[JAIF] 躍進するアジアの原子力

インド共和国

2010年1月27日現在

目次

T.経済・エネルギー・電力事情

1.経済

インドの経済規模は、現在アジアでは、日本、中国に次いで第3位であるが、25年後にはGDPで日本を追い抜き、世界第3位の経済大国になると予想されている。また、人口は、中国に次いで第2位ながら、これも2050年には15億人(国連推計値では16億5,800万人)となり世界第1位になると言われる。
インドは1947年の独立以来、計画経済の下で、(高関税または数量制限により輸入を抑制し、外国資本の国内市場参入規制、為替統制などによって、自国産業を保護・育成し、輸入を国内生産に代替させる)「輸入代替工業化政策」を進めてきた。この結果、非効率な国営企業が経済成長を阻害してきた。
しかし、1990年8月の湾岸戦争を契機に、輸入原油高騰、輸出減少、中東出稼ぎ労働者からの送金減少により、外貨準備高がわずか2週間の輸入決済相当分しかなくなった1991年の「外貨危機」を契機として経済自由化路線に転換し、経済改革政策を断行した。
この結果、経済再建を成し遂げ、高い経済成長を達成、2005年度〜2007年度には3年連続で9%台の実質成長率を記録、さらに2008年度の世界的な景気後退の中でも6.7%の成長率を維持した。現在、製造業と建設業の落ち込みが顕著になっている点が憂慮される。
一方、インドで急成長を遂げているのがIT産業や金融であり、従来のカースト制度での規定がない新職種であるため優秀な若い世代の進出を促し、インド国内に「新中間所得層」(2008年時点で、年収9万ルピー〜20万ルピー)を創出したと言われる(I-2)
インド政府は、国際競争力をもった企業を育成するという方針を掲げ、現在の主力輸出品の鉄鉱石よりも鋼材、鋼材よりも自動車と、より付加価値の高い製品にシフトすることをめざし、インドを小型車生産の拠点にしようとしている。その象徴が、インドの大手自動車メーカー、タタ・モーターズが開発し、2008年1月に発表、市販を開始した小型乗用車「タタ・ナノ」である。

*ナノは、新中間所得層の年収程度の価格10万ルピー(発表当時のレートで約28万円)という驚異的な廉価での販売を目標として開発された、世界でもっとも安価な4ドア小型車であった。しかし世界的な鋼材価格の上昇や、生産工場建設の遅れ等から、本格的生産体制がとれない状況にある。

2009年5月に発足した第二次マンモハン・シン政権は、引き続き規制緩和や社会的弱者救済等を基本に、農村開発や雇用対策に優先的に取り組んでいるが、外資規制(現行では外資は51%まで)緩和や国営企業民営化等の経済自由化政策は継続するとみられる。

インドの基本課題は貧困の撲滅で、世界銀行の2005年統計によると、インドではUS$1.25/日以下で生活する貧困層が人口の41.6%(4億人以上)を占める。農村での水道の未整備や、工業団地での上下水道・電気(電圧も不安定)のインフラ未整備も大きな問題となっている。

2008年11月の「第19回インド原子力学会年会(INSAC-2008)」での発表では、インドの貧困と、それからの脱出について、以下の数値を挙げている(I-3)(I-4)
  • 人口の34.7%が一日US$1以下で、また79.9%が同じくUS$2以下で生活している。
  • このため、今後25年間に生活レベルを最低40%上げなければならない。

2.エネルギー需給

1)エネルギー需給状況(I-1)

インドのエネルギー需給状況は、以下のとおりである。
(原油)

  • 生産量:88万500バレル/日(世界第24位)(2007年推定)
  • 消費量:277万2,000バレル/日(世界第5位)(2007年推定)
  • 確認埋蔵量:57億バレル(世界第23位)(2008年1月1日推定)

(天然ガス)

  • 生産量:317億m3(世界第24位)(2007年推定)
  • 消費量:417億m3(世界第19位)(2007年推定)
  • 確認埋蔵量:1,075兆m3(世界第25位)(2008年1月1日推定)

