特集「原子力を守る母親たち Mothers for Nuclear」の福島訪問記


「原子力を守る母親たち Mothers for Nuclear」のウェブサイト


執筆したクリスティン・ザイツさんは、妊娠6ヶ月の身重のお身体で、帰還困難区域や福島第一原子力発電所構内を回って、その印象をご自分の言葉で語っておられます。また、福島への大きな誤解から、心配や不安が広まっていることを憂慮し、日本語に翻訳して紹介してほしいとの依頼がありました。
当協会では、できるだけご趣旨に沿って原文に忠実に翻訳ならびに編集を行いました。(原文はこちら)


2018年2月9日

実際に福島を訪ねて
―さかなのこと、避難のこと、そしてわたしたちの自由な意見が誰かを傷つけていること―


ヘザーと私は2016年4月22日のアースデーにマザーズ・フォー・ニュークリア(原子力を守る母親たち)を立ち上げました。それ以来、原子力のメリットが理解できない人達から絶えず非難され、私たちはそれに反論してきました。なかでも頻繁に耳にしてきたのは、「日本の福島に行ってみれば原子力がクリーンなエネルギーではないことがわかる!」というものでした。そこで私達は実際に福島へ行ってみました。2018年2月のある寒い日に。

福島県に向かうバスに乗り込むところ@東京

決して良いタイミングとは言えませんでした。日本は寒い冬を迎えている上に私は妊娠6カ月です。無責任な母親だとの非難は避けられないと覚悟していました。しかし、リュックサックに詰まった研究論文の束が、この選択は安全だと私に教えてくれます。けれども、原子力発電所で大きな事故が起こった時に何が起きるのか?実際にその場所へ行ってみて知りたいという私の気持ちは、データだけでは解決できません。
東京から福島県までのバスは、長く美しい海岸沿いを走り、広大な田園を横切り、曲がりくねった山のトンネルを抜けて行きました。また、山間には村落が点在し、田んぼや森林が拡がっていました。そのような風景の中、多くの太陽光発電装置が、かつて木々が生い茂っていた傾斜地にまで設置されていました。さらに、エネルギーに多大な関心を持つ母親でもある私達が最も注目したのは、多くの火力発電所でした。そこからは排煙がもくもくと、朝の青空に高く上がっていました。
2011年の東日本大震災と巨大津波の後、日本にある50基(編集注記:参考文献8「日本における原子力発電」2017年WNA)の原子力発電所全てが一旦停止しました。今のところ運転を再開している原子炉はたった5基です。日本は4,750万kW分の原子力発電電力を大部分が輸入に頼る化石燃料で代替し、電気料金の高騰とCO2などの排出量の増加を招いています(末尾参考文献1「危機に陥ったクリーンエネルギー:日本」2017年)。原子力発電所が停止した後、日本のCO2排出量は史上最高レベルを記録するまでに上昇しました(参考文献8「日本における原子力発電」2017年WNA)。

日本は化石燃料への依存を減らそうとしています。また、ドイツのエネルギーヴェンデ(エネルギーの転換)のような反原子力で再生可能エネルギーを推進するモデルを追求するよう圧力を受けています。しかし、だからといって近隣の国々との電源の接続がない日本は、日本国内だけで代替電源を確保しなければなりません(島国として無理もない状況です)。日本は、化石燃料による大気汚染を隠す近隣諸国を頼りにするという安易な道をとることも、不安定なエネルギー源での供給で補填することもできない状況にあります。現実の経済や環境への影響に基づいて、エネルギーミックスと今後の選択肢を見直さなければなりません。近隣国と電力供給網が繋がっている他の国とは異なる立場に置かれているのです。日本には、きちんとした答えがないままに原子力を段階的に廃止するという安易な解決方法がありません。だからこそ、全てのエネルギー源のメリットとデメリットを徹底的に見直すことが一層重要なのです。
福島第一原子力発電所に近づくと、黒い袋の山が道路に沿って整然と積み上げられていました。この袋には、事故後に一定レベル以上の影響が認められた汚染土が収められています。汚染土を安全に貯蔵するためにこのような措置がとられるのは理解できることです。しかし、米国で幼い頃から教え込まれてきたリサイクルの原則は、リデュース(削減)、リユース(再利用)、リサイクル(再資源化)することですが、原子力サイトから汚染物質を隔離するに際して、規制、公衆の不安、そして実務的な懸念が、この3原則の「ループの完結」を阻んでいるようです。

