【寄稿】炉主任の強化が必要 京都大学名誉教授 木村逸郎


福島第一原発の事故への対応

福島第一原発の事故から早や2年半が過ぎた。避難されている多くの方々は3度目の冬を迎えつつあり、少しでも多くの方々が自宅に帰って生活を再開できるための除染活動が進められている。ただ、現場では放射性汚染水の問題が大きくなり、国も乗り出して対策に協力することになった。原子炉本体の後始末のために、国際廃炉研究開発機構が設立され活動を開始した。しかしなお前途はほど遠く、課題は非常に多い。

この事故に際してわたしは、知人の呼びかけに応じて関係者の声明に参加し、日本学術会議の緊急集会で反省の発言をし、同会議の雑誌「学術の動向」に反省と今後の在り方を寄稿した。また同様の内容を日本原子力学会誌にも掲載した。しかし関係者の一人として、自らこの事故の進展を調査し、原因を探り、その特徴をまとめ、そして今後の対策を考えることにした。自らとはいっても、BWRにはあまり詳しくないので、何名かの方々にご教示を願った。

2011年の暮れになって、国会に事故調査委員会ができるのでその参与になって欲しいという話が来て、お受けした。参与としてやったこととして、まず「原子力村の住人」は他にいなかったので、反省の念を胸にできるだけ委員会に出席し、現地にも行くように努めた。そして、原子炉を直接運転したことのあるものの立場で、事故現場の指揮命令系統を調べさせてもらうことにした。

その後、原子力規制委員会とその下部機構の原子力規制庁が発足し、原子力の安全規制を総合的に担当することになった。既設の原発についても、改めて安全性の審査が行われることになり、そのための規制基準が審議され、制定された。その審議に際し、わたしも有識者の一人として意見を述べたが、ここでも現場の指揮命令系統のことに重点を置いて発言した。これについて、以下に述べる。

福島第一原発事故時の指揮命令系統とくに現場の状況

事故発生当日、福島第一原発で運転中の3基(1、2と3号機)は大きな地震動で無事に停止した。地震により外部電源が停電したが、非常電源が作動した。その後巨大な津波の襲来により非常電源が停電して全所停電状態になり、炉心溶融から放射性物質放出に至る苛酷事故になった。原子力災害対策特別措置法(原災法)により、東京電力から国に通告が行き、国は原子力災害対策本部(本部長は首相)を設置した。ここが緊急事態応急対策の総合調整を行うとともに、周辺区域の避難や自宅待機の指示を出した。緊急応急対策は東京電力の本店のもとで、直接的には防災管理者(発電所長)が所員等を指揮し、対策に立ち向かった。中央における緊急事態対応と避難指示について多くの問題点があり、批判もされたことは周知の通りであるが、わたしは原子炉を直接運転したことのあるものの立場で、事故現場の指揮命令系統に注目して、調査を行った。

これも広く知られているように、今は亡き防災管理者は、原子炉とくに当該原子炉(複数)の構造と特性はもちろん、こうした苛酷事故に対する方策までよく認識しており、この状況下で(ある時期には死を覚悟して)、国の緊急対策本部や東京電力本店との連絡をし、所員等をしっかりと指揮して実際の対策を取らしめた。この優れた防災管理者とそしてその下で、これも命がけで働いた所員等(後には、消防関係者や自衛隊員を含む)の努力によって、より大きな災害が何とか食い止められた。こうしたことは認識した上で、わたしはこの事故時における原子炉主任技術者(炉主任)の姿が見えないように思ったので、それに注目し、福島第一原発の現場で東京電力関係者から聴取し、炉主任(1名)に会った。

その結果、事故を起した1〜4号機の炉主任として、一人が全てを兼務していたことが分かり驚いた。原子炉等規制法第40条で、原子炉設置者は原子炉の運転の保安の監督を行わせるため、炉主任を選任して国に届けることになっている。ところが、実用発電炉の規則第19条に炉主任兼務の規程があり、これが抜け穴の指示でもあった。東京電力は1〜4号機は同型炉(?)として炉主任を兼務させた。この届け出を何も感じずに受け付けた当時の原子力安全・保安院にも呆れた。次に、事故当時の炉主任の勤務状況について調べた結果、2名(1〜4号機1名と5、6号機1名)の炉主任は免震重要棟にある対策本部のテーブルに席が設けられており、事故の対応について必要な助言をしていたとのことであった(その内容は未調査)。現場には1週間ほどしてやっと行ったとのことであり、それでどうして運転の保安の監督が果たせようか。もしそれぞれの炉に炉主任がいて、それぞれの炉の原子炉制御室に詰めて、運転の保安の監督をしていれば、例えば1号機の非常用復水器の停止などは起さなかったのではないかと悔やまれる。こうした結果をまとめて、国会事故調査委員会の報告書では炉主任制度が形骸化していると指摘している。

事故に強い現場の組織の提案

わたし等の指摘もあって、実用発電炉の規則が改正され、炉主任の兼務は認められなくなったと聞く。これは朗報であるがこれですべてが解決したわけではない。わたしが問題視したのは炉主任制度の形骸化ということである。それぞれの原子炉に対して、亡き防災管理者ほどではなくても、それに準ずるくらいその構造、特性および苛酷事故に対する方策まで頭に叩きこんだ炉主任がいて、常日頃から現場に張り付いてほしい。

わが国の電力会社の原発でも、炉主任がしっかりと運転の保安の監督をした例はある。1991年2月に発生した関西電力美浜発電所2号機の蒸気発生器細管破断事故では、その炉主任が適切な判断をして事故の拡大を防いだ。今回の東日本大震災に際しても、東北電力女川原子力発電所の1、2号機の炉主任は原子炉制御室に滞在して、保安の監督をやりとおしたと聞く。

それでも改めて炉主任の役割を再認識し、さらに強化してしっかりと運転の保安の監督に当たらせるため、わたしは規制基準審議の席で、以下のようなことを提案した。

(1)原災法にも炉主任のことを入れる。(役割について明示)

(2)運転中、常に原子炉制御室かその近くに滞在。このためには副主任や代理が要る。

(3)炉主任の試験制度の見直し。「原子炉の事故と対策」を課す。免許更新を強化。

(4)所長(防災管理者)は炉主任経験者がよい。

しかしそれ以前に、まず大学の原子力関係の学科・専攻において、将来原発の現場で炉主任になり、しっかり安全確保を担っていくぞ!という人材を育てることこそ重要であろう。

一方、電力会社は炉主任の意義を再認識し、高い待遇を与え、そしてその経験者を大切にして欲しい。それとともに原発の炉主任が社会的にも認められ、信頼される存在になっていくことが望ましい。


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