[原子力産業新聞] 2006年1月26日 第2316号 <4面>

[IAEA] ノーベル平和賞受賞演説 エルバラダイ事務局長

 本紙既報のとおり、国際原子力機関(IAEA)とエルバラダイ事務局長は、昨年12月10日、オスロでノーベル平和賞を受賞した。本号では、授賞式におけるエルバラダイ氏の受賞演説を掲載する(紙面の制約上、一部割愛した部分があります。全文は原産HPに掲載予定)。

 国王陛下、王妃陛下、ノルウェー・ノーベル委員会委員の皆様、各国政府閣僚の方々、お集まりの皆様。

 IAEAと私は、このような名誉ある賞をいただいたことを有り難く、光栄に、また大変喜ばしく思っております。そして何よりも、この受賞によって自らの決意を新たにしているところであります。

 私の義理の妹は、カイロで孤児院を支援する団体で働いています。彼女とその同僚たちは、自らの意思ではどうすることもできない状況の中で取り残されてしまった子供たちの世話をしているのです。(中略)

 IAEAで私の同僚たちと私は、核物質が過激主義者の手に渡ることがないよう努力しています。IAEAは、平和目的の原子力活動が核兵器計画の隠れ蓑として利用されることがないよう、世界中の原子力施設の査察を行なっています。

 義理の妹も私も、方法は違うものの同じ目標、つまり人類という家族の安全保障に努力しています。

 しかし、なぜ私たち人類は、この安全保障をまだ手に入れることができないでいるのでしょうか。

 それは、私たちの持つ安全保障戦略が、直面しているリスクに未だに追い付いていないためだと私は考えます。物資、思想、そして人々の流れをせき止める壁を取り払ったグローバル化の動きは、同時に、安全保障に対する脅威を狭い地域に留めていた壁をも取り払ってしまったのです。

 先日、国連のハイレベル委員会は、人類が直面している脅威は、@貧困、伝染病、環境の悪化A国内および国家間の武力衝突B組織的犯罪CテロリズムD大量破壊兵器――の5つだと述べています。いずれも、「国境のない脅威」であり、ここでは伝統的な国家安全保障という考え方は通用しません。(中略)その逆であり、これらの安全保障への脅威に対処するためには、何よりも多国家間の協力が必要となります。(中略)

 今、この広間におられる1000人が世界の全人口だと想定してみましょう。私の左側にいる200人は世界の裕福な人々に相当し、世界のエネルギーの80%を消費しています。そして私の右側にいる400人は、1日2ドル未満の収入で生活しています。私の右側の恵まれない人々は、反対側の列の人々と比べて、なんら知的に劣るわけではありませんし、人間としての価値が低いわけでもありません。ただそういう運命に生まれてきたのです。

 現実の世界においては、この生活条件の不平等は、機会の不平等、また多くの場合、希望の喪失につながります。また、このような貧困層の厳しい状況の結果として、人権の侵害や良識ある政府の欠如、また根深い不公平感といった問題が生じ、貧困が助長されることです。このような問題が重なれば当然、内戦や組織的犯罪、そして様々な形の過激主義を生む肥沃な土壌が形成されます。

 何十年にもわたって紛争が続いたまま放置されてきた地域では、各国はその不安定な状況を埋め合わせる手段、あるいは自分達の「力」を誇示する手段を求め続けています。場合によっては、(中略)自分たちも大量破壊兵器を所有したいと考えるようになることもあるかもしれません。

 15年前に冷戦が終わった時、多くの人々が新しい世界秩序が形成されることを望みました。(中略)しかし今日、私たちはその目標に遠く及びません。東西を隔てる壁は取り壊したかもしれませんが、まだ南北、つまり豊かな人々と貧しい人々をつなぐ橋は作ることができていません。

貧困がテロの土壌

 世界の開発援助の記録を考えてみましょう。昨年、世界各国で支出された軍事費の合計は、1兆ドルを超えました。ところが、8億5000万人の人々が飢えに苦しむ発展途上地域に対する政府開発援助は800億ドル、軍事費の10%にも満たない額だったのです。

 私の友人であるJ・モリスは、飢餓に苦しむ人々に食糧を送る世界食糧計画を統括しています。彼は最近私に、「もし世界中で支出される軍事費のわずか1%でも自分たちに回してもらえたら、空腹のままベッドに入らなければならない人は世界に1人もいなくなる」と話してくれました。

 貧困を原因とする紛争が発生し続けていることは驚くには当たりません。過去10年間に軍事紛争の犠牲となった1300万人の死者のうち、900万人はサブサハラ地域、極貧の人々が住む地域で発生しています。

