ドイツ脱原発の本質は石炭火力への回帰(1) 木口 壮一郎(ジャーナリスト)

ドイツが二度目の脱原子力へ舵を切った。再生可能エネルギー立国への英断を称える声、その一方で外国の原子力電力輸入への依存を揶揄する声、日本でもドイツの脱原発政策の意義がさまざまに解説されている。しかし、どれも帯に短し襷(たすき)に長しで、中途半端な見方だ。

〈ドイツの脱原子力法は「天下の悪法」〉

ドイツ連邦内閣は6月6日、国内17基の原子力発電所を遅くとも2022年末までに段階的に閉鎖する新政策を含む、新たなエネルギー戦略を閣議決定した。連邦議会と連邦参議院での可決をメルケル政権は目指しており、成立は確実である。同時に政府は、全部で39項目からなる政策文書「未来のエネルギーへの道――安全で、安価で、環境に優しい」を発表し、政策転換の意味を説明している。

それによると、政府が3月半ばから運転停止を命じている、1980年以前に運転を開始した7基(ブルンスビュッテル、ウンターベーザー、ビブリスAとB、フィリップスブルク、ネッカー1、イザール1)と、変圧器火災の影響でこの4年間にほとんど運転を停止していたクリュンメルの運転再開は認めない。

ただ、前の7基のうち1基を、2013年の春先まで予備電源として、いつでも運転再開できる状態に置いておく。なお、これまでどおり与えられた発電枠を他の原子炉に移譲し、運転期間を延長することも可能だが、2022年末という最終廃止期限を越えられない。

それ以外の発電所は、期限を切って順次閉鎖していく。2015年末にグラーフェンラインフェルト、17年にグンドレミンゲンB、19年末にフィリップスブルク2、21年にグローンデ、グンドレミンゲンC、ブロックドルフ、そして22年末には最も新しいイザール2、エムスラント、ネッカー2を閉鎖し、廃止計画を最終的に完了させる。

この新政策は確かに福島事故がきっかけになったとはいえ、安全に運転している原子炉1基1基を閉鎖しなければならない理由は説明されていない。ドイツ原子炉安全委員会は安全審査の結果、1基の原子炉閉鎖も勧告しなかったが、メルケル政権は完全無視を決め込んだ。逆に、原子力反対派を多く登用した倫理委員会の「2021年までの全廃は可能」との技術的根拠なき結論だけを丸呑みした。

2002年の原子力法改正による一度目の脱原子力政策と、今回の措置は内容面で似通っているが、似て非なるものである。かつての脱原子力政策は、2000年に当時のシュレーダー政権(社民党と緑の党の連立政権)と原子力発電事業者の間で合意した協定に基づき進められた。このときは、あの緑の党でさえ、事業者に頭を下げて譲歩を乞うた。しかし、今回は、事業者と真摯に話し合った形跡はなく、政府が一方的、強制的に閉鎖を命じたのだ。

しかも、今回は完全に期限を切っての廃止であり、有無を言わさない。前回は最終廃止期限を明記せず、所定の発電量を使い切ったら発電中止にした。事業者は、発電量を加減しながら時間を味方につけ、原子力推進派の政党が選挙で勝利するのを待つことができた。しかし今回は、すべての政党が同じ方向を向き、異論を唱える政党さえ存在しない。このような政治状況のもとで脱原子力法が制定されても、「天下の悪法」のそしりを免れない。近年稀に見る筋の悪い立法であり、同国のエネルギー政策史に残る汚点といってよい。

〈再生可能エネルギー立国礼賛?〉

メルケル政権の新方針は、「火力に頼らない再生可能エネルギー立国を宣言したもので、未来を先取りしていて立派だ」との賞賛がわが国でも幅広く見られる。前述の政策文書のキーワードは「再生可能エネルギー」であり、実際ほとんどがその話で占められている。

これまで手薄であった海上風力、水力、地熱への優遇措置を改善して、再生可能エネルギー電源を大幅に拡張する。送電網整備を急ぎつつ、インテリジェントネットや蓄電設備の開発も進め、変動幅の大きい再生可能エネルギー電力の供給力を平準化していく。さらに新築建物のエネルギー効率基準を大胆に引き上げるとともに、既存建物のエネルギー面の改築を促進する経済的インセンティブを導入する。ざっとこんな感じである。

しかし、「再生可能エネルギーで賄う」のは、あくまで「未来の」エネルギー供給であって、「現在の」ではない。ドイツの再生可能エネルギー発電比率は2010年で、水力含め16.5%である。これを2020年までに35%に高めるという。しかし、これは平坦な道ではない。

同国が近年、膨大な補助金をつぎ込み、最も力を入れてきたのは太陽光発電である。2011年初め現在、なんと約1700万kW分の太陽光発電設備がドイツにすでに存在している。このうち700万kW分以上が、じつに2010年に稼動を開始した。これはなるほど、太陽光発電補助事業の大成功を意味しよう。しかし、こんな大容量を誇りながらも、昨年の太陽光発電比率は、わずか1.9%にすぎなかった(=図参照)。

ドイツ政府は2010年秋、原発の運転期間を平均12年延長した際、再生可能エネルギーへの転換を宣言した。しかし、それは遠い未来の話であって、今すぐ実現できるわけではなかった。だからこそメルケル政権は、原子力発電を未来への「橋渡し技術」として位置づけたのだった。その穴を、「未来の技術」である再生可能エネルギーで埋める、というのは論理的に矛盾した話である。再生可能エネルギー礼賛も、ほどほどにしたほうがよい。(次号に続く)


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