〈胸を張って原子力〉 立地地域主導の新息吹(4)青森県六ヶ所村長 古川 健治氏に聞く 「陸の孤島」から財政豊かな村へ 原子燃料サイクル時代の拠点を担う

―六ヶ所村は、日本の原子力三大集積地の中でも原子燃料サイクルの要である初の商業用使用済み燃料再処理工場の拠点であり、世界的注目度も高い。古川村長は昨年の村長選挙で圧勝、3期9年目を迎えたが、再処理工場の本格操業は2年延期となった。六ヶ所村の苦難の歴史を踏まえ現在の心境は。

古川 1984年に電気事業連合会から青森県に六ヶ所村への再処理工場立地要請があってから四半世紀、この間、86年にはチェルノブイリ事故が起き村内でも賛否両論相半ばする闘争を経験、原子力政策も紆余曲折する中、村民の不安も募った。そうした苦難の歴史を振り返ると、原子力が今、国家成長戦略の表舞台に立ち、それに伴い今後、原子力エネルギー産業が村の経済・雇用の主柱になっていくのかと思うと、実に感慨深い。

六ヶ所村が位置する下北半島は昭和の前半まで鳥も通わぬ陸の孤島≠ニ揶揄され、気候的にも厳しく、半農半漁で「出稼ぎが基幹産業」と言われるほど貧しい村の代名詞のような状態が続いた。日本が高度成長期を迎えたのに合わせ、石油産業を基幹とする大規模工業基地「むつ小川原開発」計画が浮上したが、これも二度にわたる石油危機でとん挫、代わって80年前半に下北半島を原子力の拠点にする構想が進展、今日に至っている。

原子燃料サイクル事業推進に当たり私は、第1に国のエネルギー政策、その中の原子力、とりわけ原子力を準国産エネルギーに昇華させる原子燃料サイクル事業の重要性への認識、第2に大前提となる原子力安全の確保、第3に地域振興への寄与を三本柱に、それが“正三角形≠ナないと地域にとっての原子力政策は進められないとの信念で取り組んできた。それが、これだけ長い時間はかかったが村民に徐々に理解され浸透してきたものと思う。

―そうした曲折を経て、六ヶ所村は今や青森県内トップの富裕村になった。

古川 県民所得など統計上の数字ではトップだが、まだ最富裕村と言える状況ではなく、末端の村民1人ひとりの生活レベルや産業も含めたインフラ整備は一段と充実する必要がある。村の基幹産業は農業など第1次産業の看板を変えていないが、現実は原子燃料サイクル関連産業の就業者数が全体の半分以上を占め、実質基幹産業に成長した。しかし、肝心の再処理工場が廃液漏えい問題やガラス溶融炉のトラブル等で操業時期がさらに2年間延期され2012年になったため、その本格操業を見極めたうえで、改めて原子燃料サイクルを村の基幹産業に位置づけ、後世にサイクル事業の六ヶ所村誘致が歴史的にも評価されるような産業に育てたい。

―再処理工場の本格操業は2年後に本当に可能なのか。また、議論の渦中にある原子力政策大綱の見直しについての要望は。

古川 再処理工場の本格操業時期は2年延期になったが、電力・原子力業界は日本原燃へ新たに4000億円の資金協力を受諾、総力を結集して支援する決意表明をいただいた。また、1月には原子力安全・保安院が廃液漏出事故再発防止・運転技術改善策を妥当と判断、さらに再処理工場と対を成すMOX燃料加工工場も昨年着工しており、本格操業に向け技術的、財政的見通しはより確実性を増していると思う。特に技術的にもあと一歩と言われるだけに、日本独自のガラス溶融炉による再処理方式を成功させ、世界に誇れるような工場になることを心から願っている。   (2面に続く)


お問い合わせは、情報・コミュニケーション部(03-6812-7103)まで