【46】諸外国の原賠制度の特徴(2)

 前回から引き続き複数回に分けて、諸外国の原賠制度の特徴についてQ&A方式でお話します。

q1
(諸外国における原子力損害の定義)
原子力損害賠償制度の対象となる「原子力損害」の範囲は諸外国においても日本と同様ですか?
a1
  • 我が国では「原子力損害」を包括的に定義しており、核燃料物質の放射線の作用や毒性的作用と損害との因果関係の相当性により損害の範囲が判断されます。
  • 一方、多くの国においては原子力損害として人身損害と財産損害が明記されており、さらに経済損害や環境損害、損害防止措置費用等について個別に列挙されている国もあります。
  • 原子力損害賠償に関する近年の国際条約には原子力損害が個別に列挙されて定義されており、我が国が加盟するためにはその定義と原賠法との整合を図る必要があります。

【A1.の解説】

 我が国の原子力損害の賠償に関する法律(原賠法)の第2条2項において「原子力損害とは、核燃料物質の原子核分裂の過程の作用又は核燃料物質等の放射線の作用若しくは毒性的作用(これらを摂取し、又は吸入することにより人体に中毒及びその続発症を及ぼすものをいう。)により生じた損害をいう。」として包括的に定義されており、損害の客体(人なのか、物なのか等)を制限していません。これをもとに我が国では、核燃料物質の放射線の作用等と損害との間に相当の因果関係があるものが広く「原子力損害」の対象となりうると解されています。これは我が国とよく似た原賠制度を持つ韓国においてもほぼ同様です。

 一方、多くの国における原子力損害(nuclear damage)の定義では包括的に「損害」と規定せず、「死亡」、「身体傷害」、「財産損失」という損害の形態が明記されています。さらに一部の国では、死亡・身体傷害や財産損失から生じる経済的な損失(経済損害)や環境汚染による利益喪失や汚染の修復費用(環境損害)、損害を防止・最小限にする措置費用やそれによる損害(損害防止措置費用)等が原子力損害として個別に列挙されています(下表参照)。

 なお、我が国も含め多くの国では、原子力事業者自身が被った損害を原子力損害の範疇から除外しています

 また、1997年に採択された改正ウィーン条約(2003年発効)及び原子力損害の補完的補償に関する条約(CSC)(未発効)、2004年に採択された改正パリ条約(未発効)においては、原子力損害の定義として身体、財産に係わる損害だけでなく、経済損害、環境損害、損害防止措置費用なども列挙されています。従って、包括的に原子力損害を規定する我が国がこれらの国際条約に加盟する場合には、列挙された国際条約の規定との整合を図る必要があります。

 ところで、「原子力損害」の他にも、各国の法律には多くの用語の定義が規定されていますが、このうちから特に重要と思われる「原子力事業者(運転者・運営者:operator)」や「原子力事故(nuclear incident)」を取上げてみます。
 「原子力事業者」については殆どの国において定義されており、多くの場合我が国と同様に許認可を受けた事業者を指すものとされています。
 また、「原子力事故」も多くの国において定義されており、原子力損害を引き起こす出来事(occurrence)又は同一の原因による一連の出来事とされており、さらに防止措置の場合には原子力損害を引き起こす重大かつ明白な恐れのある出来事又は同一の原因による一連の出来事とされています。我が国や中国、ロシア、スイス等の法律においては「原子力事故」に関する規定はありませんが、これは多くの国の法律及び国際条約に較べてやや特異であると言えましょう。

q2
(免責事項に関する諸外国の規定)
諸外国の原賠制度においても我が国と同様に免責事由が設けられているのでしょうか?
a2
  • 我が国の原賠制度では、「異常に巨大な転変地変」や「社会的動乱」によって生じた損害は免責とされています。
  • 諸外国の場合、ほとんどの国では内戦を含む戦争や武力紛争により発生した原子力事故の賠償責任について、原子力事業者の賠償責任が免責とされています(ドイツ、スイスを除く)。
  • 一方、異常で巨大な自然災害については、原子力事業者の免責を規定する国と、免責を規定せず事業者の賠償責任とする国があります。
  • 事業者の賠償責任が免責される場合、我が国では政府が被災者の救助や被害の拡大防止のための必要な措置を講じることになっていますが、諸外国においては上限額を設定したうえで国が補償する制度とする国もあります。

