[原子力産業新聞] 2006年4月28日 第2329号 <4面>

2005年版原子力安全白書
特集「安全文化の醸成」〜事業者における優良取組事例〜

本誌既報の通り、原子力安全委員会は3月28日、05年版原子力安全白書を閣議に報告した。今回は「安全文化の醸成」を特集。「安全文化」に対する国内における関心は高く、同委主催「安全文化国際シンポジウム」(=写真)が白書公開に先立ち開催されるなど、国際的議論も盛んである。さて、「安全文化」の構築はまず、安全運転に一義的な責任を負う原子力事業者組織で行われなければならない。ここでは、安全白書が特集でまとめている、「安全文化」醸成のための「事業者における優良取組事例」について紹介する。

経営層による現場訪問 九州電力
「安全文化は、言葉では伝わらない。管理職者の姿勢や行動が、スタッフの意識を変える」

   ◇   ◇

原子力発電担当の元常務A氏は、本社原子力管理部長に就任直後から、同社の2ヶ所の発電所を、それぞれ少なくとも毎月1回予告なしで訪問するようになりました。同氏が現場を訪問した回数は、この4年間だけでも111回になります。両発電所には、同氏専用の作業服が置いてあるそうです。同氏は、現場を頻繁に訪問する理由について次のように語っています。

「自分が玄海発電所の所長だったころ、経営層にもっと話を聞いてもらいたかったが、ほとんど発電所に来てくれなかった。私が頻繁に現場に行くようになったのは、そういう思いがあったからです」

1回あたりの訪問期間は半日から2日程度です。同氏によれば、最初は現場職員と世間話をすることから始めたところ、だんだんと回数が増えてくるにつれて信頼関係ができ、現場の職員から様々な情報が自然と出てくるようになったといいます。現場との会話では、以下の事項について気をつけているということです。

  • 何があっても、絶対に怒らない。
  • 成果がでた時は必ず褒める。
  • どんな小さなトラブルでも放っておかず、何か発生した場合は一番それに詳しい人間に直接話を聞く。社員とは限らず、時には協力会社やメーカーの人とも納得行くまで議論する。
  • 現場からの相談や提案については、必ずフィードバックする。自分が納得したものについては、実現させるよう働きかける。

また同氏は、

  • 経営の目的は「安全第一」が第一で、その副産物として「稼働率向上」がある。
  • これを実現するためには、管理者自身が現場に行き、直接確認し、正確に状況を把握し、組織の目的にあった計画を立案することが重要。
  • 組織を構成する一人ひとりが目的を納得することができれば、自然と組織の目的に合致した行動がとれる。
  • そのためには目的の共有と技術の伝承、質の高い情報の入手、士気の高揚が必要である。

と語っています。そして「現場訪問のような取組を進めることが、皆のやる気やモラルアップにつながる。ひいてはそれが、安全確保につながっていく」と続けました。

また、「玄海発電所では、九州電力事務所と協力会社事務所とが、渡り廊下でつながっており、何かあれば、すぐに両者が相談できるようになっている。また作業現場には一緒に足を運び、一緒にパトロールし、訓練も一緒にやる。その中で両者には、信頼関係が築かれ協力会社にもマイプラント意識が生まれる。また社員が一緒に仕事をしているため、協力会社からの改善提案が自分のこととしてすぐに受け取り、対応する風土ができている」と語っています。

九州電力との意見交換会では、同氏が頻繁に現場を訪問することに対し、現場の方々から、

  • 現場と経営層が大切な情報を共有できる。
  • 現場からの提案が積極的にできる。
  • 現場と経営層や、電力会社と協力会社との一体感が醸成される。

など、同氏の行動が安全文化の醸成に成果を上げているとの意見が多く寄せられました。この事例は、安全文化の醸成のためのトップマネジメントのコミットメント、トップマネジメントの現場への対応方策などを考える際に、様々な示唆を与えてくれます。

トラブルを模擬体験する装置 中国電力
「トラブルを実際に模擬体験する。そのことで、異常を感知できる能力を磨く」

   ◇   ◇

国内の多くの原子力発電所は、高い運転品質を維持するために、現場の「職人技」に頼っているところが少なくありません。しかしながら原子力安全委員会が行った意見交換会では、それらの「技」は言葉では説明しにくく、そうした「技」の伝承が、思いのほか難しいという声が複数の現場から指摘されました。

この問題を解決するために、島根原子力発電所で働く電力会社や協力会社の社員の人たちは、「異常徴候体感装置」を製作することを考えました。トラブルや異常を身をもって体験することで、言葉では説明しにくい感覚や技能を伝えるというのが、ねらいでした。

その構想が芽生えてから3年後の平成11年2月に、中国電力の技術訓練センター(現在は、品質保証センター技術訓練棟)に装置が完成し、平成11年から実際に使われ始めました。装置は一辺2m余りの正方形に近い台と、その上に載る配管やモーターなどを模擬した機器類から構成されています。

この装置では、例えば次のような異常徴候を経験できます。

@「ウォーターハンマー」
 配管内で流速が急に変わる時には、大きな振動と音が発生する。この装置では、このウォーターハンマーに似た現象を発生させている。

A「軸受の振動」
 モーターとポンプをつなぐ部分にあるカップリングに錘(おもり)を取り付けて運転し、軸受に生じる振動を振動計で測るとともに、実際に手で触れた触感と比較し、振動感覚を体感する。

