【寄稿】小型原子炉の開発 4S炉 燃料交換せず30年運転 東芝、米NRCに設計承認申請 「小型原子炉4S炉のニーズと開発状況」 東芝 原子力事業部 飯田式彦



1.はじめに

1980年代にアフリカを襲った大干ばつにより多くの人命が失われた。当時その映像を、テレビを通してみることしか出来なかった私達でしたが、それでもアフリカをとりまく環境悪化の速さと大きさに、衝撃を受けた。同じ思いを抱いていた電力中央研究所の服部禎男理事(当時)から、アフリカの脆弱な環境に大きな負担をかけずにエネルギーを集中的に投入できる原子力を創造し、それを活用して、アフリカの、特にサハラ砂漠南縁のサヘル地域の人たちに手を差し伸べられないか、という問いかけがあったのがこの時期だ。砂漠化の進展を防止、回復するために、緑を生産すべく、淡水を製造し植物の育成に役立てることの重要性が認識された。

このような地域で運転できる原子力発電所とは、どのような要件を満たすべきであろうか、と私達の探索が始まった。そうして、1989年に米国原子力学会に、「砂漠化防止のための原子力による緑地帯の創生」というタイトルで、新しい原子炉の構想を世に問いかけたのが4S(Super−Safe,Small and Simple)炉の始まりだ。

2.運転員への負担が少ない原子炉を目指す

良質な運転員や保守要員を手に入れることが難しい地域で、運転できるような原子炉が持つ要件とはなにか。これは後に、水がひときわ重要な地域への淡水供給だけではなく、アラスカの内陸地域、開発を今後進める奥深い山にある鉱山においても、共通の要件として挙げられた。

現在、原子力発電所には、多くの運転員や保守要員が、燃料交換、定期的な検査、プラント起動時、に携わる。4S炉が必要とされる地域では、これら人員は望めないため、まずは、多くの人手を要する燃料交換をしないで、プラントを最後まで運転することが重要な要件になる。燃料交換間隔を長く設計する方法には、いくつか考えられるが、燃料をできるだけ多く炉心に装荷し、かつ高速中性子下で一部の親物質を核分裂性物質に転換しつつ、そして高い密度の燃料を用いることが有効だ。

4S炉は、ナトリウム冷却高速中性子炉心を基準に、燃料密度の高い太径の金属燃料を採用することにより燃料が炉心に占める量を大きくする。燃料の交換間隔が長くなっても運転に必要な機器の寿命が短く、頻繁に交換が必要だと、運転員の削減にはつながらない。高速中性子炉制御棒の運転経験によれば、制御棒ペレットの割れが生じ、核的な寿命前に交換を余儀なくされる。制御棒を使わない炉心制御方式が望まれた。

4S炉では高速中性子の平均自由工程の長さに着目し、炉心を外から囲む反射体により炉心を臨界にするだけではなく、燃焼制御も可能となるよう、さまざまな工夫をしている。反射体そのものは中性子照射に強い高クロム鋼を採用しており、プラント寿命中、交換を不要とした。

運転を容易にするための他の重要な要因は、燃料被覆管の破損が検出された場合の処置に関するものだ。被覆管が破損して燃料部と冷却材が接触すると、化合物を形成してさらに破損部位を拡大することが知られている。したがって、運転を止め、破損燃料の位置を特定して、さらに破損燃料を取り出す操作が必要となる。このため大規模な運転操作が必要とされ、4S炉を設置する地域ではとても考えられない作業になろう。燃料被覆管が破損して、そのまま運転を継続しても破損が拡大もせず、運転を続行できる。そのために、被覆管の中に冷却材と同じナトリウムを封入した金属燃料が、上述の高い燃料密度の必要性とは別の理由で採用される。被覆管が破損しても運転を続行できることが、米国の試験炉で実証されている。

現状の発電所では定期的な検査にかかる人員も膨大だ。各種の弁の開閉動作確認、待機状態にある安全システムの検査、規制上要求されている供用期間中の検査、回転部をもつ諸機器の冷却システムを含めた保守・補修、を大きく低減することが必要になる。

導電性がある4S炉冷却材ナトリウムにより、回転部がいらない電磁ポンプを採用することができる。電磁ポンプは昔からナトリウム冷却炉の補助ポンプとして使われていた。これまで配管の外側に配管を抱き込むように設置する。それは発熱を冷却するための冷却システムを外部に持つ必要があったからだ。4S炉では、発熱部を冷却しなくとも絶縁破壊が生じない新しい絶縁材料を開発した。この結果、電磁ポンプを原子炉の中、冷却材に浸漬させて機器と合体させて使うことが可能となった。検査は原子炉の外から電磁ポンプケーブルの導電性をチェックするだけだ。

4S炉では、検査を必要とする動的機器をさらに削減するために、崩壊熱を冷却材と外気の自然循環により除去できるシステムを採用している。システムの起動に必要な動的な弁がなく、ポンプ駆動にも期待することなく、原子炉からの放熱を外気の自然通風のみで除去する。これまでの発電炉と比較して、検査、保守作業を大幅に低減した。安全システムにおいては、安全保護系の信号系、検出系に対する定期的な検査が義務付けられている。この作業を削減するためには、安全保護系信号そのものの数を減らすことが必要になる。4S炉の大きな熱慣性によるゆっくりした過渡挙動、以下に述べる負の冷却材温度係数による穏やかな反応度挙動の特徴を使い、安全保護系信号の数を劇的に低減している。

