原子力の日特集【コアリーダーに聞く】(プラントメーカー) 新成長戦略「原子力」と日本の覚悟 −−「政治主導・オールジャパン」で「戦国時代」へ 21世紀リーダー国の条件 日本原子力産業協会 副会長、東芝会長 西田厚聰氏 米WH買収「勇断」の背景・真相・思い 世界に誇れる事業にして次世代へ

東芝は2006年2月月8日に西田厚聰社長(=当時)が世界的な原子炉メーカー、米国ウェスチングハウス(WH)社の電撃的買収を発表、世界に激震が走った。これを口火に日本のプラントメーカー3社が主導する国際原子力産業再編が一気に加速、現在の原子力業界勢力図(5社・3グループ体制)が固まった。その後の積極攻勢経営とも合わせ、東芝の「原子力グローバル化・国家成長戦略時代」を見越した先見の明として動向が注目を集める。

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─東芝のトップ経営者として原子力ビジネスに賭ける「経営の心」を聞きたい。

西田 私は2005年6月に東芝社長に就任した際、「地球内企業」という造語を考え経営戦略の一環に掲げた。これは、21世紀における企業は、地球環境問題に対する経営姿勢を明確にすると同時に、猛烈な勢いでグローバル化している経営空間では、その国や地域の歴史、習慣、法律等をよく理解した上で、それぞれの立場に立って物事を考え事業展開をしないといけない。この2つの視点に立ち「地球内企業」という姿勢を打ち出した。

その翌7月に、米国WH社の売却話が偶然浮上した。私はかねてから、原子力産業は今後グローバルな市場での展開になること、また、20世紀には考えなくてよかった「環境の制約」というパラダイム転換の下で事業展開し「成長」するという「二律背反」を両立・克服できる最適の事業だと認識していた。しかも、東芝には半導体事業という経営の柱があるが、景気変動サイクルは数年と非常に短く不安定だ。一方、原子力事業は20〜60年スパンと非常に息が長いので、一企業として半導体と原子力の両事業を2本柱に組み合わせる経営戦略を初めて導入することにした。

当時、東芝の事業計画は10年先の2015年ぐらいまでを展望していたが、原子力事業についてはそれではよく分からない。そこで、2050年ぐらいまでの長い目で事業展開を考えると、もはやわれわれが今まで培ってきた国内主体の事業だけでは大きな展開は望めないとの思いを強くした。そこで、限られた経営資源の中から半導体事業に最大限の投資をし、残る余裕の範囲内であればWHを買収しようと決意するに至った。

経営のリスクと不確実性は紙一重ながら、できるだけ不確実性のところに入り込まずに確実性に限りなく近いところのリスクを取りながら、勇気を持って決断し、断行していく「勇断力≠ェ肝心である。われわれは相当の決意と覚悟でWHの買収に臨んだわけだが、結果的に幸いにもそれが成功した。そこには「環境と成長という二律背反的な要因を、原子力産業なら打ち破れる」という強い信念があったからこそ決断できた。

このWHの買収成功により、東芝という企業が原子力にこれだけの覚悟を持って臨んでおり、しかも日本国内には長年にわたり電力会社とともに培ってきた最先端の技術、実績もあることを世界に示すことができ、東芝の評価・存在感が非常に高まった。これが、たとえばアメリカ・サウステキサスで日本で開発した改良型沸騰水型軽水炉(ABWR)2基を受注できた大きな要因につながる。われわれの現在の技術もこれまでの日本の一貫した原子力政策と、電力会社の皆さんの毅然とした決意を土台に培うことができたもので、この技術を今後さらに最先端化してグローバル展開していくことが国際的にも国内にとっても極めて重要だと思う。

世界は今、資金問題等克服しなければならない課題はあるものの、「原子力ルネサンス」が単なる言葉だけではなく相当な勢いでグローバルに実現しつつあり、原子力ビジネスの将来市場は巨大だ。しかし、東芝がWHを買収あるいは原子力事業にこれだけ力を入れているのは、何も私が社長とか会長の間に、これが実現できると思っているからではない。われわれ企業トップとしての使命は、現在ある事業やこれから新しくつくり上げる事業を大きくし、さらに適正利益を生める世界に誇れる事業にして次の世代に引き継いでいくことにある。だからこそ、50年経ってみないと分からないような事業だが、これにわれわれは今、全精力を注ぎ込んでいる。

─原子力ビジネスの市場展望および、世界のプラントメーカーの業界図式に変化はないか。

西田 今後を見渡すと、世界の原子力発電所新規建設計画は先進国、新興国合わせて25年頃までに400基を超える状況にあるので、これを日本連合が全部取ることはあり得ないし、ましてや特定の企業が市場を独占できるわけもない。東芝では、15年までに39基の受注目標を公表している。その意味では、日本の東芝、日立製作所、三菱重工業三社に、フランスのアレバと米国のGEの2社を加え合計5社、このほか国レベルで韓国とロシアがいて、この5社に国も含めた7社間の受注争奪合戦が予想される。