 (中略)2001年9月に米国で起こったテロ攻撃の結末を私たち誰もが深く悲しみ、この凶悪な犯罪に対して怒りを表明しました。それは当然のことです。しかし、コンゴ共和国の内戦で1998年以来、380万人が命を失っていることには、現在も多くの人々が知りません。(中略)

 このような「全体像」を念頭に置くと、変化し続ける核不拡散と軍縮をめぐる状況をよりよく理解できることと思います。

 この変化し続ける状況には、3つの主な特徴があります。核物質と核関連機器の巨大な闇市場が台頭してきていること、核兵器と機微原子力技術が拡散しつつあること。そして核軍縮の停滞です。

 今日、グローバル化によって世界中の人々の距離が縮まる一方の状況で、存在する危機を一部の人々の問題と放置すれば、その危機は近い将来、人類すべてのものとなります。

 同様に、先進科学と技術が普及していく中では、世界の一部に核兵器に依存する人々が存在する限り、現在は核を持たない人々にとっても核兵器が非常に魅力的に映るようになるかもしれないとリスクを常に負っています。

 人類が自滅を避けたいのであれば、人類全体の良心の中に核兵器の場所はなく、人類の安全保障のために果たす役割もないと私は確信しています。

 そのためには、この破壊的な兵器を保有する国をこれ以上、絶対に増やしてはなりません。また、核兵器保有各国が、核軍縮に向けた具体的方策をとっていくよう、見守っていかなくてはなりません。さらに、核の抑止力に依存しない防衛システムを作り上げなければなりません。

 これらの目標は現実的な実現可能なものでしょうか。そうだと私は信じています。しかし、そのためには3つの対策が早急に必要であります。

 1つ目は、核物質および放射性物質を過激派の手には渡してはならないということです。2001年にIAEAは国際社会とともに、こういった物質の防護策を強化する世界的なキャンペーンを開始しました。(中略)4年間で、やらなければならない仕事のおそらく50%程度は完了しました。しかしこのペースでは遅すぎます。これは時間との競争なのです。

 2つ目は、兵器に転用可能な核物質の製造活動に対する管理を強化することです。(中略)

 この点を克服するために、私は、核物質製造活動を多国家間で行なったらよいのではないかと考えています。そうすれば、このような製造の管理を一国が独占することはなくなります。私は、IAEAの管理の下に、核燃料貯蔵銀行を設立することから始めたらよいのではないかと考えています。この方法であれば、真に平和的な原子力活動のために燃料が必要となった国はどの国でも、燃料を確実に入手することができます。燃料供給が保証されることにより、各国が独自の燃料サイクルを開発する理由はなくなりますし、言い訳に使うこともできなくなります。

 これができれば、次のステップとして、国独自の核物質製造施設建設の新たなモラトリアムに合意が得られるでしょうし、さらに濃縮、燃料製造、廃棄物処分および再処理を行なうための多国間の取り決めに着手できるはずです。

 また、査察システムも強化しなければなりません。IAEA査察は、核不拡散体制の心臓部分です。効果的に査察を行なうためには、必要な権限、情報、先進技術、そして資源が与えられていることが必須になります。また、IAEAの査察は、もし逸脱が見つかった場合の措置を要請するために、国連の安全保障理事会の支持を受けている必要があります。

 3つ目は、軍縮努力を加速することです。世界には、核兵器を保有している国がまだ8、9か国あり、2万7000個の核弾頭が存在しています。(中略)最初の一歩としては、核兵器保有国がこれらの兵器に与えている戦略的役割を減らして行くことでしょう。(中略)

 しかしこれで十分だというわけではありません。もっとも難しいのは、たとえば奴隷制度や大量虐殺のように、核兵器はタブーであり、歴史的に見て異常だと受け止められるな社会環境を作るためにはどうしたらよいのかという点です。

 皆さん、

 (中略)歴史が始まって以来、人類は宗教や思想、民族、その他の理由を口実として、戦争を繰り返してきました。そして、どの文明も、自らの持つ最も強力な武器を進んで捨てるということはありませんでした。現在、近代技術を共有することには誰もが同意しますが、人類の最も根本的な価値観が共有できることには同意できずにいます。

 私はエジプト出身のイスラム教徒です。カイロとニューヨークで学び、現在はウィーンに住んでいます。妻と私は、これまでの人生の半分を北で、もう半分を南で過ごしてきました。そして人類という家族のユニークな本質や、誰もが共有する共通の価値観をじかに体験してきました。(中略)

 私たちは、決して忘れてはなりません。不寛容を基本教義とした宗教は存在しないということを。人間の命を尊ばない宗教はないのだということを。(中略)