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ナトリウム炉で最も不安視されていた課題は2つある。正の冷却材温度係数と蒸気発生器の水漏洩に伴うナトリウム水反応だ。この懸案に対して、これまでは動作の速い検出系や安全系を設置している。これらの系統がいつでも十分に機能できるように入念なメンテナンスが必要だ。4S炉では冷却材温度係数がゼロ以下になるように、中性子の漏洩を増大させる炉心とした。小さい径の炉心により外周からの中性子漏洩を増大させて温度係数をゼロ以下としている。この結果、ポンプが突然停止しても、外部の電源が喪失する過渡事象時にも冷却材の温度変化は緩慢であり、運転員のどんな操作も不要だ。さらに、2系統の独立な炉停止装置が故障したとしても、炉心は自然に安全な状態に移行し、運転員による操作は不要だ。

従来、蒸気発生器の伝熱管が漏洩すると、ナトリウムと水・蒸気が反応して、圧力と水素が発生するとともに、ナトリウム水反応生成物が生ずる。反応を検知して、すみやかに原子炉を停止するために運転員の早い行動が要求されてきた。4S炉では、運転員の負担を軽減するために蒸気発生器の伝熱管を二重管にして、管と管の間に金属メッシュを密着させ、ヘリウムを封入・循環させた新しい二重管蒸気発生器を採用した。蒸気発生器の伝熱管は水、蒸気の流れる側からの腐食が破損につながる例がほとんどだ。二重管蒸気発生器では、内側の伝熱管がその環境にある。内側の伝熱管が腐食により破損した場合、管と管の間のヘリウム中に流出した蒸気は蒸気発生器本体の上にあるヘリウム内の水分を検出するシステムで検出される。

破損が検出された場合に運転を停止して、蒸気発生器の状態を調べる。検出ができずに破損が外管にまで拡大して、ナトリウムと水の反応が生じる可能性はあり得るが、その頻度を10のマイナス10乗/年以下とするように、材料選定と溶接方法の工夫を行って、伝熱管信頼性向上を図っている。定期的な溶接検査が求められた場合にも、外管の溶接部を内管の内側から体積検査ができるような新しい検出器を開発済みだ。

炉心の燃料が全部破損するような仮想的事故時に、住民を退避させる計画が、通常の原子力プラントでは取られている。4S炉の燃料の被覆管がすべて破損したと仮想する。不揮発性放射性物質のほとんどが、ナトリウム中に捕獲されて、希ガスのみが一次系ナトリウム中から分離する。

まず、原子炉の上部蓋、次に鋼製格納容器が希ガスの環境漏洩に対する障壁となり、環境への放射性物質の放出量は軽微にとどまる。原子炉の中心から数十m離れた場所での被曝線量は規制値を下回る。したがって、住民を退避させる必要はない。これも運転員の苦労を大きく取り除くことになる。

3.開発技術の国際標準化

4S炉を導入する、と自治体自らが表明してくれた最初の場所が、アラスカだった。この期待を受け止めて、アラスカに足を運び市議会、市長、州議員、知事との会談を重ねた。

一方、淡水に不足するいくつかの新興国からも熱心な関心が寄せられている。さらにカナダアルバータ州のいくつかの石油開発機関からも、オイルサンド抽出に使う高温蒸気源として、炭酸ガスの出ない4S炉への期待が表明され始めた。これらの期待に応えるために、国際的に通じる許認可を取得し、開発技術の標準化を図る必要がある。

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現在、もっとも高度な規制システムを持つ米国原子力規制委員会(NRC)の設計承認を得ることが、4S炉技術を世界に広める早道であると理解した。こうして4S炉技術を世界標準とするべくNRC審査を開始した。ところで、NRCはナトリウム冷却炉のための専用の規制体系を持っていない。私達のアプローチは、現在の軽水冷却炉を対象とした規制体系を全部踏襲し、その上でナトリウム冷却特有の課題について設計の考え方を上乗せした方法を選んだ。

これまでNRCと多くの議論を重ねてきた結果、次の点に4S炉に対するNRCの問題意識があることが分かった。

(1)決定論的設計審査を基本とする

(2)ナトリウム炉の特徴を上乗せさせた設計指針と安全評価の考え方については申請者とは独立した機関による制定が必要なこと

(3)設計に使用した解析コードおよびコードの検証に使用した試験データについては、NRCの要求する品質管理のもとで再構築、場合によっては新しく試験データを取り直す必要があること

(4)炉心を損傷させる可能性のある事故については、その発生を防止する、事故の進展を防止するための追加安全措置は何か、そしてなぜそれが効果的かについて、これまでNRCから考え方が提出されている公的報告書に対する回答という形をとる体系的な説明を要すること

(5)主要な機器が故障した場合の対処の方法を明確にすること

(6)米国内で4S炉建設をコミットする電力会社などの機関が名乗りを上げることが審査の優先度を上げること。

これまで、200件を超える質問を受けた。NRCの質問に逐一回答するとともに、まとまった報告書の提出を行いつつ、来年度に本格的な審査を開始するべく準備を行っている現状だ。

4.おわりに

4S炉は日本で考案した原子炉であり、それを世界のニーズに合わせて標準化し、展開すべく日本としては、珍しい初めての試みを行っている。このチャレンジの大きさに対して、今後とも皆さんの多大なご支援をお願いしたい。


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