[原子力産業新聞] 2007年10月26日 第2401号 <8面>

〈原子力機構理事長賞〉新潟県立燕中等教育学校・3年 近藤 和葉 地球と未来の担い手になるために

平成19年7月16日、新潟県中越沖地震が発生した。多くの民家が倒壊し、避難場所には、避難せざるを得ない多くの人々が集まった。大きな爪痕を残した地震だったが、その中でも特に大きな被害を受けたのが、柏崎刈羽原子力発電所だった。

地震により漏れた絶縁油にショートして、火花が引火し、3号機変圧器で火災が起きた。他にも放射能漏れトラブルなどが発生した。そのため柏崎の海は全く人気がなくなったという。しかし私は放射能漏れといっても微量だし、体に害はないと思っていた。それでも母は「魚に悪い影響を及ぼすかもしれない」と不安を漏らしていた。

火災は目に見えるが、放射線は見えないので、恐怖は大きいと思う。それが漏れたというのだから、不安を漏らすのも仕方がない。しかしそれは、放射線についての知識が乏しいからだ。

私の学校では2年生になると、東海・筑波科学の旅という、2日間の旅行に行く。私は去年、東海村の日本原子力研究開発機構を見学した。目の前に海が広がり、多くの緑に囲まれたその建物では、科学技術の発展の基礎となる研究を行なっていた。

「放射線は危険だ」ということは、誰もが知っている。しかし原子力発電所のまわりで受ける量は、年間で0.05ミリシーベルトで、それよりもっと多くの放射線を私たちは受けているのだ。例えば世界中で1番多いブラジルのガラパリ市で受ける量は、年間で10ミリシーベルト。1年間に自然から受ける量は2.4ミリシーベルト。私たちが「危険」と言っていた放射線は、原子力発電所のまわりで受ける量より、自然から受ける量のほうが、何倍も多いのだ。空気中のラドンや大地、宇宙、そして食物からも私たちは知らず知らずのうちに、放射線を受けていたのだ。私は旅行に行くまで全く知らなかった。そして何も知らないというのは、恐ろしいと感じた。柏崎の海に微量な放射能漏れがあったと述べたが、私たちはそれより多くの放射線を普段から受けていたのかも知れない。微量であれば、放射線は私たちの体に害を及ぼす心配は全くないのだ。

放射線は他にも多くのことに使用されている。主に胃や胸のレントゲン撮影や、胸部のX線コンピュータ断層撮影検査などだ。意外なことにジャガイモの芽止めや、ネギの伸びすぎを止めることにも活躍している。私たちが「危険」と言っていた放射線は、私たちの「安全」のために役立っていて、私たちの暮らしの中になくてはならない存在になっている。

地震から1か月以上たった今も、地震についての話題が、新聞から消えることはない。ガスの復旧や仮設住宅、柏崎刈羽原発の話題などが載っている。しかし柏崎刈羽原子力発電所については、放射線漏れの被害などのマイナスな記事が目立った。

これでは読んだ人が「やっぱり放射能は危険なんだ。微量でも害を及ぼすんだ」と誤解をまねくかもしれない。原子力発電所は二酸化炭素を出さずに、エネルギー源として電気をとり出す、地球に優しい存在だ。それに胃や胸のレントゲンなどの医療の現場でも、放射線は大いに役立っている。

「原子力発電所や放射線は危険」という考えはもう古い。私たちの日常の中に放射線は広く浸透している。ただそれを多くの人が知らないから、いつまでたっても「危険」という先入観にとらわれているのだ。テレビや新聞だけの情報が全てではない。自分の目で確かめなければ本当の情報は得られない。原子力エネルギーは、私たちの暮らしを担う大切な存在だ。私たちは原子力エネルギーと上手につき合い、地球のため、未来のための担い手にならなければならない。


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