【原子力ワンポイント】 広く利用されている放射線(42)がん幹細胞が発がんメカニズム解明の鍵か

7月10日付けの神戸新聞NEAT(電子版)は、「iPS細胞をつくる技術を応用し、がん細胞を次々に生み出す“がん幹細胞”を人工的に作ることに成功」と報道しました。がん幹細胞の存在がはっきりし、DNAを標的とした「放射線の発がんメカニズム」も見直しがなされるのでしょうか。

ゆりちゃん これまでの「放射線の発がんメカニズム」ってどのようなものですか?

タクさん 放射線は、体を構成する約60兆個の“体細胞”と相互作用し、細胞の中心にある核の中の“DNA”を標的として攻撃、これを傷つけます。傷の大部分は、正しく修復されますが、たまに失敗するケースが生じます。この修復に失敗した細胞の一部は生き残り、その後も突然変異を繰り返し、最後にはがん細胞になり、無限に増殖していくと教えられてきました。これに対して丹羽京大名誉教授は、「放射線の真の標的は“組織幹細胞(※)”である。これに放射線があたってつくられる“がん幹細胞”が、がん化の重要な役割を担っているようだ」と説明しています。

ゆりちゃん 丹羽先生の話をもう少し詳しく教えて下さい。

タクさん 最近、医療の分野では、がん細胞の塊を注意して見た結果、「組織や臓器の中にある“組織幹細胞”がいろいろな細胞を生み出すように、がん細胞を次々に生産する特殊な細胞(これをがん幹細胞と呼ぶ)」のあることがわかってきました。この“がん幹細胞”が残っている限り、抗がん剤などで“通常のがん細胞”をたたいても、がんの再発、転移をなくすことができないことから、この細胞を“女王バチ”と呼ぶ人もいるそうです。このような状況に応えるように、丹羽先生は、「放射線によって“組織幹細胞”の一部が“がん幹細胞”に変化すると考え、真の標的は“組織幹細胞”であろう」と予測しています。

ゆりちゃん 標的が、DNAから“組織幹細胞”に変わるとどうなるのですか。

タクさん 組織幹細胞”が放射線を受けて“がん幹細胞”になるのなら、この細胞は”組織幹細胞”と同じ制約を受けるはずです。つまり、“がん幹細胞”は、周囲からのストレスを防ぐ微小なシェルター(ニッチと呼ぶ)の中だけで生存し、その数や寿命、活動度などは制限されます。大事なことは、シェルターにいる“がん幹細胞”は、いつまでも優先的に居住できることはなく、つねに正常な“組織幹細胞”と、場所の取り合いをしており、競争に負ければ排除されてしまうということです。生体防御機能が働いていると言えるのではないでしょうか。組織から排除されれば、その後も引き続きがん細胞を生み続けることはできず、いずれは死んでしまいます。このニッチを巡る競合は、人の年齢に大きく依存します。そのメカニズムがさらに明らかになれば、今なおはっきりしない「発がんの年齢依存性(胎児の放射線リスクが従来考えられていたよりも小さいことなど)」の理由を解明できそうです。本件については次回、説明します。

※組織幹細胞=ヒトやマウスなど多くの生物で、体の場所ごとにその場所の細胞を供給する特別の細胞。ただし作れる細胞には制限があり、「造血幹細胞」の場合、リンパ球や赤血球、血小板、白血球などに分化できるが、皮膚細胞や心筋細胞には分化できない。

原産協会・人材育成部


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