【対談特集】Vol.3 「言葉の問題」から考える原子力

「言葉の問題」は原子力をめぐって特に社会とのコミュニケーションに際し非常に重要ですが、現実には多くの誤解や問題を生じています。対談の第3回目は、このテーマをとりあげ、聖徳大学の言語文化研究所長である林史典教授にお話をうかがいました。聞き手は元日経論説委員の鳥井弘之氏です。

〈Topic〉通常語と専門用語の違い 日常使う語は情緒的?

鳥井 林先生が言われている通常語と専門用語の違いから、お聞きします。

 通常語には、2つの特徴があると思います。

ひとつは、母国語としての特徴です。母国語は、子どものころから親とか周りの人たちが使う言葉を理解して、それを記憶したものです。外国語とは習得の仕方がかなり違います。母国語の場合、日常よく使う言葉はあまり辞書を引いて覚えるということをしない。聞くこと、読むことを通じて自分の中に取り入れ、自然に使えるようになる。ですから、どういう言葉をどのように理解するかによって、日常の言葉というのは個人差が生じやすいのです。そのようにして記憶された言葉を辞書に例えると、脳の中に語彙が豊かで内容の正しい辞書を持っている人と、語彙に乏しく内容の不正確な辞書を持っている人との差が生じることになります。

私たちが普段使っている言葉には意味や用法を勘違いしているものがずいぶんあります。例えば「憮然(ぶぜん)として立ち去った」は、腹を立てて出て行ったことをいうと思っている人が7割もいるという文化庁の調査がありますが、「憮然」の「憮」というのは、がっかりするという意味で、がっかりして立ち去ったとか、失望してぼんやりした様子で立ち去ったというのが本来の意味です。これは、知らない言葉に出会ってもいちいち辞書で確かめず、自分流に解釈し、それを記憶して使う例で、母国語に特有の誤りです。これが結構多いですね。だから、個人差が出て、全く正反対、あるいは正反対に近いような意味に解釈されることもあります。

このように日常的な語は、自分流に理解し、それを記憶して使っているということですから、非常に個人差が大きくなる。これが通常語の特徴のひとつだと思います。

もう1つ、通常語の大きな特徴は、情緒的意味を伴いやすいことです。「エモーティブ・コノテーションズ(emotive con−notations)」などとも言いますが、特定の語が特定の感覚、感情、イメージに結びつきがちです。実はこれが厄介で、客観的な説明の妨げになることがあります。

例えば「夏」と言うと、暑いという感覚を思い出す、感情としては、夏の好きな人は待ち遠しいというように思うかもしれない。嫌いな人はうっとうしい、嫌だというふうに思うかもしれない。イメージとしては、「夏」と言ったら真っ青な空にぎらぎら輝いている太陽を思い浮かべる人もいるし、それから、熱帯夜だとか、夕立とか、入道雲とか、そういうふうな自然の現象を思い浮かべる人がいると思います。特定の語が特定の感覚とか感情とかイメージというものを抱かせやすいというのが通常語の特徴です。情緒的意味は、変化しやすく、好きだったものが嫌いになったり、嫌いなものが好きになったりすることがあります。通常語は、そのような情緒的意味を伴うことが多いので、専門外の人に対する説明には、専門用語についてもこの点によく注意して使う必要があるでしょう。

最近の流行語である「アベノミクス」は、「レーガノミクス」をもじった言葉ですが、安部首相の説明が巧みなこともあって、期待感を抱かせる言葉として流通しています。その政策の柱の1つ1つは目新しくないし、その組み合わせも常識的なものですが、国民には期待、あるいは逆に懸念を感じさせる。これは、中身でなく、感覚や、感情、イメージが先行してしまう例です。


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