

- text: 我妻義正
- 14 Sep 2026
除染からはじまり、廃炉の現場へ。 福島に生きるエンジニアの歩み
株式会社信和工業は、昭和54年の創業以来、原子力プラントの電気・計装品の点検や動作試験などのメンテナンス業務を手掛けてきました。福島県と新潟県に拠点を置き、原子力発電所の現場を支えています。その信和工業で、福島第一原子力発電所の電気設備・計装品の点検などを担当しているのが長澤さんです。今回は、仕事の内容やこれまでの歩みについてお話を伺いました。
機械いじり少年、船の世界を経て原子力へ ― 好奇心が導いた道
長澤さん:子供の頃から機械をいじるのが好きで、家にある電化製品を自分でばらばらにしてみたりしていました。特別な理由があったわけではなく、ただの好奇心です。両親も理解があり、反対されることはありませんでした。今は大型バイクに乗り、暇を見つけては自分の手でメンテナンスをして乗っています。機械をいじる楽しさは、あの頃から少しも色褪せていません。
高校は地元いわきの水産系の学校に進み、航海科という科目で、船のエンジンやそれに付随する機械の仕組みを学びました。学生時代で一番の思い出は、水産学校ならではの実習で2ヶ月間船に乗り、ハワイ沖でマグロの延縄漁業をしたことです。ハワイ沖まで1ヶ月ほどかけて航海し、漁を終えたあとは1週間ほどハワイに停泊して観光をしてから帰ってくる ― そんな貴重な経験をしました。
高校卒業後は、学校で紹介された造船関係の仕事も選択肢の一つでしたが、最初に選んだのは福島県内での除染関係の仕事でした。仮置き場にある汚染土をダンプに積み込み、図面で指定されたタグを読み取って管理し、伝票を発行して中間貯蔵施設へ送り出す ― そんな仕事を7年ほど続けました。

「恐ろしい場所」から「安心して働ける場所」へ ― 3.11の記憶と福島第一原子力発電所での日々
長澤さん:私が中学2年生のとき、東日本大震災が起こりました。テレビで福島第一原子力発電所の状況を見ていたので、働く前までは正直、少し恐ろしい場所だというイメージを持っていました。
そんな私が福島第一原子力発電所で働くことになったのは、当時の信和工業の所長から声をかけていただいたのがきっかけです。除染の仕事と電気・計装の仕事に直接的なつながりはありませんでしたが、これも一つのご縁だと思い、信和工業に入社しました。
実際に福島第一原子力発電所で働き始めてみると、他の現場よりも装備の多さと、働いている方の人数の多さに驚きました。装備や安全管理が徹底されているからこそ、安心して作業を行うことができています。震災当時に感じていた「恐ろしさ」は、現場を知るにつれて薄れていきました。

電気計装のエンジニアとして ― 点検に宿る責任
長澤さん:信和工業に入ってからは、福島第一原子力発電所で電気設備・計装品の点検業務を担当しています。今の仕事に資格は必要なく、現場で先輩と一緒に手を動かしながら覚えていくスタイルです。とはいえ、電気計装は今まで経験したことのない専門的な作業ばかりで、慣れるまでには1年ほどかかりました。早朝6時頃に信和工業の本社に集合し、乗り合いで事務所へ向かい、朝のミーティングと現場KY(危険予知活動)を経て作業に取りかかります。今の現場は責任者1人、班長1人、作業員2人という体制で、他社の方々とも協力しながら仕事を進めています。作業が終わったあとは、その日の点検データを整理し、翌日の準備をして1日を終えます。
この仕事の難しさは、専門的な知識が求められる点にあります。同時に、自分たちの点検にミスがあれば、その後の運転状態や他の担当者にも影響を与えてしまうため、強い責任感を持って一つひとつの作業にあたっています。逆にやりがいを感じるのは、点検した設備が問題なく正常に動くことを確認できた瞬間です。
目指すは班長 ― 次の世代を育てる立場へ
長澤さん:入社してからの3年間で、機械の操作方法や試験方法は、1年前と比べて格段にできるようになりました。今はまだ仕事を教えてもらう立場ですが、今後は班長を目指し、一つひとつの作業を積み重ねながら、後輩に仕事を教えられる立場になりたいです。信和工業の良いところは、資格取得の費用を会社が負担してくれること、そして仕事を丁寧に教えてくれるところです。だからこそ、とても働きやすい会社だと感じています。

海と山に抱かれた故郷 ― 福島で働き続ける理由
長澤さん:私はいわき市湯本の出身で、地元で働きたいという思いをずっと持っていました。福島は海も山もあり、自然に恵まれた、とても住み心地の良い街です。
福島第一原子力発電所での廃炉作業は、世界的に見ても珍しい仕事です。地元出身の自分がその現場で働き、福島の復興に関わることができている ― それはとても誇らしいことだと感じています。

株式会社信和工業
福島県いわき市に本社を持つ「株式会社信和工業」は、東日本大震災の際にも福島第一原子力発電所を離れず、電気・計装品のメンテナンスに関する現場作業を続けていた、その道のプロフェッショナル集団です。少人数ながら確実に業務を積み重ね、一つひとつの細かな作業方法を伝承し、若手をプロフェッショナルに育て上げています。若手がプロ意識を持って作業しているところも、同社の素晴らしいところです。
創業から今年(2026年度)で47年を迎え、福島県双葉郡大熊町、新潟県柏崎市にも事業所を持っています。電気・計装品のメンテナンス作業があれば、東北電力女川原子力発電所から日本原子力発電東海第二発電所まで出向いています。
地元・福島の復興、廃炉事業や今後の原子力発電所の再稼働、新規プラントの試験業務など、原子力が安全に利用できる環境づくりに貢献したいという思いから、若手を育成し、技術を持続・継承していくことを目標としています。近年は、放射線測定器の販売代理店業務にも力を入れており、常にチャレンジ精神を持ち、新たな事業展開も模索し続けています。
今回ご紹介した株式会社信和工業の詳しい採用情報・取り組みについては、以下の公式ホームページからもご覧いただけます。
信和工業 採用情報












