[原子力産業新聞] 2007年2月15日 第2367号 <2面>

クローズアップ 東大院原子力専攻教授 班目春樹氏に聞く 3月に「原子力法制研究会」新設 初の抜本改正、“日本特殊論”脱却も

――わが国の「原子力法制」が“制度疲労”に陥っていると言われるが、どういうことか。

班目 原子力平和利用がスタートして半世紀、わが国の原子力施設等は、主として原子炉等規制法と電気事業法によって規制されているが、この間、諸状況が一変したにもかかわらず、法体系の抜本的改正は一度も行われず、必要な都度、別法・付則の制定や法解釈の運用で切り抜けてきた。規制制度の目的は原子力安全にあり、規制当局も産業界もこの共通の目的に向かって協調して走らなければならないのだが、制度がどんどん複雑化することで現場の混乱が増幅され、産業界からは規制の在り方に対する不信の念が高まっている。ただ、現在の法体系が直接的問題の引き金になっているとは必ずしも言えず、特に「炉規法と電事法を改正、一本化しないと問題は解決できない」という見方は誤解だと私は思う。

とはいえ、こうした微小修正の積み重ねで対応してきた結果、規制当局(原子力安全・保安院)にも、産業界にも、ましてや大学のいずれにも、原子力法体系上の問題が一体どういうところにあるか包括的に分かる人がほとんどいなくなったことが一番問題。これが何を引き起こすかというと、例えば、内閣法制局に法改正を要望しても、「それなら、こう解釈すれば済むことではないか」と突き返されたときに反論する手立てがなく、各個撃破されてしまう。したがって、まず原子力法体系全体の問題をきちっと整理し、文書化する必要がある。過去にも整理された例はあるが、すでに“古文書化”して、その存在さえ定かでない。そこで、直接利害関係のないわれわれのような大学関係者が主導してまず問題点を洗いざらい整理し、大学、産業界、規制当局3者が協働して問題の共通認識を持った上で、今後の個別問題に対応していくことで意見の一致を見た。

――現在の法体系のままでは具体的にどのような弊害、問題があるのか。

班目 法体系が複雑になり、内容的重複や運用が歪められている点も否定できない。また、「法律にこう書いてあるから」という理由で現場が混乱、余分な負担、労力を強いられるケースも増えている。たとえば、保安院の人間が立ち会わなくても検査は事業者でどんどん進めればいいのだが、これまでの慣行で、「保安院に立ち会ってもらわないと不安」という文化が根強い。この本質は、法全体を議論しないで小手先の対応に終始してきたことにあり、そこをきちんとして現場の人も法的根拠に基づく「本質は何か」を理解し、しっかり対応できるように変革していく必要がある。

また、例えば原子力安全委員会の「安全指針」に基づく「ダブルチェック」も海外の常識では理解できないことの1つ。法的位置づけがはっきりしていない「安全指針」が2次審査で使われるため1次審査でも尊重されるといった法理論的に見て不可思議なことが行われている。このほか、日本と海外諸国との法制度の違いは大きく、ではどうすれば良いかの解はないにしても、「どういう問題を引き起こしつつあるか」、「国際的動静に合わせていくにはどうしなければいけないのか」等、改めて今から勉強していく必要がある。

特に昨今、世界の安全規制は「類似審査の繰り返し」を避ける方向にある。日本は燃料1つとってもすべてダブルチェックで個別審査しており、世界標準からは明らかにずれている。今年は国際原子力機関(IAEA)の規制制度に関する評価(IRRS)が日本の安全委員会や保安院を対象に実施されることになっており、その際、日本独自の安全規制の在り方が問題提起の対象となる可能性もある。さらに、今後、原子力ビジネスの国際展開が重要になるにつれ、日本には原子力プラントの型式認証制度がないことが大きな支障にもなりかねない。もちろん、安全を絶対視する日本には日本の主張、文化があるが、世界的な原子力ルネサンスの勢いが増し、わが国が原子力で世界を主導していくには、もはや日本特殊論≠ヘ通用せず、そこからの脱却が課題といえよう。

――原産協会でも現行法体系見直しを検討しているようだが、「原子力法制研究会」の概要、取り組みを聞きたい。

班目 「原子力法制研究会」は、東京大学大学院工学系研究科原子力国際専攻と公共政策大学院がイニシアチブをとり、3月1日に発足、現在の原子力法制の問題点を洗い出して整理・分析を行い、解決すべき課題を抽出した上で、中長期的課題として法制度の在るべき姿を検討する。その際、IAEAの安全ガイドなど国際的に通用している法制度の考え方と矛盾のないものとするとともに、海外の法体系をも参照しつつ、わが国の社会・風土に馴染む法体系を検討する。

研究会には、電力中央研究所・社会経済研究所、原子力安全・保安院、文部科学省、原子力安全基盤機構、電力会社、メーカー、および日本原子力産業協会等から参加を予定。原子力規制の諸課題としては、物質規制と法規制など「法の立て方」、「炉規法と電事法の重複」、「規制体制(安全委員会)の在り方」、「型式認定」など幅広で、調査課題のうち法改正に値するか否かを基準に、9月までに“一応の結論”を取りまとめる。さらに、高い立場から検討しコンセンサス醸成を図るため、今秋をめどに原子力学会内に設置される予定の「原子力法規制に関する検討委員会」に研究結果を発表する計画だ。

(原子力ジャーナリスト 中 英昌)


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