帰還困難区域に立入る前の東京電力社員による説明

私達は東京電力の旧エネルギー館で、福島第一原子力発電所訪問にあたっての説明と、廃炉作業の現状を教えてもらいました。ここで、カメラや携帯電話は置いていくよう指示され、帰還困難区域に向かうバスに乗りました。
帰還困難区域は現実とは思えない状態でした。マグニチュード9.0の地震で壊れた建物は時が止まっているようです。車は道路に置き去りになり、商業ビルの看板は空中でグラグラと揺れ、荒々しく割れたガラスの山がショールームの床に散らばっています。車は通行していますが、脇道や私道にはゲートが設けられ、そこから先へは侵入できないようになっています。理性では地震がこの損害をもたらしたと認識しているのですが、凍てつく窓の外を過ぎ行く光景を目にし、私の心に「原子力災害」という言葉が浮かんできました。
木や草花たちは、避難勧告などお構いなしに、建物、駐車場、放置された車などの合間で生き生きとしていました。かつて田んぼだった土地は、今では森林に生まれ変わっています。枝が絡み合いながら、誰にも成長を妨げられることなく太陽に向かって伸びています。
発電所サイトに到着して最初に目にしたのは、広範囲にわたる数々のタンクでした。これはただのタンクではなく、まるで巨人のような溶接鋼構造で、目の前に軍隊が佇んでいるようでした。東京電力はさらに別のタンク置き場の用地を作るために森林を伐採済みで、そこには実に300基ものタンクを追加建設できるとのことです。これらのタンクには原子炉建屋の地下から取りだされ、62の放射性物質を除去した処理水が貯蔵されます。この水はろ過・浄化されていますが、水素の放射性同位元素であるトリチウムだけは残っているため、今後の扱いが難しくなっています。
処理水中のトリチウムレベルは人間の健康に影響を及ぼすレベルをはるかに下回りますが、科学的見解だけがこの問題を捉える唯一のレンズ(判断基準)ではないのです(参考文献4、コンカ2017年)。関係者達は一般の人の視点や利害関係者の関わりといった難問に取り組んでいます。科学的に安全だと言われる一方で、この水を放出することは人々の意見にどう影響するのか。漁業に影響あるのか。国民の信頼に影響がでるのか。福島県民や県産の農作物に対する差別は続くのか。この状況については慎重な検討が必要です。

その後、私達は入退域管理施設へ案内され、放射線管理区域への立入プロセスが始まり放射線被ばくに関する説明を受けました。私は妊娠中でもあり、特に自分の放射線被ばくには常に警戒しています。私達は放射線を見たり、どれくらい線量を受けているか感じたりすることができないため、恐怖心が高まります。この恐怖から逃れることはできません。しかし、原子力施設内では放射線検知・測定に高い注意が払われていることを、多くの人々は知らないのです。逆に放射線についての情報を知りたい人達にとって、原子力施設は有り難いくらいの場所なのです。これから行こうとする区域の放射線レベルを前もって知ることができるし、自分の被ばく量を管理するために正確な測定機器を使うことができます。この情報のおかげで、リアルタイムで被ばく量を低く保つことができるのです。

今回の旅では、幸いにも、たくさんの国から来日された方々と行動を共にできました。フィンランド代表の方は放射線に関して、フィンランドや世界の他の地域で自然に発生するバックグラウンド放射線のレベルが比較的高いことを話してくれました。もし福島第一原子力発電所周辺の土地と同じ基準が全世界に適用されていたら、全ての国が除染の対象となるでしょう(参考文献9「放射線と健康影響」2016年、参考文献6「最初の帰還と…の意向」2016年)。その会話の中で、フィンランドの平均寿命が長いことにも注目しました。彼女は私と年齢が近いように見えたけど実際には孫がいることも知りました。もしかすると、放射線が若干多めなことはそれほど悪いことではないのかもしれません。

