[書評]「憂国の原子力誕生秘話」 後藤 茂 著

福島第一原子力発電所の事故以来、多くの著書が世に出された。しかしそのほとんどは事故の衝撃に煽られるように、原子力の危険性に根ざした論を展開している。本来グローバルで長期的視点に立って論ぜられるべき原子力政策が、冷静さを欠いたなかで、短絡的に決められていくことに暗澹たる思いがある。

本著はわが国の原子力開発の扉を開いた先人たち、それを受け継ぎ育ててきた人々の国を思う情熱と誠意を説いて、今日の原子力政策論争に一石を投じたものである。それは社会党の議員を出発点として著者自身が歩み、体験してきたものだけに、随所にエピソードが挟まれ、読み易くもあり、説得力もある。仁科芳雄、伏見康治、茅誠司といった学者が、中曽根康弘、松前重義そして著者といった政治家など多くの人々が、原子力という巨大エネルギーを畏怖しつつも、論争を戦わせつつ、確実に開発利用に導いていった。

著書によれば作家の池澤夏樹氏が朝日新聞のコラムで、「我々はこの国の電力業界と経済産業省、ならびに少なからぬ原発グループの首根っこを捕まえてフクシマに連れて行き、壊れた原子炉に鼻面を押し付けて頭を叩かねばならない」と書いているという。なんという問答無用の所業か。

執筆の動機は「原子力を切り拓いてこられた先人は、泉下でどのように見ておられるだろうかと思うと、夜も眠りえず、起き上がって筆を取ったのである」と記されてある。87歳になられた著者の熱い思いが、行間からあふれ出る名著である。たくさんの人びと、とりわけ若い人たちに読んでいただきたい。(石塚記)

エネルギーフォーラム発行、新書版231ページ、定価(900円+税)。


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