 人の命の尊さや寛容を土台とした社会、つまり国境や国籍、そして思想の違いが重要性を持たない社会が実現可能だと信じることは、あまりに理想主義に過ぎるという人たちもいます。その人たちに対して私は、これは理想主義ではなく、むしろ現実主義なのだと言いたい。なぜなら、歴史を見てもわかるとおり、戦争によってこうした違いが解決されたことはないに等しいからです。力は、古い傷を治すのではなく、新たな傷を生むだけです。

原子力と希望

 ここからは、原子力が人類に恩恵をもたらすために、どのように使われているのかについてお話しましょう。

 IAEAは、原子力および放射線技術を人類の役に立てるために、世界中で日々活動しています。ベトナムでは、農民がIAEAの援助によって開発された、より栄養価の高い米を植えています。(中略)インドでは、成長を続けるこの国にきれいな電力を供給するために、8基の新規原子力発電所が建設されています。これは、世界中で原子力エネルギーの使用が急増していくのではないかとの期待の高まりを示す事例でもあります。

 これらのプロジェクトや、その他の何千ものプロジェクトは、「アトムズ・フォー・ピース」というIAEAの理想を体現したものであります。しかし原子力エネルギーと技術の利用が普及すれば、同時に、原子力の安全性とセキュリティをもっとも厳しいレベルで維持することが不可欠になります。(中略)

 私は、IAEAを支えている2300人の非常に勤勉な職員を大変誇りに思っています。(中略)私たち職員の出身国は90か国以上にのぼり、仕事に対しても、様々な見方を出しています。多様性はIAEAの力です。

 IAEAの権限は限られています。そして非常に控えめな予算しかありません。軍隊を持っているわけでもありません。しかし、私たちは信念という力を武器として、武力に対して真実を語り続けます。(中略)

 ノーベル平和賞は私たちにとって、安全保障と開発のために粘り強く努力し続けよという、非常に力強いメッセージであります。恒久的平和とは、単一の目的ではなく、環境そのものであり、それを達成するプロセスであり、そのためのコミットメントであります。

 今日、私はいささか気の滅入るお話をしたかもしれません。では最後に、私はなぜ希望があると考えるのかお話しいたしましょう。

 私に希望がある理由は、国家や民族が政治的、経済的、そして社会的に相互依存できるようになるというグローバル化の良い面が現われてきており、その結果、戦争という選択肢がますます不可能になってきていることにあります。

 EU25か国の間では、経済的・社会政治的な依存度が高まってきているため、相違点の解決のために武力を使用するという考え方は馬鹿げています。(中略)このようなモデルを、これらと同様の創造的な多国間の関わり合いや、大国は公正であり小国は安全を守られるという形で活発な国際協力を通じて、世界的なモデルに発展させていけないでしょうか。

 また、文明社会が情報化され、市民参加型になってきていることも、私が希望を持てる理由であります。人々は自分の国の政府に対して、多様性や寛容、平等精神に基づいた民主的な社会を築くための変革を強く求めています。創造的な解決策の提案も行なわれています。認識を高め、お金を寄付し、地域から世界の公民の精神へと発展させるべく努力しています。人類という家族をひとつにするために努力しています。(中略)

 必要なのは、海の向こうに住む人々を、自分の隣人だと思うことができるような、新しい考え方と感じ方です。

 最後に、私の希望は、自分の子供たちやその世代の子供たちから生まれます。

 私が初めて国外に出たのは19歳の時でした。私の子供たちは、私自身よりもさらに恵まれています。彼らが初めて異文化に触れたのは幼児の頃であり、多様な文化環境の中で成長しました。ですから私は、自分の息子と娘が、肌の色や、人種、国籍の違いに関して、まったく何の抵抗も持っていないと断言できます。彼らは自分の友達であるノリコやマフポ、ジャスティン、サウロ、フッサムに違いがあるとは思っていません。彼らにとっては、この子供たちはただの仲間であり、友達なのです。

 旅行や報道、通信を通じたグローバル化の動きも役に立ちます。ちょうど私の子供たちやその仲間たちの場合のように、お互いを自分と同じの人間だと認識するための助けとなります。

 世界の国々が、戦争のための武器製造に使う予算と同じだけの予算を開発に使ったらどんなことが起こるか、想像してください。すべての人が自由と尊厳を持って生きることのできる世界を想像してください。(中略)爆弾や弾丸ではなく、外交や対話を通じて自分たちの相違点を解決していける世界を想像してください。残された核兵器は博物館にある過去の名残だけだとしたらどんなに素晴らしいか想像してください。私たちが子供たちに伝え、残していけるものは何か想像してください。


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