

- text: 石井敬之
- 12 Feb 2026
現場経験から世界へ ― 若手エンジニアの挑戦
酒泉さん:私は2018年に入社しました。入社してからは柏崎刈羽原子力発電所や島根原子力発電所での現地工事管理業務を経験してきましたが、最も印象に残っているのは青森県六ケ所村にある再処理工場での仕事です。
そこで担当したのは「系統分離対策工事」。竣工に向けた火災防護対策として、重要度の高い既存の電気系統を二つに分け、独立した配線経路を新設するという工事です。現場では、日立だけでなく他社も同時に作業を進めており、エリアや時期の調整に苦労しました。ベテランの方々の胸を借りながらも、自分の意見をしっかり伝えることを学びました。

六ヶ所村での1年半 ― 豪雪と工事の中で鍛えた“踏ん張る力”
酒泉さん:六ヶ所村の冬は、想像以上に過酷でした。強風と地吹雪が日常的に続き、車はノロノロ運転を強いられます。工事に必要な機材を搬入する際も、トラックを誘導してから実際に建屋内へ入れるまでに時間がかかり、長いときには1時間以上、屋外で待機することもありました。
それでも、工事は待ってくれません。天候が悪いからといって現場を止めるわけにはいかず、「どうすれば今できる作業を前に進められるか」を常に考えていました。限られた人員の中で複数の作業が同時並行で進むため、自分の担当範囲だけでなく、周囲の進捗や制約条件にも目を配る必要がありました。
また、六ヶ所村では応援要員がすぐに来られる環境ではありません。何か問題が起きた際も、「誰かが来て解決してくれる」のを待つのではなく、自分たちで関係者に根回しをし、必要な資料を整え、合意形成を図りながら前に進める力が求められました。若手である自分がベテランの方々と向き合い、抑えるべき点はきちんと主張する――その積み重ねが、大きな経験になったと感じています。
こうした1年半の現場経験を通じて身についたのが、「踏ん張る力」でした。厳しい環境の中でも仕事を止めず、状況を整理し、次の一手を考える。この感覚は、今コストマネジメントの仕事をする上でも確実に生きています。六ヶ所村での経験は、私の技術者としての基礎体力を鍛えてくれた時間だったと思います。

東海第二で担うコストマネジメント ― 数字で見える責任
酒泉さん:現在、私は東海第二発電所の現地工事に関するコストマネジメント業務を担当しています。工事計画や設計変更、工程のズレを精密に把握し、数字としてコストに反映するのが私の役割です。以前は「人」と「工程」しか意識していませんでしたが、今はそれらが直接会社の損益に結びついていることを実感しています。自分の判断や見積もりが企業の経営にも関わってくる――それだけに責任の重さを感じます。
図面を読めるようになるまで3年、現場をイメージできるようになるまで4年ほどかかりました。図面に描かれていない廃材処理などを想像できなければ、全体のコストは見えてきません。数字の裏には、現場の汗や判断があります。
特に印象に残っているのは、管理区域内で使用する特殊なゴミ用コンテナを自社で調達した案件です。再稼働に向けた工事を進めていく中で、今まで電力会社より支給されていたものを自分たちで用意することとなりました。10年以上手配実績がなく、取引実績の乏しいメーカーとの調整は容易ではありませんでしたが、調達・品質保証部門と連携して乗り越えました。購入が決まった瞬間は、大きな達成感がありました。コスト管理とは単なる数字合わせではなく、現場と設計、経営をつなぐ仕事なのだとあらためて実感しました。

数字の裏にある技術と人 ― エンジニアとしての視点
酒泉さん:コストマネジメントには、エンジニアリング的な思考と事務的な作業、両方のバランスが必要です。仕事の筋道を立て、計画を描くのはエンジニアの仕事ですが、発注や見積もりなど、手を動かす作業も欠かせません。「頭」と「手」を同時に使うこのバランスこそが、今の仕事の難しさであり、面白さでもあります。
特に大切にしているのは現場との対話です。Teamsなどのツールも活用しますが、対面でのコミュニケーションに勝るものはありません。現場に足を運び、直接話すことで得られる情報には、文字や数字では表せない温度があります。
私の専攻は化学でしたが、その知識は今も役立っています。プラントの一部には化学処理系統もあり、その流体の危険性を直感的に理解できるのは強みです。理屈を立てて結論に至る“理系的な思考”は、どんな仕事にも通じる普遍的な力だと感じています。

米国ウィルミントンでの半年 ― 新たな学びを日本へ
酒泉さん:2025年秋より、アメリカ・ノースカロライナ州ウィルミントンで行われるGEベルノバ日立ニュークリアエナジーのフィールドエンジニア向けトレーニングプログラム「FEP」に半年間参加します。
この研修は、単なる海外研修ではありません。フィールドエンジニアとしての知見をさらに深めると同時に、海外の現場で得た視点やノウハウを、日本での定期検査作業や社内の教育体制にどう取り入れるかが大きなテーマになります。帰国後は、現地で学んだ内容を社内のトレーニング環境にフィードバックし、より実践的な人材育成の仕組みづくりにつなげたいと考えています。新しい環境に挑む不安もありますが、それ以上に、自分の成長を会社の将来に還元できることへの期待のほうが大きいです。
ウィルミントンのトレーニング施設は、GEベルノバ社内に限らず、他社の技術者も研修に利用する、非常に価値の高い拠点です。そこで見た教育の仕組みや設備の使い方を参考に、日本国内でも、限られた設備の中であっても技術者が実践的に学べる環境を整えていきたいと考えています。
学生時代には、北海道のルスツリゾートでリゾートバイトをしていました。同僚の多くが海外出身者で、公用語は英語。言葉だけに頼らず、身振りや表情で伝え合う経験が、今でも自分の自信になっています。米国でも、当時の経験を活かし、臆せずコミュニケーションを取っていきたいと思います。

3.11を原点に ― 原子力への信念と若者へのメッセージ
酒泉さん:私が原子力の道を選んだ理由は、2011年の東日本大震災にあります。当時高校1年生だった私は、埼玉で震度5強の揺れを経験しました。電気・水道・ガスが止まり、エネルギーの大切さを痛感しました。「エネルギーインフラを支える仕事がしたい」――その思いが、今の原子力への道につながっています。
大学では化学を専攻しましたが、就職活動では「今後30〜40年、何をして社会に貢献したいか」を基準に考えました。エネルギーを直接供給する立場ではなく、ものづくりで支える“メーカー”としての立場を選びました。DIYや図工が好きで、ゼロから1を生み出す仕事に魅力を感じていたからです。
原子力発電の魅力は、燃料となるウランは輸入であっても、国内で加工・再利用し、発電・医療・研究など多用途に活かせる点にあります。“準国産のエネルギー”として、日本の国力を支える存在だと思います。
また、カナダで進むSMR(小型モジュール炉)の動向にも注目しています。商業運転が始まれば、日立としての納入実績が生まれ、日本国内での展開にも弾みがつくと期待しています。
学生の皆さんには、「自分の好きなことをとことん突き詰めてほしい」と伝えたいです。私はスキーサークルで大会に出場し、北海道でのリゾートバイトでは多国籍の仲間と働きました。社会に出ると時間の自由は限られます。だからこそ、学生時代に夢中になった経験が、仕事を続ける原動力になります。
原子力発電所は、多様な専門家の力で成り立つ“技術の集合体”です。どんな専攻でも、自分の得意分野を生かせる場所があります。自分の技術を信じ、挑戦を恐れず、ともに社会の基盤を支える側に立ってほしいと願っています。