世界のバックグラウンド放射線レベルの比較 出典:世界原子力協会

驚くほど広い発電所内で、私達は1、3、4号機の水素爆発で生じたがれきの多くが既に撤去されているのを目にしました。燃料の取り出しや貯蔵などのステップに備えるべく、4号機の燃料プール周辺に燃料取り出し用カバーが建設されました。私達のバスが損傷した3号機の横を通り過ぎた時に、所内で最も高い放射線レベルが計測されました。海に近づくにつれ、お風呂で使うおもちゃのように津波で変形した巨大なタンクが見えてきました。発電所敷地内では、津波や地震による損害と、水素爆発によってもたらされた損害が混在しており、原因を特定するのは困難です。この状況を見た後は、世界中の人々の心や頭の中で自然災害と原子力事故が混同している理由を理解しやすくなりました。

福島第一原子力発電所での復旧作業には数十年の時間と数十億ドルものコストがかかる見込みです。しかし、全てが原子力事故が直接もたらした結果とは言い難いのです。その一部は、私たちの恐怖心から生まれたものです。放射線への恐れや、原子力に対する人々の支持がないために、それらを払拭するための多大な労力と莫大なコストを要する対策を行う政策がとられたのです。これらの対策の中には継続的に国民や作業員の安全を守るために不可欠なものもありますが、大部分はそうではなく、その境界線はとても曖昧です。
政府、学術界、原子力産業界、環境擁護者、そして反原子力団体などからの対立し合うメッセージの全てが、原子力に対する人々の評価を低くし、不信感を高める一因となっています。科学者達は低レベルの放射線なら無害だと言いますが、一般公衆向けの放射線限度に関する政策は矛盾しています。例えば福島県では、人々が受ける年間線量が20ミリシーベルトに抑えられる程度まで放射線レベルが低くなった時点で、避難命令を解除することができます(参考文献6「最初の帰還と…の意向」2016年)。しかし政府は、長期の目標として1ミリシーベルトの年間線量も設定しています(参考文献5「福島復興の加速に向けて…」2013年)。ではどちらが安全と言えるのでしょうか。年間20ミリシーベルトは安全なのでしょうか。それとも年間1ミリシーベルトが安全なのでしょうか。人々が不信感を抱くのも無理はありません(参考文献6「最初の帰還と…の意向」2016年)。
プロジェクト管理の専門家達の間では、品質、日程、又はコストのいずれかを優先させることはできても、3つ全てを優先させることはできないと言われています。福島第一原子力発電所(そして他の閉鎖された原子力発電所)の廃炉作業の場合、作業の質が明確に優先されており、その結果コストが嵩んだり日程が長引いたりしているのです。残念ながら、大規模な除染作業にどれほど重点を置いたとしても、人々の意見にはほとんど反映されないようです。それどころか、低レベルの放射線を隔離するのに莫大な時間と資金を費やしているのだから、何かとても危険なものがあるに違いないという暗黙の了解のようなものから、人々の恐怖感は高まっているのです(参考文献6「最初の帰還と…の意向」2016年)。
コミュニケーションを改善する必要があるのは明らかです。なぜ原子力が自分達にとって重要なのか、そしてどのエネルギー源にもある代償やその選択に伴う真のリスクについて、人々は矛盾のない正確な情報を得る必要があるのです。大抵の人は、それがどう作用するのか質問する前に、なぜそれが自分達にとって重要なのかを知りたがるものです。政策文書が配布されたり、放射線に関するチラシをもらったり、あるいはスーツを着た誰かが原子力は安全だと発表したからというだけで、人々が優れた判断力を持つ原子力専門家になることは期待できません。原子力産業界は、人々を恐れさせるエキスパートの地位を与えられてしまったのです。
何十年にもわたって十分なコミュニケーションが行われなかったために人々に原子力が受け入れられなかったわけですが、この宇宙で最も悪質なのは恐怖心を煽ろうと故意に誤った情報をばら撒く個人や団体かもしれません。この行いを正当化する余地はありません。正しい情報を与えられたとしても全員が原子力を受け入れるわけではなく、自分自身で判断するのは各人の権利です。しかしながら、その判断の根拠とするために正確な情報を得ることもまた人々の権利だと私は思うのです。