インドの石炭生産量は年産5億トン(I-5)で世界第3位を占めるが、近年の急速なエネルギー・電力の需要増に伴い石炭についても国内炭だけでは間に合わず、4千万トン程輸入に依存する結果になり、それがさらに増大する傾向にある。
11億6千万を抱えるインドの基本課題は、前述のとおりまず貧困の撲滅であり、雇用や水と食糧の供給、医療保険、教育等さまざまだが、人口の45%が「クリーンな燃料と電力」の恩恵を享受できていない現実がある。

エネルギー供給政策のポイントは、(1)エネルギーの質、(2)安定供給、(3)持続可能性であるが、(3)の中には量の豊富さや安全性と信頼性、環境への影響が最小であることも条件に含まれる。
カコドカール原子力委員長(当時)は、「インドの経済成長率に連れ、電力需要も増大する。化石燃料でも原子力でもいいが、アフォーダビリティとサステナビリティのある解決が必要。インドの化石燃料需要が増大したら世界的な価格上昇や気候変動等の問題が起こるので、原子力の増大が不可欠」との認識を示した(I-3)

また、インド原子力発電公社(NPCIL)のS.バルトワジ理事によると、「インドの全一次エネルギー供給量542 MTOE*のうち、商業エネルギーは389MTOEで、非商業エネルギーが153MTOEである。原子力の供給割合1.5%を、経済成長率8%で計算した場合、2032年には7,780万kWの設備が必要となる。これに対処できる答えは原子力以外にない」とのことである(I-6)
*MTOE=石油換算百万トン

図表1:インドの一次エネルギーのうち、商業エネルギーの供給源
基礎データの統計との違いがあるが、前出「INSAC-2008」での発表(I-3)(I-4)では次の指摘があった。
  • 確定埋蔵量を現在の年間生産量で割ると、国産の石炭、原油、ガスに依存すると、それぞれ80年、22年、30年しかもたない。
  • さらに石炭は、今の消費量の伸びから考えると45年未満分しかない。
  • 約6億人が電気なしの生活をしている。
また、インド中央電力庁(CEA)の数値として次のデータがある(I-7)
  • 2007年のインド人一人当たりの電力消費量は、704.2kWhである。
  • 2009年7月末時点での村落数での電化率は、83.7%である。

2)電気事業の現状

インドは、世界で5番目の発電国であり、2009年8月末時点では、総発電設備容量は1億5,214.8万kWであった。

図表2:発電設備容量における事業者区分(I-7)
電力事業者区分 発電設備容量(万kW) 割合(%)
中央政府管轄下
4,958.1
32.6
州政府管轄下
7,695.0
50.6
民間
2,561.8
16.8
総計
15,214.8
100
図表3:発電設備容量の構成(I-7)
電源 発電設備容量(万kW) 割合(%)
石炭火力
8,028.3
52.8
ガス火力
1,638.6
10.8
ディーゼル
120.0
0.8
水力
3,691.7
24.3
原子力
412.0
2.7
再生可能エネルギー
1,324.2
8.7
総計
15,214.8
100

2009年8月には、ピーク電力需要がインド全土で1億1,441.2万kWであったが、実際の稼働容量は9,815.4万kWしかなく、1,625.8万kW(14.2%)分が不足した。

インドの第11次5カ年計画(2007年4月〜2012年3月)では「2012年までに全家庭に電気を」という目標を掲げている。何度か改訂されているが、次の表で2009年7月時点の同計画の概要を示す。

図表4:第11次5ヵ年計画期間中に運転を開始する電源開発プロジェクト区分(I-7)
水力 火力 原子力 合計
石炭 褐炭 ガス
容量(万kW)
1,562.7
5,057.0
228.0
684.3
338.0
7,870.0
5,969.3
割合(%)
19.9
75.8
4.3
100
*ここで挙げられている「原子力」とは、ラジャスタン-5・6号機、クダンクラム-1・2号機、カルパッカムの高速増殖原型炉(PFBR)、カイガ-3・4号機の7基である(後述図表7参照)。

しかしこの増設計画では、単純に計算しても毎年1,500万kWを建設する必要があるのに、2007年度の実績は、926.3万kW(目標1,600万kW)、2008年度は345.3万kW(同1,100万kW)と目標を大きく下回っている。理由として、(1)設備メーカーの製造能力の不足、(2)発電所用地取得の遅れ、(3)政府許認可の遅延、が挙げられる。

