が3パーセント上昇するにすぎず、これを実際に識別することはできない。

 事故の直接の影響が確認されているのは、通常はごくまれにしか発生しない小児の甲状腺がんである。事故当時の小児4000人にこれが見られ、そのうち九人が死亡している。

 事故で放出された放射能に汚染された地域に長期間居住する人々が受けている放射線被ばくは、自然に環境に存在する放射線と比較しても低い。他の地域に比べて、住民に白血病とがんの増加があると言える証拠は無い。

 むしろ旧ソ連の生活習慣がこれらの地域住民にもたらした病気や精神衛生上の問題の方が、放射線によるものよりはるかに大きい。

 また事故後にソ連政府が実施した対策にも疑問がある。事故後35万人もが強制移住させられたが、事故直後に行なわれた11万6000人の避難に比較して、その後に行なわれた強制移住による放射線被ばく低減の効果はほとんど無い。

 今でもウクライナ、ベラルーシ、ロシアで受け継がれている旧ソ連の大袈裟な被災者援護制度は、実際の放射能汚染状況や資金難などを考慮し、より現実的な内容に見直ししなければならない。事故に影響を受けたとされる地域では、誤った情報にもとずく放射線に対する恐怖が人々を無力にしている。

 事故現場を覆う石棺は補修が必要である。残された放射性廃棄物を廃棄する為の包括的な計画がまだ立てられていない。

 放射能に汚染された地域では、放射性のセシウムやストロンチウムの長期環境モニタリングが必要で、また特定の食物の規制が必要である。

 また同報告書は、今現地で最も必要なものは、生活習慣の改善と過疎化した周辺地域の開発およびその規制であり、貧困が真の危険であるとしている。

 さらに、ウクライナ、ベラルーシ、ロシアの各国政府は、一般公衆に正確な情報を提供すべきであるとし、低いレベルの放射能汚染地域でどう生活すべきかを説明するだけでなく、旧ソ連時代から続いている誤った生活習慣そのものをどう改善すべきかを示さなければならないとしている。

 なお、ウクライナ非常事態省はこの国際会議に参加しており、これを受けて、来年4月26日に行なわれるチェルノブイリ事故20周年記念行事と、その頃ウクライナで開催される国際会議「チェルノブイリ事故から20年、将来への展望」の準備に入る。


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