しかし、いずれも原子力の平和利用という目的は明確なうえ、どこかの国に建設した原子力発電所がもし事故を起こせば、同時並行して全世界の原子力産業に大きな痛手を与える。そうした全体の需給関係と相互関係を考えると、必然的に「競争的共存」が基本の姿となる。したがって、競争的共存をすることそのものが地球環境問題に大きく貢献するという認識を持つことが大事だ。

また、国際的な原子力産業界の構図は、06、07年に日本メーカー主導で業界再編が急進展した結果、資本提携関係にある東芝‐WH、日立‐GEそれに、アレバと三菱が戦略的部分提携関係にあるという形で一段落している。将来、再編の可能性がゼロとは言えないが、当面は現在のような状態が続いていくと思う。

─原子力の将来展望も含め「21世紀のリーダー国の条件」は。

西田 企業として原子力事業を担い、しかもグローバルな市場の中でリーダーシップを執っていくためには、リーダーとしてのいろいろな資質・条件が必要になる。われわれの活動の舞台だった国内の原子力産業は極めてドメスティックだっただけに、たとえばWHを買収したことにより、WHの幹部に東芝の戦略の中で活動してもらうためにいろいろ指導するグローバルなマネジメント能力が必要になると同時に、われわれ自身が国内で育て上げた事業を海外で展開する際のグローバルなリーダーシップも必要になっている。

そうなると、言葉の問題は別に、今後のリーダーになっていく人たちには「交渉力」が非常に重要になってくる。しかも、単にビジネスだけの交渉力にとどまらず、政治的な知識、駆け引き、人脈をバックにした交渉力が重要な資質・条件になる。

さらに、これはリーダー国としての条件として、まず、国としてそのつど判断し、決断し、実行して行くに当たり、私は原子力事業は未来永劫続くと信じているが、国の担当者も原子力事業を推進することが「低炭素社会」を実現し地球環境に貢献、さらに未来エネルギーの確保と経済の活性化および発展途上国への国際貢献に役に立つのだという固い信念の下に、政策がぶれないよう強固な意志を持ち続けることが一番大事なことだと思う。また、そのための人材教育も継続的に行う必要がある。

さらに、これも「リーダー国としての条件」だが、リーダーと次に続くフォロアー(2番手、3番手)の差が決定的要因で、技術についても常に最先端を行くことが、非常に辛いことではあるが、リーダーの役割であり、フォロアーとの差になる。

それだけに、日本が原子力で世界のイニシアチブを執り続けるつもりなら、将来技術も含めて、われわれがずっと最先端技術をリードしていかなければならない。その意味ではFBRにしても、実証炉建設時期を50年頃と言わずもっと前倒しして本腰を入れて取り組まないと、これが核不拡散問題にも深く絡んでくるだけに、原子力の本命技術の開発競争に遅れをとるようなことになれば科学技術創造立国・日本の明日はない。

〈「国家資本主義」への対応評価〉

─では、原子力が新成長戦略のグリーンイノベーションでインフラ・システム輸出の主柱となり、当面最大の焦点になっているベトナム第2期原子力発電所建設受注をターゲットに「オールジャパン体制」で国際商戦に臨むが、メーカーとしてどうか。

西田 これも「環境の制約」と同様に非常に新しい世界的現象だと思うが、先進国も含めて原子力プラント・ビジネスに「国家資本主義的な動き」が顕著になってきた。しかも、原子力を新規導入する発展途上国の場合は発電所を建設するだけでなく、それに付随する運用・保守から人材育成、燃料供給、再処理、資金手当て、社会インフラ整備などすべてパッケージにしたワンセットビジネスが求められる。こうなるともう一民間企業で対応できる範囲を超えるので、官民一体となり国家の支援を受け「オールジャパン体制」で海外事業展開しないと商談に勝てない状況をすでに迎えている。

それだけに、もちろん相手国により対応のあり方は一様ではないが、当面、今回のベトナムの第2期建設計画の受注をめざし、政府もトップセールス外交を展開、電力会社やわれわれプラントメーカーも参加して官民でオールジャパンの新会社を設立、国全体で原子力国際展開を推進する機運が盛り上がってきたことを大変評価している。問題は各国とも資金調達に非常に苦労しているが、オールジャパンで取り組む大きな利点の1つがそのファイナンスにある。国際協力銀行(JBIC)からの融資や貿易保険の拡大適用等の協力を得ることで、資金面では、日本が有利ではないかと思う。

また、日本ではこれまで、あらゆる産業でこうした形のコンソーシアム(日本連合)を組むケースは極めて少なかった。しかし、こうしたオールジャパン体制でないと、どうしてもわれわれが勝てないような新興国の原子力発電所建設ビジネスは今後たくさん出てくる。その意味でも今回、国家間の熾烈な競争になっているベトナム商戦での勝敗は、わが国の新興国協力のモデルケースとして特別の重みをもつだけに何とか成功させて、次のプロジェクトにつなげていきたいとの思いでいる。


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