*国内最大の設備メーカーであるバーラト重電機公社(BHEL)を例にとると、1998年の経済改革前は国内市場を独占、現在でもシェアの7割前後を占めているが、国営企業を擁護する政治家や官僚の支援等から供給能力を超える契約を結んだ結果、第11次5ヵ年計画の発電所建設の遅れのうち、600万kW相当がBHELの担当分とされている(2009年夏スシクマール・シンデ電力相発言)。

インドでは、今後もGDPは7%〜9%/年の成長率が続くと予想される。2032年までに一人当たりの電力消費量を1,000kWhにするため、原子力の割合を9%(6,300万kW)に上げ、総発電設備容量を7億kWにする計画である。再生可能エネルギーの開発も進め、石炭の割合は39%に減らす予定である。

図表5:2032年の電源別発電設備比率計画(I-3)(I-8)
電源 発電設備容量(万kW) 割合(%)
石炭火力
27,300
39
天然ガス火力
7,000
10
コールベッドメタン(CBM*)とインシツコールガス**
*炭層中のメタンガス  **石炭ガス化
4,900
7
水力
14,700
21
原子力
6,300
9
再生可能エネルギー
(含小規模水力、バイオマス、廃棄物発電、風力)
9,800
14
総計
70,000
100
インドの電気事業では、次の問題が指摘される。
  • 送配電ロス率が約30%と高い。
  • 配電部門のみのロスは、11州で40%を超える。
    *インドは 28 の州と, 6 つの連邦直轄地域と、デリー首都圏 で構成される
  • そのうち盗電および料金不払いの占める割合が非常に大きい。
    *低圧配電線が比較的長いため盗電が容易で、低所得世帯では盗電に抵抗がなく、電気使用メータの精度が低く不正利用されやすいこと、料金請求が徹底しないこと等も理由となっている。

第11次5ヵ年計画(2007年4月〜2012年3月)での原子力発電に関する追加建設について、NPCILでは、次の計画を発表している。

図表6:第11次5ヵ年計画での原子力発電追加計画(I-3)(I-8)
第11次5ヵ年計画への追加 重水炉(PHWR) 70万kW×8基
高速増殖炉(FBR) 50万kW×3基
先進型重水炉(AHWR) 30万kW×1基
2030年までの拡大計画 軽水炉(LWR) 100万kWか100万kW超の炉×(25〜30)基

さらに、2009年9月29日、シン首相は、ニューデリーで開かれた会議で、原子力発電計画の拡大が必要との認識を基に、2050年には原子力発電設備容量が4億7千万kWになるとの見通しを示した。

3)インドのCO2排出量

2007年のCO2排出量の国別統計(I-9)は、次のようになっている。

図表7:世界の主要国のCO2排出量(合計は290億トン)

これにより、国際的な批判の高まりを懸念したインド政府は、2009年12月7日からコペンハーゲンで開催された「第15回国連気候変動枠組み条約締約国会議(COP15)」では、「国内総生産(GDP)を一定額生産するときに排出するCO2を単位とする」方式でCO2を自主的に2005年比で2020年までに20〜25%削減する目標を発表した。

<注記>

(I-1) 出典:米国CIAのThe World Factbook(2009年9月24日版)
(I-2) 出典:外務省ホームページ(HP)「各国・地域情勢」等
(I-3) 出典:2009年2月(社)日本原子力産業協会刊「インドの原子力事情:INSAC-2008(第19回インド原子力学会年会)参加原産協会訪印団報告書」
(I-4) 出典:2008年11月24〜26日の「第19回インド原子力学会年会(INSAC-2008)」でのインド計画委員会のSurya P. Sethi電力・エネルギー担当首席顧問発表。
(I-5) 出典:米国EIA統計
(I-6) 出典:2009年4月14日第42回原産年次大会でのインド原子力発電公社(NPCIL)のシブ・アビラシュ・バルドワジ理事の発表「成長を続けるインドのエネルギー政策と原子力発電」
(I-7) 出典:インド中央電力庁(Central Electricity Authority:CEA)のHP
http://cea.nic.in/ また
http://cea.nic.in/power_sec_reports/Executive_Summary/2009_08/1-2.pdf
(I-8) 出典:2008年11月24日〜26日の「第19回インド原子力学会年会(INSAC-2008)」でのインド原子力発電公社(NPCIL)ジェイン総裁の講演
(I-9) 出典:2009年10月6日のOECD/NEAの発表

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