【A2.の解説】

 我が国の原賠制度では、基本的に原子力事業者が原子力損害について無過失の賠償責任を負うことを規定していますが、「異常に巨大な天災地変」と「社会的動乱」によって生じた損害は事業者の免責事由と規定しています(原賠法3条但書)。

 この社会的動乱は、質的、量的に異常に巨大な天災地変に相当するような社会的事件であり、具体的には戦争、海外からの武力攻撃、内乱等がこれに該当し、局地的な暴動等は含まれないと解されています。各国においても、戦争行為(内戦、反乱、敵対行為を含む)によって発生した原子力事故により生じた原子力損害については、我が国と同様に事業者の賠償責任を免責する規定が設けられています。
 また、テロは一般的に戦争等とは同等と見做されてはいないため、免責事由に該当しないと考えられますが、インドやベトナムの法律においてはテロが免責に該当することを明記しています。
 なお、国際条約では、原子力事業者は戦闘行為(armed conflict)、敵対行為(hostilities)、内戦(civil war)、反乱(insurrection)に直接起因する原子力事故によって生じた原子力損害については責任を負わないと規定されています(改正ウィーン、改正パリ)。

 異常に巨大な天災地変によって発生した原子力事故については、我が国と同様に事業者の賠償責任を免責する国もあれば、免責しない国もあります(下表参照)。

 我が国の法律には「異常に巨大な天災地変」に関わる定義や具体的な基準は原賠法令にまったく規定されておらず、日本の歴史上余り例のみられない大地震、大噴火、大風水災等と解されてきましたが、2011年の東日本大震災により発生した福島第一原発事故では、これに関しての様々な見解が示されました。当該大震災においては、福島第一原発の建設当時に想定したレベル(約3メートル)はおろか、その後の改訂指針に基づく評価レベル(約6メートル)をも大きく超える約15メートルの津波等によって原発事故が発生しましたが、これから生じた原子力損害に対する原子力事業者の賠償責任は免責事由に該当しないとの政府見解がなされました。一方、ベトナムやインドネシアの法律においては、国が規定する安全基準を超える自然災害は免責に該当すると定められています。

 また、原子力事業者の賠償責任が免責に該当するとされた場合、我が国では政府が被災者の救助及び被害の拡大の防止のため必要な措置(災害救助法に準じた対応と思われる)を講ずるとされていますが、諸外国においては同様な対応を規定している韓国の他に、国が上限を設けて補償する、別途基金を設ける、若しくは特段の定めはない(該当した時点で対処するものと思われる)など様々な内容となっています。

 ドイツでは戦争等や異常かつ巨大な自然災害による事故の場合にも原子力事業者を免責としていませんが(これは、免責事由に該当するような場合こそ国民が原子力責任法の保護下におかれるべきであるとする考えに基づき免責を定めていないものです)、この事由に該当する場合には事業者の責任限度が賠償措置額(25億ユーロ)までに制限されます。さらに、賠償措置が機能しない場合(例えば保険の免責規定に該当する場合)には賠償措置額までを国が補償することになっているため、戦争等や異常かつ巨大な自然災害による事故の場合における賠償は実質的に事業者の負担が発生しない仕組みになっています。また、大規模な原子力災害となって賠償額が損害賠償資金を上回ることが予想される場合には、損害賠償の配分や手続等についての法律が制定されることとなっています。

 上記免責事項とは別に、多くの国では被害者の故意や過失による当該被害者の受けた原子力損害について事業者が賠償すべき損害を減免する規定を設けていますが、我が国の原賠法にそのような規定はありません。また、ほとんどの国においては、第三者の故意によって生じた原子力損害については、事業者は被害者に賠償した後に、その故意行為者に対して求償権を有することを規定しています。

(表をクリックすると、拡大表示されます)


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