【論人】 尾本 彰 原子力委員、東大特任教授 輸出「黒船」論

原子力界で日夜苦労されている方に失礼と思いつつ、また、大げさな言い方を承知で言うが、輸出は翻って輸出する側にとって黒船みたいなものと思う。

我が国が原子力発電を必要とする国に発電プラントを輸出することは、世界規模での低炭素社会移行と資源セキュリティに関する緊張緩和に技術先進国として貢献でき、あわせて自国における雇用確保に繋がることを意味する。先般ベトナムの原子力発電所2基の建設にむけて協力パートナーに選ばれたことは慶賀の至りである。これに続いて更に多くの国に輸出され、また発電のみならず医療なども含めた広範な原子力技術で、多くの国の生活水準向上と経済発展に貢献することを期待してやまない。今後、地震国に原子力発電が導入される場合、我が国の経験と教訓およびそれらによって培われた技術が彼の国で活用されるようにするのは殆ど責務ですらあると思っている。

ところで、機器は輸出しても発電プラントを維持運営/規制/活用する慣行はどうかなあと思う。

例えば、発電プラントを輸出するに際して、多くの供給メーカーが先ずこれを読んでくれと相手国に提出するのは参照プラントのFSAR(Final Safety Analysis Report)ないしPSAR(Preliminary)である。筆者が独Konvoiプラントの導入の検討に加わった際、まず渡されたのはイランのBushher向けPSARだったと記憶している。UAEも売り込みに際して供給側はまずレファレンス・プラントのPSARを出したと聞いている。日本は「さあこれを読んでくれ」と日本の許認可書類の英文資料を出して、そこで用いられている解析コードを含めた評価項目と手法は世界標準と言えるのだろうか。

また、維持運営/規制/活用する慣行は世界のベスト・プラクティスを参考に磨き上げられたものだろうか?慣行の形成に係る社会環境は、国民の信託を受けてリスクを管理し技術利用の便益を活かせるものになっているのだろうか?

この問題を浮き彫りにする事例がある。私は11月に仙台で開催の保全に関する国際セミナーで、ベンチマーキングによる改善の必要を論じる為に、あるBWRプラントで高圧タービン軸封部からの漏洩が発見されプラント停止に至った最近の事例を例に、米国との比較を試みた。電力需要のピークがでる真夏に起きた事である。幸い、米国にいる知人と米国電力が比較に協力してくれた。

(1)何故漏洩が起きたか 米国では当該部は10万運転時間に一度のオーバーホールが標準だから約10〜12年に1回なので、日本は3〜4倍高い頻度でこれを行っている計算になる。漏洩原因はケーシング合わせ面の磨き作業の不備と報告されている。保全に伴うエラーはオーバーホール頻度が増せば増加するゆえ、適切な頻度を決めなければならないが、日本は輸出先の国に何を推奨するのだろうか。

(2)日本は3秒に1滴の漏洩でプラントを止めたが、米国では止めるのか 米国では、更に温度圧力条件が厳しい超臨界火力でない場合には、Furmaniteと称するエポキシー樹脂でコーキングして運転継続が一般。両者の慣行の間に安全上の差異があるとは思えない。

(3)再起動までの時間 再起動までに33日を要した(同じ箇所の漏洩で他の国内プラントで78日の例もある)が、米国でどうかを調べところ、やっとあるプラントでの類似事象で4日後に復帰の事例があると知った。我が国では再起動に際しての制度的社会的桎梏(しっこく)から、このような長期間に誰も驚かない状態になっている。

ここで考えなければいけないのは、日本は輸出先の国に一体どのような慣行を提供できるかという問題である。日本の慣行を持ち込めば、その国では、今日先進国のみならず(ロシア型VVERを除けばそうだと聞いた)中国や韓国でも標準となった感のある90%という稼働率の達成は容易ではないであろう。勿論、稼働率については四国電力等の立派な実績もあるし、地震の影響もあるので、安易な一般化は危険と認識している。昨年6月に決まったエネルギー基本計画では2030年に90%達成を目標に謳っているが、今や世界標準となった稼働率水準に20年もかけて到達するというのは、目標としては寂しいと私は感じている。

輸出は自国に取って黒船たりうる。当たり前のことではあるが、外に技術やサービスを出すのは、翻って自分たちのもつ技術やサービスを世界で競合できるレベルに磨く事である。世界に伍する中で最善の技術とサービスを提供しなければ市場で生き残ってゆけない。この事情を「黒船」と形容するのは些か大げさで、相手が勝手にやって来たとの事情とは違う不適切な面もある事は承知しているが、物事を単純化して表現するには適切かと思う。輸出が世界で競合できるレベルに自らを磨く契機になることを期待してやまない。伍して負けることが無いように準備するための重要なツールはベンチマーキングおよび技術とプロセスのイノべーションであろう。

最後に余談であるが、この原稿を準備中にたまたま読んだ新刊書の中で「韓国にできて日本にできないという恥辱」という項に出くわした。原子力発電プラント輸出の話ではなく、パチンコ全廃の話。政治を含めた社会の取り組みと言う点で面白い事例を書いた本だった。


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