図:ウッズホール海洋研究所、沿岸海洋研究所のJ.クック氏の厚意による

原子力に対する恐怖心を高めることは、被害者を生むことになります。例えば、原子力について誰かに意見を述べる方法として「福島」という言葉を使ったことはありませんか。ヘザーと私はソーシャルメディアで絶えずこれを目にしてきました。コメントをする人達の多くが、この言葉を打ち込むだけで人の考えを変えさせるのに十分なメッセージを発信できると考えており、原子力に対して辛辣な言葉を吐き始めるからです。しかし、福島が日本の一つの県を表す名称であることを心に留めていたでしょうか。無神経に低レベル放射線の危険性を誇張し、福島県に有害な災害地帯という烙印を押すことは、この地域に住む多くの素晴らしい住民、彼らの生活、彼らのアイデンティティ、それに彼らの未来に対する恥ずべき攻撃です。
海にも活動を再開した地域にも問題はありません。ここに暮らす人々は支援を必要としています(参考文献2、3、ベッセラー2016年、参考文献4、コンカ2017年、参考文献6「最初の帰還と…の意向」2016年)。この人々の多くは、1万8,000人の友人、家族、そして隣人が犠牲になったのを見た人達でもあります。(編集部注記:1万8,000人という数字は復興庁の東日本大震災での全国での人的被害、死者15,880と行方不明2,694の合計数)この人々が生活を立て直すにあたって受けるべきなのは、原子力発電所との関わりのために世界が彼らに押し付けた烙印ではなく、共感と思いやりの心なのです。

福島の魚料理

思想の自由は人類が持つ最も価値のある宝物の一つではありますが、自分の考えや意見が他の人達に与える影響について、皆が理解する必要があります。情報が足りない時に、「保守的」と思う判断を下す人達を責めはしません。
しかし、自分の意見に固執したり、答えを見いだす根拠を得ようとして少数の過激な意見のウェブサイトや信憑性のない情報源に頼るのではなく、より優れた情報を与えられた場合には考えを変えてもよいという柔軟で前向きな姿勢を持つことを皆さんに望みます。意見の向こう側に被害者がいる可能性がある時は特に、このことが重要になります。
私が今回の訪問で見たものや学んだこと全てを完全に理解し、分析するには数週間、数カ月あるいはもっと多くの時間がかかるかもしれませんが、ひとまず次の言葉で締めくくろうと思います。原子力事故は恐ろしく、自然災害はもっと恐ろしく、放射線に対する恐怖は人々を傷つけます。そして、福島産の魚は美味しいのです。

 -クリスティン

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参考文献:
1.環境の進捗状況(2017年)。危機に陥ったクリーンエネルギー:日本。
http://environmentalprogress.org/japan/
2.ケン・ベッセラーおよびケン・コステル(2016年)。福島と海中の放射線。ウッズホール海洋研究所。
http://www.whoi.edu/visualWHOI/fukushima-and-radiation-in-the-ocean–how-much
3.ケン・ベッセラー(2016年)。Q&A集:福島からの放射線。ウッズホール海洋研究所。
http://www.whoi.edu/page.do?pid=127297
4.ジェームズ・コンカ(2017年)。日本は何故放射能に汚染された福島の水を海に放出する必要があるのか。フォーブズ。
https://www.forbes.com/sites/jamesconca/2017/11/29/japan-should-release-tritium-contaminated-water-to-the-ocean/#66d77fc6d8ce
5.原子力災害からの福島復興の加速に向けて。2013年12月20日の閣議決定。
http://www.meti.go.jp/english/earthquake/nuclear/roadmap/pdf/20140605_01.pdf
6.フランス放射線防護・原子力安全研究所(2016年)。福島第一原子力発電所事故を受けて避難した住民の最初の帰還と帰還の意向。
http://www.irsn.fr/EN/publications/thematic-safety/fukushima/fukushima-2016/Documents/43-IRSN_Fukushima-2016_Society-residents-return_201603.pdf
7.フィンランド放射線・原子力安全庁。自然バックグラウンド放射線。
https://www.stuk.fi/web/en/topics/environmental-radiation/natural-background-radiation
8.世界原子力協会(2017年)。日本における原子力発電。
http://www.world-nuclear.org/information-library/country-profiles/countries-g-n/japan-nuclear-power.aspx
9.世界原子力協会(2016年)。放射線と健康影響。
http://www.world-nuclear.org/information-library/safety-and-security/radiation-and-health/nuclear-radiation-and-health-effects.aspx