政権公約の裏の裏 独新政権の原子力政策の行方 木口 壮一郎氏(ジャーナリスト)

ドイツでは前回選挙から4年ぶりとなる連邦議会選挙を27日に控え、原子力産業界では脱原子力政策転換のチャンスとの期待が高まっている。同政策の行方について、ドイツの政治問題に詳しいジャーナリストの木口壮一郎氏に解説を願った。

9月27日のドイツ総選挙まであと10日ほどに迫った。直近の世論調査では、原子力推進勢力であるキリスト教民主・社会同盟(CDU/CSU)と自由民主党(FDP)が勝利し、反原子力勢力の社会民主党(SPD)との現在の大連立政権は解消される観測が強まっている。選挙なので最後の最後まで予断を許さないが、かりにCDU/CSUとFDPの2党連立政権が発足した場合のドイツの新たな原子力政策の方向性を占ってみたい。

CDU/CSUはキリスト教徒を主な支持基盤とする保守政党で、メルケル現首相をはじめ、これまで5人の首相(戦後通算8人中)を輩出している。一方、FDPは名称からわが国の自民党を連想しがちであるが、小さな政府や民間活力の導入を訴える自由主義政党である。政権与党の常連で、1949〜66年と82〜98年までCDU/CSUと、また69〜82年までSPDと連立政権を組んだことがある。

■基本的な共通の原子力政策は?

ドイツ諸政党のマニフェストは文章中心で分厚い。ビジュアルであるが、薄っぺらいわが国諸政党のそれとは趣が異なっている。しかし、原子力政策に触れた部分は、CDU/CSUで半ページ程度、FDPは1ページ程度と、非常にあっさりしている。

両党は、原子力発電の必要性を強く認識しているので、原子力政策そのものが非常に似通っている。共通する主な主張は、@発電枠融通による原発の運転期間延長AゴアレーベンHLW最終処分候補地の調査続行――の2点に集約される。

ドイツでは2001年6月に、当時のSPDと緑の党から成る反原子力連立政権が、大手電力会社と脱原子力協定を結んで、決められた発電枠を使い果たした原子力発電所から順次閉鎖することにした。その予定表によると、次期政権4年の任期中に、運転中17基のうち、ネッカー、ビブリスA、ブルンスビュッテル、イザール1、フィリップスブルク1の最低5基が閉鎖を迫られる。しかし、法定電力生産量に余裕のある発電所から発電枠を融通して、これら古い発電所の運転期間を延長する新たな政策に切り替える、というのが@である。

また、そのときの脱原子力協定で、ゴアレーベン岩塩洞窟の調査が10年間凍結されたが、近々解除される。その際、調査を続行して最終的な結論を得るべきだ、というのがAである。いずれも、社会民主党や緑の党は猛反対している。

■そもそも原子力発電 の位置づけは?

原子力発電の位置づけについて、CDU/CSUは「橋渡しテクノロジー」(英語でbridg-ing technology)、FDPは「過渡的テクノロジー」(transitional technology)と表現し、示し合わせたかのように酷似している。どちらも、原子力発電を「本命の電源」が登場してくるまでの「つなぎ」にすぎない、という印象作りに腐心している。もちろん、こういう表現は、反原子力に傾きがちな世論に精いっぱい配慮し、耳ざわりよくぼかした結果である。

では、「本命の電源」とは何なのか。どういう条件がそろえば、原子力を退場させるのか。CDU/CSUの場合、その条件は、「環境に優しく、コスト面で有利な代替電源が十分に利用できること」である。FDPの場合は、条件がもっと具体的である。それは2つあって、@再生可能エネルギーで十分にベースロード電源が賄えることA石炭火力発電所対象の二酸化炭素回収貯留技術(CCS)を大規模に活用できること――である。

ドイツ連邦政府は近年、海上風力発電や太陽光発電など、再生可能エネルギー発電の推進に力を入れている。しかし、その電源構成をみれば、相変わらず石炭火力が半分以上で、原子力、天然ガス火力と合わせ3者だけで約9割を占めているのが実情である。近い将来、再生可能エネルギーを大幅に増強し、ベースロード電源に格上げするのは至難の業といえる。

また、これまで連邦政府は、CCS技術の推進にも熱心だった。これは主に石炭火力発電所から排出されるCOを人為的に分離回収し、専用搬送パイプラインを使って深地層岩盤まで運び貯留する技術をいう。実際、連邦政府は今年4月、CCS技術推進の枠組みを定める法案を閣議決定した。

しかし、同じ与党のCDU/CSUから、住民のパブリック・アクセプタンスの欠如を主な理由に、強い反対論が噴出し、6月には議会上程さえできなくなった。ドイツでは、石炭業界を強力な支持母体とするSPDが石炭火力発電を延命させるための政治的方便として、CCS技術の推進を強く主張している。いずれにしても、CCS技術は確立した技術とは到底言えず、実用化までの道のりはまだまだ険しい。

それゆえ、FDPのいう「過渡的テクノロジー」とは一種のレトリックである。実際の「過渡」期間は、かなり長期間続かざるをえない。FDPは、「これから先、末永く原子力発電を活用していく」とのシグナルを密かに送っているのである。

■新規原子力発電所の建設は?

CDU/CSUは、前回2005年の総選挙でマニフェストに盛り込まなかった点に今回、あえて踏み込んだ。それは、「新規原子力発電所の建設をわれわれは拒絶する」という文言である。この「拒絶する」は、英語でいうとrejectであり、かなりきつい表現である。

なぜ今回、そこまで公約する必要があったのか。それは、選挙の勝敗は最終的に無党派層の動向しだいであり、この層に原子力に批判的な人が多いからである。そこで、無党派層をいたずらに刺激し、最後の段階で取り逃がさないよう気配りをした。CDU/CSUの中に大勢いる新規建設推進派は今回、不気味なほど沈黙し続けている。彼らにとって、選挙勝利がなによりも先決であり、既存原子炉の運転延長こそ優先される。それさえクリアできないうちに、新規建設の話などできるはずもない、というのが本音だろう。

わが国の総選挙のケースもそうであるが、マニフェスト選挙の場合、せいぜい任期4年間で実行できる公約だけが話題となる。そのため、極めて短視眼的な政策のオンパレードになりがちである。CDU/CSUの場合も、「新規建設を拒絶する」のは、今後4年間に限定した話である。実際問題として、白紙の状態から4年間で新規着工にこぎつけるのは、どんな国でも難しい。だからCDU/CSUのこの公約は、何も言っていないに等しい。

一方、FDPの場合、新規建設を凍結・禁止する約束をいっさいしていない。したがって、「ドイツではすべての政党が新規建設に反対している」との見方があるとすれば、誤りである。FDPは、新規建設のオプションを持つ唯一の政党である。前述したように、FDPにとって原子力は「過渡的テクノロジー」にすぎないが、その「過渡」期間は事実上、無限大になりうるからである。そのFDPは今回の選挙で、結党以来最大の議席を獲得する勢いである。


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