チェイピン氏に聞く 知日家の米専門家 「日本の原子力界は根本的に変わるべきだ」

日本保全学会が1月31日、都内で開催した「原子力の新しい展開に向けて──福島事故を乗り越えて」と題するセミナーで、米国MPR社上級顧問のD.チェイピン博士が福島事故について講演し、日本の原子力界が根本的に変わる必要性を強く訴えた。チェイピン氏は権威ある米国技術アカデミー会員でもあり、日米両国の原子力界をよく知る人物だ。日本の原子力界がどのように変わるべきかをめぐる同氏の主張について、講演の概要と本紙とのインタビュー内容を紹介する。

【講演「米国からみた福島事故」】

福島事故は、原子力発電プラントの運用・規制に関し日本が固有のアプローチをとったが故に必然的に起こったもので原子力技術の故に発生したものではない。福島事故をもって「原子力の利用を止めるべきだ」と結論づけるのは間違いだ。

日本の原子力界が実施してきたプラントの運用は、安全確保の観点で的外れであった。プラント運用の方法論を、リスクに基づきかつ現場の状況に適合したものに変革する必要がある。

日本では、検査が形骸化し、本来の目的である安全性確保の観点で、無意味のものとなってしまった。例えば、日本では合格率100%の非常用ディーゼル発電機(EDG)は、米国では95%程度の合格率だ。米国では試験で非常用ディーゼル発電機の問題点を特定し、これを直す運用をしているが、日本では国民感情に配慮するあまり、試験の合格が目的化してしまっている。

日本では大事故に備えた計画や準備が本質的に現実的なものとなっていない。現実的でない防災訓練は意味がない。

福島事故で、日本の原子力産業界と規制当局のアプローチに根本的な問題があることが明らかとなった。事故の直接の原因への対応はもとより、以下の点に取組む必要がある。

▽プラントの安全確保責任は一義的に事業者にあることをはっきりさせた上で、事業者は積極的かつ誠実にこの責任を全うすべきである。

▽規制当局は、「事業者が責任を果たしていることの確認」を役割としつつ、独立性と技術能力を備え、十分な活動資金を有する組織とすべきである。

▽事故への備えについては、指示命令系統と責任を明らかにした上で、それぞれが適切に役割を果たせるような能力を身に付けるべきである。事故時の対応について、原子力に関する知識のない者に判断を委ねるべきではない。

▽原子力再生に向けた計画は着手の段階から海外の知見を導入すべきである。

文化の違いなど日本固有の事情を理由に改革を避けてきた日本の原子力界にとって、抜本的な改革を遂行するには、次の意識改革が必要だ。

▽日本では文化的な事情から、物事をゆっくりとしか進められないと言うが、何もしないことの理由にはならない。今すぐに改善に取組むべきである。

▽日本では、「根回し」の合意形成プロセスを理由に、海外の知見導入は合意形成の後に、海外専門家のレビューにより実施するのが良いと主張するが、それでは意味がない。海外の知見導入は、合意形成の最初の段階から実施すべきである。

▽日本は特別であり、国際的な基準や良好事例をそのまま取り込めないと言うが、安全性確保や信頼性の達成に向けた日本の方法論は明らかに非効率的であり、国際的に標準的なパフォーマンスベースやリスクベースの方法論を導入すべきである。

【インタビュー】

─日本の原子力発電の安全確保の構造的な課題に対して、規制当局や産業界はどう取り組むべきか。

チェイピン 組織再編など長期的課題に取り組むには、政府、規制当局、事業者がよく話し合い、改革の原則と将来へのアプローチについて合意した上で、具体的な計画を策定するプロセスで進めるべきだ。既設発電所の再起動を認めるための明確で法的拘束力のある基準設定が喫緊の課題であるが、これについては、技術的な検討をベースに合理的なルールを作る必要がある。

─規制当局と産業界が信頼関係を前提とした対等なコミュニケーションの中で、規則を作っていくべきということか。

チェイピン 今は政府、規制当局、事業者がばらばらに主張しているように見えるが、きちんとコミュニケーションできる仕組みが必要だ。米国では原子力規制委員会(NRC)が関係者とのコミュニケーションのため、多くの会合を行うが、それらは非公式であっても公開で行う。最終的に規則を決めるのはNRCだが、議論の場で産業界は堂々と反論している。NRCと産業界の対立が激しい場合には、学術界などの科学的知見を有する第三者に助言を求めるやり方が有効である。

─福島事故を契機に日本の原子力界は改革に取り組み、世界標準への適合を目指すべきか。

チェイピン 世界標準を目指す上で特に重要なのは、「リスクベースの導入」、「パフォーマンスベースの導入」、「独立した技術力を有する規制当局の設置」──の3点である。プラントのリスクを評価し、リスクが高い問題から対応していくといった運用を行うべきだ。パフォーマンスベースの取り組みは、今現場でどんな問題が起きているかを把握した上で、それに適切に対応できているかを評価することだ。日本の規制当局は、NRCのように政治や産業界からの独立性を確保した組織とする必要がある。さらに、日本に欠けている透明性の確保も重要だ。

─日本の原子力産業界は今後、冬の時代に突入するだろう。これまで日本が培ってきた技術力を、冬の時代にどう維持すべきか。

チェイピン 日本ではこれから建設プロジェクトは減少するかもしれないが、六ヶ所再処理施設の完成や福島事故の復旧、さらには既設プラントの運転など、やり遂げるべき課題が多くある。技術力維持を念頭にこれらに取り組むべきだ。

【日本保全学会・宮健三会長(東京大学名誉教授)コメント】

チェイピン博士は、独特な規制風土を持つ我が国の原子力の弱点を鋭く指摘している。原子炉施設はおおむね標準化されていることを踏まえ、日本と米国でその運用の差を真剣に分析しておくべきだった。日本の特殊性と世界の普遍性をどうバランスさせるか、今後の重要な課題である。


お問い合わせは、情報・コミュニケーション部(03-6812-7103)まで