【論人】 齊木乃里子 (株)日本総合研究所総合研究部門マーケティング戦略クラスター 「相手の言葉」で話すことの大切さ

コンサルタントの仕事とは、顧客である企業のお手伝いをすることである。この不況下、どんな業種・業界のお客様とお話していても、とにかく深刻なのが「モノが売れない」ことだ。このような市況の中で、私たちは、「いかに高く」「いかに多く」売れるようにできないのか、というお声を頂戴することが多い。そこでマーケティングが専門の私がご支援できるのは、前者でいえば「ブランドの確立」、後者でいえば「営業力強化」である。

この2つは、企業の中で言えば、全然違う部署の人が、全く別の機能やスキルを駆使して展開するものだ。ただ「自分(自社、もしくは自社商品)を分かってもらわないと、土俵にも上がれない」という点では共通している。分からないもの、知らないものは否定されるか(恐いと思われるか)、無視されるかのどちらか、だからである。

まず、ブランドに関していうと、一般に、「良いイメージ」を広告・宣伝で植えつければよいというような理解があるようだが、むしろ、「良いイメージ」よりも「正確な(本当の)自分(自社、自社商品)」を語るほうが重要だ。イメージを、多額の費用をかけて流すよりは、歴史や特徴、主要な顧客とそれに対する思い、なりたい姿などを伝えるほうがよほど印象に残り、成果にもつながる。

同時に、ブランドの確立には「継続性」も重要だ。1回の文章やメッセージで何とかなるほど世の中は甘くない。繰り返し、コミュニケーションを積み重ねることで出せる結果がある。と同時に、「繰り返す」という作業をして初めて、「本当に伝えたい人に、伝えたいように伝わっているか」を確認するという意識が芽生える。伝達すべきメッセージを作成し、流したところで達成感を味わうのは早計なのである。

また、「誠実さ」「真摯さ」も必要である。言いたいことを、自分たちに有利になるような方法でのみ伝えても、受け手の理解や歩み寄りは得られない。ブランドづくりもそうだが、営業の世界ではもっと如実にそれが響いてくる。普段、私たちが営業担当者や接客担当者に話をするのは、「自社の商品・サービスを勧めようとするあまり、競合他社や代替品を否定してはいけない」ということである。例えば化粧品でいうと、初めて化粧品に触れる人以外はたいてい何かしらの商品を使っている。今まで使用してきた化粧水が間違いだったと店員に否定されて、いやな気持ちがしない消費者はいない。すでに顧客が採用している競合商品・サービスの長所を知り、そこもあわせて肯定した上で、自社の商品・サービスの良さをわかってもらう必要があるのだ。

営業や接客に不可欠なのは、「顧客にとってメリットとなるようなことを、自社の商品・サービスを“手段”として実現してもらう」という考え方だ。食品の世界では、持ち運びや保存のための耐久性と、家庭で手づくりしたときの見た目や状態の再現が、両立できないことが多い。しかし、その困難な技術が実現できたとして、企業がそのためにした苦労は、顧客や最終消費者には関係がない。顧客である販売店には「顧客の目にとまる」とか「売れる」、最終消費者には「体に○○といった効果がある」といったことのほうが重要なのだ。

つまり、技術を語るにしても、そのままではなく、「相手にわかるように、相手の文脈で」話をしないといけないということになる。

一企業の話ではすまないエネルギーの世界も同様ではないだろうか。

「この食材は農薬を使っているのが当たり前」で、いくら安全な農薬について専門用語で語られても納得できず、なるべく安全な食材を探そうとする消費者心理と同じく、原子力エネルギーも、既に使われていることを謳うだけ、メリットを伝えるだけでは納得できない人は多いだろう。安全対策についても、技術的なことをそのまま語るのではなく、比喩を用いるなど、分かってもらいやすさへの工夫はもっとできるはずだし、その工夫こそが誠実さの表現となる。

理解促進のためには、1つの文章や1回のメッセージで、すべての人に分かってもらおうとせず、理解してもらうべき人たちの要望や情報蓄積レベルに合わせた情報発信をするべきなのだ。

そして、そのときは、「自分の言葉」ではなく、「相手の“言語”」で話をするということをお勧めしたい。


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