チェルノブイリ事故の「情報」による精神的影響 ウクライナ、セルゲイ・ミールヌイ氏のインタビュー(1) チェル事故の経験伝えたい 大きい精神的ストレス

1986年のチェルノブイリ事故の社会的影響、特に情報による精神的影響について研究しているセルゲイ・ミールヌイ氏が3月来日し、東京および福島で3回の講演を行った。ミールヌイ氏は、ウクライナのキエフ在住で、チェルノブイリ事故直後に軍の召集を受け、事故の3カ月後から原発周辺の放射線測定に従事した。その後、事故について研究し、現在、ジャーナリスト、作家、劇作家として活動中。チェルノブイリを扱った小説はベストセラーとなっている。原産新聞が行った単独インタビューの内容を中心に、ミールヌイ氏の主張を2回シリーズで紹介する。

―今回来日した目的は。

ミールヌイ 昨年来、日本から多数の調査団がウクライナを訪れている。昨年12月にはキエフで原産協会の調査団とも面会できた。日本の人々にチェルノブイリで放射能に対処した経験を伝え、役に立ててもらいたいと考え来日した。作家・研究者として被災地を自分の目で確かめたかったことも理由だ。

―チェルノブイリ事故の実態はどうだったか。

ミールヌイ 原子炉の爆発により核燃料が大気に露出し、多量の物質が放出されたことが福島との大きな違いだ。初期の消火活動にあたった消防士などが急性放射線障害になり、一部の人が亡くなったものの、生存者も多い。建屋の屋上に飛散した瓦礫の除去には、当初重機を導入したが、高線量のため電子機器が故障し、人力で除去することになった。この作業に従事した人も知っているが、今も元気に生きている。機械よりも人間のほうが放射線に耐えた。しかし、実際の被害状況とは異なった形で「恐ろしい放射線影響」を伝える歪んだ情報が拡大している。

―被害の情報はどうして歪められるのか。

ミールヌイ 2010年に、ハイチでマグニチュード7の地震があり、政府発表では死者31万人、非政府発表では数万人と大きな差があった。より多くの国際支援を得るために政府が数字を水増しした。また、同年のチリ地震はマグニチュード8.8と、ハイチ地震の500倍の規模だったが、死者はわずか500人強だった。被害の大きさは、地震の規模だけではなく建物の耐震性などにより変わるし、被害の大きさを伝える情報も社会的理由で歪められてしまう。

―学術的観点が重要とのことだが。

ミールヌイ チェルノブイリのような大事故は精神的に大きなショックとなる。一般の人だけでなく、学者も学術的な観点を忘れてしまう。

経験の乏しいことには恐怖を感じやすい。例えば、私のように地震を初めて体感する外国人は、震度3でも恐怖を感じた。その後に歯が痛くなったが、歯痛の原因は地震だと思ってしまう。同様に、多くの人が放射線は初の体験なので、それを原因に思ってしまう。

真の要因を求めるには、学術的な考え方に基づき、考えられる要因の候補をあげて確認する。現在、放射線の影響と言われているものがいくつもあるが、学術的には限られている。

ウクライナでは汚染地域のキノコや木の実を食べてはいけないことが知られているが、貧困層はそれでも食べる。子供の心臓病とセシウムの体内蓄積量は比例するかもしれないが、そこには、貧困や失業など、他の社会的要因が隠されている。見かけの相関関係を因果関係と混同してはいけない。

―放射線に対する恐怖が及ぼす悪影響について。

ミールヌイ 放射線に対する恐怖が、一般の人に間違った感覚を与えてしまっている。地震と比べると、人類が意識的に放射能とつきあい始めてまだ日が浅く、100年しか経っていない。人間は新しい危険に対して、それをよく知らないため何倍も過剰に危険と思ってしまう。

人々は基本的な放射線知識をもたないために、否定的な社会的影響が出ている。多くの人が放射能の被害者と定義され、「チェルノブイリの被害者」との烙印を押されたことで精神的ストレスを受けているのだ。(次回に続く


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