B「軸受の異音」
 モーターとポンプをつなぐ軸受に、正常なものと、あらかじめ傷をつけたものの2つを用意し、それぞれの回転音を聴診棒で聞き比べ、異常音を体感する。

C「配管振動」
 起振装置を使って配管を強制的に振動させて、振動計で測るとともに、実際に手で触れた触感と比較し、振動感覚を体感する。また配管のサポートの有無による振動への影響を確認する。

この装置を使った1日がかりの研修は、技術系の新入社員には必修となっており、平成11年度から17年度までに約70名が受講しました。このほかに各課のグループ単位でも、この装置を使った半日から1日かけた研修が行われており、これまでに受講した人数は17年度までで約190名にのぼっています。

この体感装置の効用について、技術訓練センターでこの装置の運営に携わっている管理職者は、次のように語っています。

「新人社員に対する研修では、この装置について簡単に説明しただけで手順書を渡し、彼ら自身の手で様々な状態を体感させ、その様子を経験してもらっている。その後に、改めて解説を加えることで、トラブルへの対応について深い理解ができるようになる」

「研修をうけた参加者からは、ふだんは経験することができないウォーターハンマーや軸受の異音、振動などを実際に体感し、パトロール中に機器の異常微候を察知するための能力が養えたとの感想があった」

さらに中国電力の経営層の1人は、こう語りました。

「技術継承と、人材育成は重要な課題だ。昔は原子力発電所が立ち上がる時には、最初にこの機器がこんな音を出し始め、次にこの機器がこんなふうになると説明できる社員が、大勢いた。それは教えられたというより、彼らが体で覚えた知識であり、原子力発電所の建設機会が減り、そうした経験の伝承が難しくなった。体感装置は、そのための工夫の1つである」

この体感装置は、現場で働く人たちが、安全確保のための技術力向上をめざした方策として提案し、実現したものです。装置を使った研修が効果を挙げていることは言うまでもありません。さらにこの装置をつくる際に、提案した人たちは発電所にどんな異常徴候があるのか、そのうちどれを選んで装置に組み込むかという議論を活発に行いました。その意味でこの装置の製作は、現場で働く人たちの創意工夫と動機づけに大きく貢献しており、安全文化を醸成する上での良好事例だといえます。

電力会社とグループ会社が一体となった保修業務への取り組み 四国電力
「グループ会社に電力会社社員が多数出向し、相互の安全意識と技術力を向上させる」

   ◇   ◇

伊方発電所では平成12年5月から、安全意識高揚とグループとしての一体感醸成をめざす「伊方ネット21活動」を始めました。伊方発電所で働く人全員を対象にした運動で、協力会社、グループ会社と四国電力の社員が日常的な交流を深めるとともに、安全意識の向上や安全文化、一体感の醸成を図ることならびに働きがいのある職場環境づくりを目的にしています。「声かけ」やあいさつ、危険予知、指差呼称などを行うほか、安全パトロールやイベントの実施はもちろんボランティア活動などにも取り組んでいます。

また発電所には、各設備に担当者の写真が貼ってあります。これは作業する担当者に達成感と愛着をもってもらうことで、マイプラント意識を向上させるのがねらいです。

さらに平成15年8月から発電所員を数十人単位で、現業作業を担っているグループ会社である電気・機械関連、計装関連、化学・放射線管理関連などの会社に出向させることで、四国電力とグループ会社が、四国電力グループとして一体となって保修業務などに取り組み、相互に技術力を向上し、自立できる体制の構築を目指しています。直接的には、

  • グループ会社の一員として直接設備に触れる機会を増やし、現場技術力を習得
  • 四国電力の技術力およびグループ会社の管理能力の向上により、保全の最適化を推進
  • 四国電力とグループ会社の重複作業を廃止し、効率化を推進

が目的ですが、四国電力とグループ会社間の垣根をなくし、コミュニケーションの円滑化など安全文化の構築に役立つ結果も現れてきています。

出向者数は平成15年8月に56 人、16年3月に32人、17年3月に15人と数十人規模で出向が行われ、平成18年1月現在、伊方発電所内のグループ会社への四国電力からの出向者数累計は150人に上ります。

出向者の人選に当たっては、ベテラン層、中堅層および若年層のバランスに配慮して、四国電力の保守管理ノウハウのグループ会社への移転と若年社員の現場技術の体得を図ることに留意しています。若年層からベテラン層までをグループ会社の担当レベルから管理職レベルまで配属し、グループ会社社員と出向者が一体となって保修業務に取り組ませています。

出向解除後は、出向中に各人の体得した能力・適性により、発電所の各グループ(発電、品質保証、安全技術など)、原子力保安研修所、本店原子力部などに配置することとなります。

実際に出向した社員を対象にした意見交換やアンケート結果から、

  • コミュニケーションが良くなった。
  • 情報を伝達する際の階層の壁が少なくなり多層性がなくなった。
  • 一体感が醸成された。

との意見や感想が寄せられています。

四国電力は、この取組により、グループ会社社員の保守管理能力が向上したほか保修グループ担当者間のコミュニケーションの向上により、ヒューマンエラーが少なくなったと考えています。さらに、これらの相乗効果により、伊方発電所で働く人全員のマイプラント意識の向上にも良い影響を与えていると考えております。

本事例は、電力会社と協力会社の協力体制の構築、現場で実際に作業をする人の間のコミュニケーションの構築などを検討するに当たって、様々な示唆を与えています。


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